第85話 ザ・リッパー
「そんな遠くからの殺意を感じるって、あんた凄いもんだね。」
ルリが感心しながら「虹光の盾」を記録還元錬成から取り出して構えます。私も来ると解っているならばと、辺りに罠の設置を始めました。
「分かるも何も……殺意もだけど、これは血のニオイだわね。それも大量の……鼻が痛くなる位だわよ。」
ナギは鼻をつまんで不快感をあらわにしていました。それを見たエル君も戦闘態勢を取る準備をし始めました。
「では前衛は俺が受けますね。来い!『輝炎の剣』!」
そう言って両手を体の前で合わせてから一気に勢い良く広げます。すると広げた両手の間に一振りの長さ2メートル程の無骨な大剣が現れたのでした。
エル君は颯爽とそれを両手にとって構えると、大剣に風が集まり出したのが解りました。昔は大剣を持てずに木剣で練習していたのはいい思い出ですね。
「血のニオイって……そんな物騒の奴だと、はぐれ精霊だろうね。それもかなり攻撃的な奴だね。」
全員の緊張感が少しずつ高まっています。私も戦闘準備に取り掛かり、氷の手槍を具現化してハッキネンといつでも交代して隠密行動をとれるように準備します。
「間違いなくこっちに気が付いているわね、一直線に来ている。距離、後1200。狙撃準備に入るわ。」
ナギは地面に伏せて相手が来る方向をじっと見つめます。そしてパティに入れ替わって狙撃する体勢を取っていました。
「5秒後、距離1024m地点で狙撃予定。弾道補正OK、パティ、外すんじゃないわよ。」
「イエス・マム!」
ナギの声が聞こえると同時にパティが元気に返事しますが……どこの軍隊ですか?
「風の軌跡展開! ロングレンジモード!」
そう言うと、いつの間にかパティは小石を右手に数個握っていた。そして足元にも小石を準備していました。
「2・1・ファイア!」
ナギが合図を送るとパティがパシュンという音と共に小石を発射し始めました。弾丸は撃ち出されると離れた場所で弾けた音が聞こえてきました。
「ヒット! でもダメね。 次弾速射!」
ナギがすぐに当たったけどダメだったと言っています。防がれたか効いて無いかのどちらかなのでしょう。しかしアレの弾丸を喰らって平気と言う事はやはり相当な人物なのでしょう。
「アイ・マム! 次々行くよ!」
リズム良く弾丸が次々と発射されて行きます。その度に前方では小石の弾丸が爆ぜる音が聞こえて来るのだですが、相手には効いて無いのか小さな人影が勢い良く進んで来るのが見えます。
「距離500! 全員迎撃準備して! パティ! ランチャーモードへ!」
「アイ・マム! 風の軌跡 ランチャー・モード!」
パティは体勢を変えて今度は拳大の大きめの石を自分の右肩に乗せだしました。
そしてまるでバズーカーを構える様な体勢を取ると明らかに先程よりも大きく力強い風の筒が発生すると、物凄い風の回転音がこちらにも聞こえてきました。
「距離340! 発射!」
「ファイア!」
パティの右肩に乗った大きめの石は風筒に吸い込まれると同時に勢い良く前方に撃ち出されました。
「何だろうね……精霊界で見るには違和感の有り過ぎる戦い方と言うか、アンタ実は軍人なのかい?」
ルリは違和感が有る様で、少し嫌そうな顔をしてパティの方を見ました。
「別に軍人じゃ無いわよ! ただ、そう言うゲームをよく遊んでいただけよ!」
ナギが怒った声で返事をしてきました。ルリは軍が嫌いでしたから、そうでないと聞いて少し安心した表情を浮かべてました。
そんなやり取りをしている間にも撃ち出された石は突進して来る人影に当たると思った瞬間、刀の様な物を振ると同時に粉々に砕け散ったのが見えました。
ナギとパティの狙撃精度はデタラメなレベルの精度だと思います。威力も先程のを考えれば十分で、普通なら近づく事も出来ないでしょう。向かって来る相手の異常な強さが伺えます。
「ダメね、弾丸や岩を斬って防いでいるわよ……正面から防いでるってデタラメも良い所だわね。みんな接近戦になるわ。私は少し離れるからお願いね!」
ナギの指示でパティは私達の後方に下がると敵の姿が目前に迫って来ました。
「初撃の受けは任せな! エル! その後の攻撃は任せたよ!」
ルリは皆の前に出ます。そのすぐ後ろでエル君が輝炎の剣を構えて待機してます。私はハッキネンと入れ替わって隠密行動を開始しました。
相手はちょっと小柄な中年男性に見えます。髪が長く後ろで束ねています。そして気になったのが服装ですが、あれは軍の服でしょうか? 迷彩色の服を着ています。
「1,2,3人か! もう一人気配がしたがどこだ! まぁいい、楽しませろ!」
迷彩服の男はそのまま真っ直ぐルリの方へと直進してきます。そして接敵の瞬間、抜き身の刀をルリの虹光の盾に突き出しました。
「破響閃!」
男の甲高い声が響くと同時に刀が盾とぶつかると、次の瞬間ルリはまるで軽いボールの様に後方へと吹き飛ばされたのでした。
「え!? うわぁぁぁぁ!」
想像以上の威力にルリが叫びながら後方へと飛ばれされると、地面に落下した瞬間に勢い良く水しぶきが上がります。その水しぶきが上がる前にエル君が剣を構えて迷彩服の男へ風を纏った横薙ぎの一撃を振りました。
「弱えぇぇぇ!!」
男は叫ぶと同時に刀を振り上げてエル君の大剣を上へと打ち上げます。
「な! 俺の剣は風を纏っているから触れば吹き飛ばされる筈なのに!?」
大剣を軽々と打ち上げられたエル君が驚愕の声を上げてます。予想外だったのでしょうが、その驚きは接近戦では致命的な隙を生みます。
「呆けている場合か小僧! 破響閃!」
相手が先程ルリを吹き飛ばした一撃を繰り出して来ました。
「バカたれ! 戦場で呆けるな!」
ハッキネンが叫ぶと同時にエル君の服を掴んで後ろに引っ張って回避すると、迷彩服の男の刀身からは白い塊の様な物が飛び出して、エル君が先程まで居た空間を素通りしていくと、後方でその塊が着弾したのが物凄い爆発音がしました。
「今度はお前が隙だらけだ。」
刀を振り抜いて体勢が整っていない迷彩服の男へハッキネンが手刀から伸びた氷刃を腹部へと突き出しました。
「ヤッパリ四人目が居たか! だがおあいにく様だ!」
そう不敵な笑みを表しながら男はバク転するようにしながら足を蹴り上げて来たのです。ハッキネンは嫌な予感を覚えてすぐに手刀を引っ込めようとします。
「足刀!」
その蹴りでハッキネンの氷刃をキレイに縦に真っ二つ斬り裂くと、そのままバク転をくり返して距離を取られます。
すんでの所で手を引いた為、ハッキネンの右手は無事でしたがもう少し踏み込んでいたら手まで真っ二つにされていたのは確実でしょう。切り口が足とは思えない程に鋭利です。
「いや~、面白い! 面白い! 俺の破響閃で壊れない盾使いに、気配を感じさせない子供と俺の刀で斬れない剣を持つヒヨッコ坊主に、狙撃の腕は超一流のお嬢ちゃんか。」
迷彩服の男が拍手をしながらこちらを見てニヤニヤしています。男の顔は無精ひげを伸ばし、少し瘦せていているので頬骨が少しだけ浮いている様に見えます。しかしその目は愉悦の目をしているので異常感が凄いです。
「誰が子供だ! 私は16だ! 訂正しろ!」
「ハッ! そりゃ失礼! だが俺からすりゃ全員ガキと変わらんさ!」
ハッキネン、気持ちは同じですが、今はそこじゃありません! 相手は人数差を気にする事無く、私達4人をゆっくりと見回しています。すぐに立ち上がって戻って来たルリも含めて私達は警戒を強めながら男に質問しました。
「貴方は誰ですか? 何故私達を襲おうとしたのですか?」
「あ~? 先に狙撃して来たのはお前らだろうが?」
「ふざけてるんじゃ無いわよ! あんな遠くから殺気ダダ洩れ状態で近づいて来てそんな言い訳が通る訳無いでしょう!?」
ナギがそう言うと、迷彩服男がバレちゃったみたいな顔をした後、天を仰いで高笑いを再びし始めました。
「ハッハッハ! 良く解ったもんだな、素晴らしいよ。殺すのが惜しくなる位だ!」
男はひとしきり笑うと、こちらに再び視線を戻して自己紹介を始めたのでした。
「俺の名前は『相模 直樹』元陸軍大尉だ。別名『切り裂き魔』とも呼ばれている。まぁリッパーとでも呼んでくれや、生き残れたらな!」
その言葉を聞いた瞬間に全員の背筋に悪寒が走ったのは言うまでも有りませんでした。




