第84話 風銃使い
「取りあえずアンタは少し私の中で黙ってなさい!」
ナギは騒ぎ続けているパティの手を掴んで強制的に同化したのですが……人間側から強制的に同化って出来ましたっけ?
「珍しいね。同化と分離の権限が契約主にも有るタイプか。久しぶりに見たよ。」
ルリが珍しい物を見たと言わんばかりにつぶやいてますが、やっぱり普通では無いですよね?
「ですよね? 普通は精霊側に権限がありますよね? どう言う事です?」
ルリに聞くとちょっと困った様な顔で説明を始めてくれました。
「ん~、どう説明したものかね……要するに自分で自己管理が難しいと自覚している精霊に限り、契約主に同化と分離権限を一部譲渡していると言えばいいのかな?」
「つまりはお互いがそれで良いと納得したら成立するって事ですか?」
私はよく理解できませんでしたが、精霊側がそれを良いとしたら出来ると言う事なのでしょうか? 聞いてみますがルリはまだ考えこんでます。
「つまりは、自分で精霊力を使い過ぎて回収してもらう必要が有る精霊なんかはこのタイプになる。精霊力を使い過ぎを契約主が強制的に止める時とかに使うのさ。」
つまりパティは自分で出力調整が難しい精霊と言う事なのでしょうか?
「違うわよ。パティの場合は本当に延々と絡み続けてよそ様に迷惑かけまくるから、権限寄越さないと捨てるわよって脅したのよ。」
ナギが物凄く怖い笑顔で教えてくれましたが……自分の精霊に捨てるって脅しが通用するのでしょうか? いや、この表情を見たらやりそうですね……真面目に怖いです。
「ちょっと、ナギ~そんな怒らないでよ。少しお茶目しただけじゃない! 折角知り合ったんだから色々とお互いの事を知るのは大事だと思うのよ!」
中に居ても元気で騒がしいですね……、ちょっとだけ同情します。
「パティス、そろそろ黙りなさいね。話が進まないわよね?」
「……スミマセン。調子に乗りました……。」
ナギが物凄いドスの効いた声でパティを黙らせましたね……うん、絶対にレンさんは将来尻に敷かれると思います。むしろあの表情と声で言われたら流石に怖いです! 圧が違います! 有無を言わさない圧力です。
「しかし、もう一方の狙撃の仕方ってのは何だい? パティちゃんが話すと長くなりそうだから、ナギちゃんが話してくれると助かるね。」
ルリが冷静に話題を戻しますが……もう少し色々驚いても良いのではないでしょうか? 冷静過ぎませんか?
「先程の風の圧縮弾と、もう一つは……精霊術を物に付与して撃ち出すのよ。」
「物に付与して撃ち出す?」
ルリが首を傾げてます。私も正直ピンときません。
「折角なら見た方が早いわ。外に行きましょう。」
そう言ってナギは出口の方へと歩き出しました。私とルリは未だに呆けているハッキネンとルーリアを回収してついて行く事にしました。
「さて、集落の外なら問題無く撃てるわね。」
私達は集落の外まで来て見晴らしの良い砂浜と湖面が見える所まで来ました。
「今はこれを弾代わりにするわね。」
ナギは砂浜に落ちている小石を1個だけ右手に握りしめました。小石を弾にすると言う事でしょうか?
「パティ、行くわよ。目標は643m先に有るあの木ね。」
ナギは遠くに有るポツンと生えている小さな木を指しました……って随分正確な距離を言った気がしますがそこまで分かるのですか?
その後ナギは両目を閉じて「風起こし」を発動して自分の周りに風を集め始めました。
「目標補足、弾道予測開始。よし、感覚をそっちに共有するわ。」
ナギがそう言うとパティが表に出て来ました。そしてパティは左手を前に出して、掌を上に向けて広げます。右手は石を持ったまま指鉄砲のポーズにして中指の上に石が置かれていました。
そして手の周りに風が集まるのを感じました。
「風の軌跡展開! ロングレンジタイプ!」
先程ナギが見せて鎌鼬の様な物が筒状に転換していきます。それは次第に大きくなっていき、まるで両手に猟銃を構えている様な姿になりました。
「行くよ! これがパティちゃんのもう一つの狙撃術! 風銃使いよ!」
パティが叫ぶと同時に構えていた右手の石の根元に風の塊が発生しました。そして弾けると同時に風の筒の中を石は加速しながら打ち出される様に飛び出していきました。
先程の指鉄砲と違って加速の仕方が尋常じゃありません! 風の筒の中で螺旋状に渦を巻いて前に押し出しているのがうっすらですが見れました。タツミさんからの知識からで解りましたが、アレは現代の銃と同じ撃ち出し方で加速させたのでしょう。
その直後、ナギが指していた木の幹が何かに大きく抉られると同時に吹き飛んだのでした。
「え? 何ですか? 今のは? 風で銃の構造を具現化したんですか? どう言う理屈です?」
風を圧縮して物理的な力場を作るのは何となく解りますが、それを利用して単純とは言え銃の構造を風の精霊術で再現するとはどう言うセンスなのですか?
「ん? 詳しい事はナギに聞いて! 私はナギの指示どうりにやってるだけだから! 難しい事は分かんない!」
パティはテヘペロと言った様な表情をするとナギに変わりました。
「変わる直前に変な表情するんじゃないわよ……恥ずかしいじゃない!」
その表情のまま変わられたナギは一瞬気まずそうな顔をしてましたが、すぐに真顔に戻って説明を始めました。
「あれは、私が物理的なベクトルを計算して弾になる物体に合わせて適切な出力を大雑把に計算してるのよ。後は何回か練習して慣れで微調整出来る様になったと言う所かしら? 元々物理はかなり得意だったからベクトルのイメージは出来るのよね。」
一気に説明してくれましたが、全く解りません! 何かの天才ですか!? 得意とかそう言う領域を超えている気がするのですが? そう思ってエル君の方に視線を送りますが。
「俺にも全く解りません。そもそも弾になる物体を壊さずに撃ち出す調整が異常なレベルですからね。」
エル君は理解を諦めて感嘆しているレベルです。
「凄いね! これは面白い! これは銃の様な物を作ったらもっと威力や精度は上がるのかい?」
物凄く喜々とした表情でナギの手を取って聞いてました……、忘れてましたがこの人は面白そうな鍛冶が出来るのが好きでしたよね……。
「え? 精霊界で銃とか作れるの? と言うか、試してみないと解らないわよ。」
ナギが圧倒されてます。と言うか銃って鍛冶で作れるんですか? どう考えてもあの螺旋の複雑な動きを再現するのは鍛冶では無理だと思うのですが……
「よし、人間界に戻ったらそっちも試してみよう! 邪道だと思ったけどナギちゃんのおかげで少しは興味が持てたよ! 精霊術と銃の組み合わせか! 考えもしなかったね!」
うん、忘れてましたよ。ルリも変人の領域の人でしたね……ナギが固まってます。
「良いわね! 狙撃に耐えれる銃身が有ればさらに制御が楽になるから威力に回せるわね! ルリさん! ぜひ協力しましょう! ああ、凄い楽しみ!」
いつの間にかパティが表に出ています。そして何やら熱い談義が始まった様ですが……私とエル君はついて行けないのでどうしようか悩んで立ち尽くすしかありませんでした。
「パティ! うるさい! 少し黙りなさい!」
数分してナギが強制的に表に出て来て会話を中断させます。そして表情が少し強張っているのが解りました。
「どうしたのですか? ナギ? 表情が……。」
言いかけるとナギは慌ててこちらを向いて大声で伝えて来ました。
「急いで戦闘態勢を取って! 何か強烈な殺意を持った奴が近づいて来るわ! 接敵まで後1.5㎞って所よ!」
その言葉に全員の顔が一瞬で引き締まりました。この人数に向かって殺意を向けて来る時点で普通の精霊では無いと全員が感じたからでした。




