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第96話 聖の夏の思い出①

 その夜、少しだけ懐かしい夢を見ました。


 私がナギちゃんやレン君と知り合うよりも前。私がタツミ君を知った直後の中学2年の夏休み。


 タツミ君のお兄さんが通っている大学の学生寮で働いている叔母さんから10日間限定の臨時アルバイトをお願いされた時の事でした。





「聖ちゃん、久しぶりね! 元気だった?」

「お久しぶりです。しばらくの間よろしくお願いします。」


 お辞儀すると、叔母さんが懐かしそうな顔をしながら抱きしめて来る。


「本当に大きくなって、生まれたばかりの時は本当に皆で心配してたんだけど……、こうやって成長する姿を見れただけで幸せよ。」


 いつもこうだ。下手すると両親よりも心配していたのでは無いだろうか? いや、それも当然だろう。叔母さんの長女は私が小さい頃に病気で帰らぬ人になったそうだ。だからこそ余計に敏感なのだろう。


「叔母さん、痛いよ。大丈夫、薬を飲んでいれば症状は安定するから。」


 そう言って私は叔母さんの抱擁から抜け出した。


「そうだったね、もう子供じゃ無いから抱きしめて貰うのは彼氏さんの仕事になるだろうからね。」

「そんな人居ませんから! いや、欲しいですけど……。」

「あはは、聖ちゃんもそう言う反応をする歳になったと言う事ね。安心したわ。さて、では職場の方に案内するわね。」


 叔母さんが案内をしようと先を進もうとしたその時だった。



「何で初日から電車なんだよ! 普通は初日の荷物は防具とか持って行くんだから親父に送迎をお願いすれば良かっただろう?」

「たかが防具位でギャーギャー騒ぐな。これも稽古と思えば大した事は無い。」

「何の稽古だよ!」


 ん? この聞き覚えのある声はもしかして?


「え? タツミ君?」


 聞きなれた声につい反応してしまった。声がした方向を振り向くと、その方向にはタツミ君ともう一人背の高い大学生が一緒に歩いている後姿が見えた。


「ん? 聖ちゃんの知り合いかい?」


 叔母さんがこちらの反応に気が付いて足を止めて聞いてきた。


「え、あ、あの、同じ学校の子が居たんですけど。あ、で、でも話した事は無くて、多分私の顔も知らないと思うけど……。」

「ふ~ん。」


 私の反応を見て叔母さんがニヤリと笑ったのが見えた。不敵な笑みで少し嫌な予感がする。


「あれが例のウワサの弟君か~、龍一君に似てモテるのかしらね~。」

「え? ウワサの弟君?」


 叔母さんの言った意味が解らなくて聞き返すと、相変わらず不敵な笑みをしたまま叔母さんが説明をしてくれた。


「背の高い方のお兄さんは龍一君。ウチの剣道部のエースで、イケメン、高身長、細マッチョとイケボイスまで揃った、まさに惚れない女は居ないだろうと言う感じの完璧超人なのよね~。」


 何ですか、その全部揃ってますと言う感じの人間は……むしろ恐れ多くて近づきたく無いのですが……って、もしかしてその隣に居て弟君と呼ばれているのがタツミ君だとすると……。


「で、隣で歩いているのは恐らく彼の弟君のようね。でも龍一君と比べるのは失礼だけど物足りない感じかな。」

「そんな事無いですよ! タツミ君の試合を見れば解りますが、何と言うかこの……上手くは言えませんが凄いんです!。」


 叔母さんの発言につい反射的に反論してしまった。叔母さんはニヤニヤした顔をしながら頷いている。気が付いた時には遅かった……、やってしまった……。


「ナルホド、ナルホド。聖ちゃんはあの弟君、タツミ君だっけ? が気になっているのね。ではこのバイト期間でお近づきになるチャンスなんじゃない? あの龍一君がコーチに推薦して今回の合宿に参加になったらしいから将来有望かもね。」


 叔母さんがさらに意地悪そうな顔をしてきた。 た、確かに。まさかのこんな所でファーストコンタクトのチャンスが来るとは!


 いや、待つのよヒジリ。落ち着きなさい。そもそも彼は私を知らないんだから、いきなり同じ中学とか言って声を掛けたら完全な不審者です!


「ちょっと、聖? 大丈夫? 何をそんなに考え込んでいるの?」


 思考回路をフル回転させていると叔母さんが考え込んでいる私を心配して声を掛けて来ていた。


「いや、そもそも面識が無いから話すキッカケが無いのよね……。」

「聖……、あんたのその奥手ぶりは誰に似たのかしら……。」


 叔母さんが呆れている。もっと気楽に話しかければ良いのにと言った顔をしているが、私はこれでも初対面の人とか、初めて話す人は緊張して上手く喋れないんです!


「まぁ、何かしらキッカケは出来るでしょう。その時に挨拶からでも構わないから少しづつ知り合いになって行けばいいじゃないの。何せ10日も有るんだから。」


 叔母さんは笑いながら職場の方へと歩いて行きますが……この10日間、自分の心臓が色んな意味で耐えられるか不安です。




 そしてアルバイトが始まりました。食堂には午前の稽古が終わった人達で溢れかえっています。私は出来上がった食事をカウンターで渡す係をしています。他にも私と同じ中高生らしき臨時バイトが数人見えました。


 白い三角巾と白い割烹着を着て肩まで伸びている髪を束ねて作業していましたが、さらにマスクも付けているので皆が同じように見えるので、タツミ君が見たとしても、学校では私と気が付かれないでしょう。


「カレーライスの24番です。」


 番号札を出されて、私はカレーライスを渡そうとすると、その目の前にはタツミ君が立っていた。不意を突かれた私は言葉がどもってしまいます。


「あ、は、はいカレーライスです。」

「ありがとうございます。」


 そう言って彼は丁寧に軽くお辞儀すると、疲れた顔で受け取って自分の席へとフラフラと歩いて行く。


「し、心臓に悪いわね……。」


 心臓のドキドキが止まらない。急に視線の先に現れられると反応に困ってしまう。


「次ー! A定食2つ上がったよー!」


 すぐに次の料理が出来上がって来ました。私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせて仕事に戻ります。


「A定食14番と15番の方ー!」


 仕事に集中しながらもタツミ君の姿を横目で追いかけていたのは言うまでもありません。


 午後はすぐに夕飯の仕込みと、お昼に出た大量の食器の洗い物が始まります。家の手伝いをやっていたとは言え、大人数の仕込みの手伝いは大変でした。


「うんうん、包丁の扱いはスジが良いね。これなら味付けなんかの基礎を教えてあげれば素敵な奥さんになれるよ。相手の胃袋を掴むのが家庭円満の秘訣だからね。」


 叔母さんは教え込む気満々の表情を浮かべて来た。そのうち手作り弁当を屋上で二人で食べるとか憧れるなぁ……これはいい機会ですね! しっかりと勉強させてもらいましょう。


 そして叔母さんの料理指導を受けながら夕方になり、夕飯の配膳を作業をこなすと本日の一日目が終了した。

 




「慣れない大声を出して喉が少し痛いな……明日からはシーツとかの洗濯も有ると言ってたからもう少し忙しくなるのかな。」


 呟きながら三角巾で変になった髪型をごまかす為の帽子を深くかぶり直しながら今日の事を振り返ります。そしてホームの4席並んだ連結椅子の一番端に腰を掛けて電車を待っていると、反対側の端に一人の男性が腰を掛けて大きなため息をついていた。


「初日でこれかよ……、後9日も体が持つのか?」


 聞き慣れた声がして来た。まさか!?


「これって寝たら、電車寝過ごす自信あるわ。」


 すぐに声の主が解りましたが振り向く度胸は私にはありません。大きめの独り言だったな。タツミ君お昼の時も疲れ切った顔してたから余程疲れているんだろうな。横顔を見たいけど、今は取りあえず声を聞くだけにしておこう。


 そう言えば、朝の時に電車と言ってたわね。これはもしかして最寄り駅を調べるチャンスなのでは!? ん? だからストーカーじゃありません。


 間もなく電車がやって来ると私達は並んで電車に乗りました。程よく混んでいる車内は座る場所が無く、乗り込んだ位置的に並んでつり革に手を伸ばす。


 この部分だけを切り取れば、傍から見てたらデートっぽく見えるのかな? 


 そして私が降りる駅が来た。タツミ君は降りていないのでこの先の駅か、残念。そう思っていると、タツミ君も同じ駅で降りたのでした。


 あれ? もしかして小学校の学区は違うけど意外と近いのかな? そう思って彼が駅を出るまでは少し離れて後ろを追跡します。駅を出ると彼は私の家とは逆の方向へと歩いて行く。どうしようかな? 追いかけるべきか否か。皆ならどうします?


 私の選択肢は今日は最初の曲がり所まで見送る事にします。一応フラフラの様ですから大丈夫かどうかを見届けましょう。そして日を追う毎に少しずつ追跡距離を伸ばして自宅を発見しました。



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