第89話 雷の神器使い
エル君に今までの比ではない程の風の力が集まっているのを感じます。しかし気になるのはリッパーも全力では無い事です。
「行くぞ! 七彩暴れ龍!」
リッパーが先に技を撃ち出すと同時に距離を詰めて来ました。
「さっきと一緒なら普通に防げる! 行きますよ!」
エル君は風特性の「空中浮遊」を使いながらの不規則な動きで加速しながら、暴れ龍とリッパーを迎え撃つ為に距離を詰めると龍の頭を大剣で撃ち落として爆発させていきます。
「暴れ龍をさばきながら俺の攻撃を避けれるもんなら避けてみな!」
大剣を打ち下ろした直後のエル君に向かって五天閃を打ち込みます。エル君はそれを見て不自然な事に、そのままの体勢で後ろに下がって回避します。
リッパーも違和感を覚えつつも飛燕閃や破響閃をすぐに連続で撃ち出しながら暴れ龍で畳みかけます。
しかし空中浮遊による、無重力の中を自由に動いている様な有りえない動きと加速で、上下左右に体勢を動かすことなく回避しては龍の頭を一匹づつ処理していくのでした。
「何だその気持ちわっりぃ動きは!」
「空中浮遊を高速でしているだけですよ!」
平然とやってますが、あの動きは余程慣れないと即時に浮遊酔いしそうですね……。
「相変わらず元気なハエだなぁ! だったらこれでも避けれるか!」
リッパーは間合いを詰め直すと至近距離での融合剣技を発動させます。エル君の後ろにはまだ暴れ龍が2匹残っていて逃げれない状況です!
「喰らえ! 破響閃プラス五天閃! 『蛟龍の大顎』!」
光の玉を撃ち出した瞬間、エル君を中心におおよそ5メートルは有りそうな巨大な龍の上顎と下顎が口を開けた様に展開されました。
リッパーは腕を交差させてこの口が閉じる様な動作を腕ですると、大顎は勢い良く地面と後ろに居た暴れ龍ごと飲み込む様に閉じました。
閉じ切ると同時に大爆発を起こして辺り一帯に衝撃と同時に多数の余波で有ろう剣閃がまき散らされて、地面や水面を斬りつけて行きました。
「蛟龍の口の中は斬撃と衝撃波の嵐だ。さすがに微塵も残っちゃいねぇか?」
巻きあがった砂塵と舞い上がった水鵜の水が雨の様に落ちて来ている中、リッパーは目の前に広がる先程よりもはるかに大きいクレーターに水が流れ込んでいく様子を見ていました。
何ですかこの威力は? 近距離用の技と言うよりも最早、戦術クラスの破壊力なのですが! これは流石に私達の手には負えません!
「おっと、流石にそろそろ自分達が勝てるとかバカげた考えをしていた事に気が付きやがったか? ハッハッハッハー! そうさ! これがチャチな精霊と俺の特異能力の差なんだよ!」
リッパーはこちらに向けて融合剣技の構えを取りました。正直私達3人の表情は絶望的な表情なのは言うまでも有りません。完璧に手段が無いのです。
「勝手に人を殺さないでもらえますかね?」
リッパーの後ろにはいつの間にか大剣を構えたエル君が居ました。風が巻き起こり、輝炎の剣がまるで周りの風を勢い良く吸い込む様にしてリッパーの体勢を崩した次の瞬間でした。
「あぁ!? 何でてめぇが生きて……」
言葉の途中でエル君の輝炎の剣がうなりを上げてリッパーの横腹にめり込んでいきます。そして一瞬の間を置いたかと思った瞬間、体が潰れるのでは無いかという位にリッパーの体が歪んだのが見えました。
「逆風の太刀!」
エル君が叫ぶと同時に、そのまま勢い良くリッパーは吹き飛ばされていきました。風を吸い込むことで相手を引き寄せる逆風を発生させて、その勢いで斬ると同時に全ての風圧を相手に叩き込むから逆風の太刀ですか、地味に見えて中々の技です!
「風の装備の力全部使って、超加速で何とか回避しましたが……肉体への負荷が凄いのでもう限界です。手ごたえは有りましたが、あれで倒せる相手とは思えません! 今のうちに逃げましょう!」
エル君はリッパーが遠くへ吹っ飛んだのを確認すると集落の方へと移動するように急かしましたがその直後、私達とエル君の間を天龍一咬が突き抜けて行きました。
「クソどもがぁぁぁぁ! もう頭に来たぞ! よくも俺に一撃入れてくれやがったなぁぁぁぁ!」
リッパーの叫び声の方を全員で確認すると、大剣が打ち込まれた横腹を抑えつつも目を血走らせてしっかっりと立っている姿が見えたのでした。
「倒せてないとは思ったけど、打撲程度のダメージしか与えてない!?」
エル君が想像以上にダメージが無い様子に焦っています。
「エル君、先程の超加速で皆を連れて逃げれたりしますか?」
「いくら精霊術で加速しても扱う肉体は生身ですから、俺以外は体の方が耐えられません。それに使うにしても後1回が限度です。」
「つまり、もう打つ手が無いって事かい? 何か必殺技みたいなモノが有るとかは無いかい?」
ルリが引きつった顔でリッパーの方を見ながらエル君に聞いていますが、無言で首を横に振るだけでした。
ハッキネンの最大出力でも相性が悪過ぎます。氷塵隠れも気配を察知するから意味が無く、冷気によるダメージは耐性で効かない。恐らく氷の武器による攻撃も武器ごと斬られてそのままカウンターでこちらが斬られる。
完璧に逃げる一択です。エル君の方を向いて無言で視線を送ると、エル君もそれを察したのか全員に集落へ逃げる様に指示をします。そして逃げ出そうとしたその時でした。
「そこに居たなぁぁぁぁあ! 殺してやる! 融刀・神薙!」
リッパーがこちらを見つけて叫ぶと同時に発光していた刀身が砕け散り、美しい光の白刃が現れたのでした。その刀・神薙は美しい白刃に白い炎を纏っているとしか表現出来ない何かが湧き出ているのが見えました。
「久しぶりの全力だあぁぁぁぁ。油断してポックリ逝くなよぉ!」
ルリが危険を察知して回避と撤退の指示を出そうとしますが、次の瞬間には既に刀は振り下ろされて私達の目の前に「天龍一咬」が迫っていたのでした。
「全員俺に掴まってください!」
エル君が言うと同時にルリとパティを掴んで両脇で抱えているのが見えて咄嗟に背中にしがみ付きました。
そして即座に全員を抱えて風の加速で急いで回避してくれましたが、一息つく間もなくすぐに別の「天龍一咬」が私達目掛けて飛んで来たのでした。
「どんどん行くぞぉぉぉぉ! 折角だから出来るだけ絶望しながら死にやがれぇぇぇ!」
狂気じみた笑顔と声でリッパーは神薙と呼ばれた刀を振り続けながら距離を詰めて来ます。
「お友達抱えて避けるだけじゃぁぁぁあ、ジリ貧だぞぉぉぉぉお!。」
エル君も距離を取る様に回避していますが、それ以上の速度で前進してきます。
「さぁ! 今度は回避出来ねぇよおぉにしてやるぅぅぅう! 『七彩暴れ龍』!」
神薙を連続で振り回したかと思うと、大量の暴れ龍が打ち出されました。暴れ龍が向かって来たかと思うと、直接襲い掛からずに私達の周りをグルグルと回り出して壁の様な物を形成しました。
「な!? これは暴れ龍の壁!? これじゃ『蛟龍の大顎』を回避出来ない!?」
エル君が焦った声で逃げ道で残っている上空を見上げると、既にそこには大顎の上の部分が見えていました。
「逃げ場はねぇ! さぁ生き残れるかな? 『蛟龍の大顎』!」
リッパーは刀を振り下ろすと大顎がゆっくりと私達に向かって降りて来ます。いえ、ゆっくりと感じているだけでしょうか? もう明らかに回避不可能な死の予感に時間が引きのばされていると言う奴でしょうか?
皆の表情を見てみると同じ様な表情でした。随分と時間がゆっくりと感じます。走馬灯とかって見ないんですね、意外と冷静になっていっるのが解ります。
「鳳雷斬!」
死を覚悟した瞬間、誰かの声が聞こえると同時に暴れ龍の壁を突き破って大きな雷の鳥が現れました。雷鳥はそのまま上顎に向かって行くと体当たりをして上顎を破壊しました。
直後に今度は上顎のさらに上空からもう一羽の雷鳥が急降下して地面ごと私達を噛み潰そうとしていた下顎に突撃して両方が爆発と共に消え去ったのでした。
私達は爆発の余波で勢いよく吹き飛ばされると、かなりの強さで地面に叩きつけられました。体を起こそうとしますが動けずに横たわったまま目を広げると、ぼやけた視界に丁度誰かの足元が見えました。
「おいおい、君は人間じゃなのか? 人同士争わないでくれよ。」
声の方へ視線を向けると、どこか見た事が有る様な黒と黄色が混ざった短髪の男性が立っていたのでした。顔をよく見ようとしましたが、先程の衝撃で脳震盪を起こしたのかぼやけてしか見えません。
「あぁぁん!? てめぇは誰だ? そいつらの仲間か?」
「質問に質問で返さないでくれよ。僕は通りすがりの旅人だよ。」
「ふざけんな! てめぇ何者だ!」
リッパーが叫ぶと、目の前に居た男性はため息をつくと同時に姿が消えたのでした。
「こっちの質問にも答えようか? 君は人間なのか精霊なのか。」
声が聞こえたのはリッパーの目の前からでした。まるで瞬間移動したような速度で移動すると、持っていた日本刀を居合抜きの要領で斬りつけたのでした。
リッパーも何とかそれを受け止めるとそのまま後方へと数メートル吹き飛ばされたのでした。
「クソが! 俺の刀で受け止めて斬れねぇって事はその刀も神器かよ!」
「だからいい加減人間かどうかの質問に答えてよ。答えないなら斬っちゃうよ?」
リッパーの声とは対照的に男性は悠然と構えています。先程までの私達との立場がまるで逆になった様な感じで複雑です。
「チッ! 俺は人間だよ! 精霊のクソ野郎どもと一緒にすんな!」
リッパーは叫ぶと同時に『天龍一咬』を男性に向けて撃ち出しました。
「そうなんだね、だったら殺さないけど……物騒な技だなぁ。」
男性は迫って来る「天龍一咬」に動じずに再び刀を納刀して居合の構えをします。そして刀を抜くと同時に雷を纏った刀が「天龍一咬」を真っ二つに斬ったのでした。
「雷帝一閃。」
斬り裂かれた「天龍一咬」を唖然とした表情でこの場の全員が見ています。
「答えてくれたから僕も答えましょう。この刀は神器『鳳雷丸』だ。以後お見知りおきを。」
「あの野郎……そう言う事か。だから『神薙』までって言ったのか……今日の所はここまでだ! 今度は必ず殺してやるからな!」
男性の返事を聞いてリッパーが何かを呟いたかと思うときびすを返して、物凄い勢いで走り去っていきました。
「随分と簡単に引きましたね……?」
「あのあんちゃんの方が強いからじゃないかい?」
二人で地面に仰向けに倒れたまま話してますが、先程の衝撃で全員ダメージが酷い状態で立てません。
「大丈夫ですか?」
「助かりました。ありがとうございます。」
男性がこちらに寄って来て声を掛けてきました。この人のおかげで命拾いしました。本当に絶体絶命でしたから。
「なら良かった。最後まで面倒見てあげたいんだけど、人探しの途中なので後は自力で頑張ってください。」
男性は名前も名乗らずにすぐに去って行きましたが……一体誰だったのでしょうか? 神器持ちとは言っていましたが、あの斬り裂き魔の攻撃をいとも容易にさばくのですから相当な実力者でしょう。
本当に偶然ですが助かりました。後は動けるようになるまで何事も起きない事を祈ります。




