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声にならない灰色文字

蛇口から溢れたのは「灰色の文字」

康太と先輩は怪異を追うが、やがて少年が姿を現し

恐怖は命を蝕み始めるーー。


「危ねぇ……」

「せ、先輩、もしかして、生きてます?」

「悪かったな……生きてる。ってなんだよ!その変な質問は。見れば分かるだろ。小説ばかり書いて現実が分からなくなったのか」

 口端を腕で拭いながら僕の目の前に腰を降ろした。一瞬、文字に見えたが、服に滲んだ様子からすると水だったのだろう。

 僕が先輩の立場なら同じことを思う。本人でさえ頭がイカれたと思っているのだから。

 ここで考えなくてはならないことに直面した。

 先輩はなぜ、死ななかったのか……。

 理由は一つしかない。僕の見間違いだ。しかし、絶対に文字だった。確証や証拠はない。でも絶対に文字だった。根拠のない自信はどこから湧いてくるのかも説明は出来ないのだが……。

 ため息が出てしまう。そろそろ、一人で抱えるのはしんどくなってきた。

 

 「康太が、急に大きな声を出すから咽せて死にそうだった」

 「驚かせてごめんなさい」

 「何で、『飲まないで!』なんて言ったんだよ。ただの水道水だろ」

 「いや、その、うーん……」

 「女々しいなぁ。男ならはっきり言えよ」

 話すべきか迷う……。まぁ、今の時点で十分おかしい奴だと思われているのだから、話してしまおう。

 「あの……信じてもらえないという前提で話しますね。実は蛇口から出たのは水ではなく、文字だったんです……」

 人の目が点になったのを初めて見た。驚きすぎると思考が停止するらしい。

 「康太は明日、出勤しなくていい。病院に行け」

 思わず肩が下がってしまった。

 「ですね……。そうなりますよね……」

 「凡人はきっとそう言うだろう。でも、俺は違う。その話、詳しく聞かせてもらおうか」

 積もった恐怖を雪崩のように一気に伝えた。爺さんのことから始まり、今現在の状況までを。

 喉の渇きを覚え、缶チューハイに手を伸ばした。すると、先輩の目の色が変わった。

 「飲むな!」

 「え……もしかして先輩も……見えるんですか」

 「いや、何にも見えん。缶の中は見えないだろ」

 「そうじゃなくて、文字が見えるのか聞いたんです」

 「見えるわけないだろ。ただ、その液体を飲んでも大丈夫なのか心配になったのさ」

 「液体って……。確かに液体ですけど……」

 眉間に皺を寄せ、変なことは言ってないと表情で訴えてくる。

 「なぜ、俺は死ななかったのか……。この謎を解明しない限り、液体を体内に取り込みたくないな」

 「真剣な話をしてるのに、ごめなんさい。……先輩の言葉選び随分と変わりましたね」

 「小説家気取りの影響だな」

 先輩の意地悪な表情のお陰で、緊迫した話に少し柔らかい空気が流れた。

 「そうは言っても、このまま液体を取り込まないと脱水で死ぬ。この水道水なら大丈夫そうだけどな。俺が死ななかったんだから」

 「もう、液体って表現やめましょうよ。恐怖が増幅します……」

 渇きには勝てず、酎ハイを流し込んだ。


 『恐怖が増幅する』自分で言った言葉がずっと頭から離れない。

 ……言葉で、恐怖が……。何か繋がるように感じるが分からない。

 「康太、生きてるか」

 「生きてますよ」

 仕返しのつもりらしい。ニヤついた表情に小学生かよと突っ込みたくなった。

 

「そういえば、蛇口から出た水も文字に見えたんだよな」

 「はい。灰色で『図』『学』『聞』『星』などが見えました」

 レシートの裏に書き、二人で文字を眺めた。

 「康太の話から推測すると、爺さんや、交通違反の奴、本人の行動が文字として現れていると思わないか?」

 「あ!確かにそうかもしれないです。先輩の着眼点すごいですね!……僕、小説家に向いてないのかも。なんか落ち込みます」

 「今その話はどうでもいい。そんなことより、康太が見えた文字に俺自身との関係性が分からない。『学』なんて特にな。何かを学ぶの嫌いだし」

「先輩は僕に対して、暴言を吐いた訳ではないから死ななかったんですかね」

「うーん……。腑に落ちないなぁ」

 考えてる姿がロダンの様に見え、つい笑ってしまった。銅像の様に動かなくなったかと思ったが、突然『星』に何十も丸をつけている。

 「汚いキーホルダー覚えてるか?」

 「これですか?」

 手のひらほどの大きさで、出す時にスウェットズボンのポケットに少し引っかかった。

 「おい!何で持ってるんだよ!」

 「自分でも分からないのですが、捨てられなかったんです」

 「……『星』ってその事じゃないのか。だから言ったんだよ。気味の悪いもの拾うなって。確か、交通違反の現場に落ちてたんだよな」

 「はい。その時も言いましたけど、見覚えがあるんです。でも思い出せなくて」

 懐かしさを感じるが、思い出そうとすると呼吸が乱れる。棘のある言葉が浮かぶからだ。僕の脳は、いじめらていた時の記憶を鮮明に覚えている。その記憶を呼び戻さない様に、今でも物語の世界に飛び込んでいるのかもしれない。つまり、自己防衛の為に。

「そんなもの拾ってくるから呪われたのかもな。まぁとにかく、今の状況から何か分かりそうな事もないし、そろそろ寝るか」

「僕、泊まるんですか」

「そうだ。遅いし、泊まっていけ。これは先輩命令だ。……康太、笑ってるな」

 肩が上下してバレてしまい、アメフト選手のような体格で怖がりな所にツボった。

 「すいません。では、泊まらせていただきます」


 何回寝返りをしたのだろう。全く眠れなかった。

 出勤時間は八時半。会社まで徒歩で十分。現在の時刻は六時。

 「先輩!アラーム鳴ってます!設定時間、早すぎませんか?後、一時間は余裕で寝てられます」

 「おはよう。俺は、しっかりと朝食を食べる。ついて来い」

 寝不足で食欲など皆無だ。


 会社近くのファミレスに寄るのが、先輩のルーティーンらしい。大食いタレントも顔負けしそうな量が運ばれてきた。

 「全部、食べるんですか」

 「食べるから頼んだんだよ。いつも変なこと聞くよな」

 「いやぁ、朝から信じられないです」

 「俺からしたら、コーヒーしか頼まない事の方が、到底信じられない。小説家を目指してるなら、色んな角度から物事を見た方がいいと思うぞ」

 「あ、はい。すみません」

 能天気に見えるが時々、的確な発言をする。本人には言えないがそんなところも尊敬している。

 食べっぷりに見惚れていると、陶器が割れたような音と同時に、謝罪の声が店内に響いた。

 一瞬で空気が変わり、食事をしている人や、席を立とうとした人など、みんな静止画の様になった。


 ……でも、僕は見逃さなかった。

 怒鳴り声をあげている男性のテーブルの上に、グラスを置いた少年の姿を……。

 


 

 

 






 

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