8話 帰る必要性
「なぁ……さっきお仕置きとか言ってなかったか?」
リィムに問いかけると、苦虫を潰したような表情になっていた。
「レピス=ホーリットは光の最古の精霊で『神霊』に近い存在。私達からしてもあれは別格の存在。アレを相手にまともな戦闘が出来るのは兄上位。だからいつも兄上は暇つぶしに絡まれる。」
「最古の精霊? 一番最初に生まれた精霊って事か?」
「厳密には違う、精霊も消滅する時がある。単純にレピスは強くて生き残り続けている最古の精霊と言う事。」
淡々とした口調で説明してくれた。素っ気ないが返事だが先程までの殺意は全く感じないので安心して外を見る。
「まずは~小手調べからね~。」
レピスはそう言うとタブレスの方に指先を向ける。次の瞬間指先に光が集まり加速するような音が聞こえると、先程見たレーザーが目にも止まらない速さで飛んで行く。
「軌道がバレバレで小手調べも何も無いだろうが。」
タブレスは動じる事無く、レーザーが直撃するかと思った瞬間に拳大の黒い空間を発生させてレーザーを吸い込むように消した。
「んふふ~、では~次々行くわよ~。」
そう言うとレピスは体の周りに複数個の光の球体を作り出すと先程のレーザーと同じものが発射される。タブレスも体の周りに黒い球体を発生してそれで受け止めて消滅させていく。
「レピスの方のレーザーは何となく解るが、タブレスの方の黒い球体は何だ?」
「あれは極小のブラックホール。普通の闇の精霊だと視覚・感覚等の妨害や隠密行動に長けている程度だが、闇の本質は超重力。光さえも飲み込んで全てを闇に染める。兄上は数少ない重力まで操る精霊。」
ティルに話しかけたつもりだったが、リィムが説明してくれる。と言うか、自分たちの手の内そんなにサラッと喋って良いのかね?
「気にしなくいい。後でレピスが全部説明する筈。」
あれ? まだ口に出してないのに? 心を読まれた? 精霊って洞察力が高いのか?
「その位分かり易い表情なら誰でも解る。」
リィムは冷ややかな目でこちらを見ていた。折角だからティルが知らない情報を集めるのも良いかもしれない。
「もう殺す気が無いのなら色々と聞いても良いか?」
「どうぞ、多分レピスはこれも見越して兄上と戦っている筈。」
レピスの思惑どうりになっているのが面白く無いと言った顔をして体育座りをしている。
「一番聞きたいのは俺は何故、精霊界に飛ばされたんだ?」
「その説明をするにはまず、精霊界がどういう風に存在してるかを理解しないといけない。説明が少し長くなる。」
「解った、よろしく頼む。」
「精霊界は人間界を包むように存在している。例えるなら肉体の内側が人間界で皮膚は境界線、外の空気が精霊界。人間界は精霊界からのエネルギーを受けて生命が育まれている。人も外が寒すぎても暑すぎても生きていけない。」
人間の体に例えて解りやすく説明を初めてくれた。
「そして、供給されるエネルギーは精霊の属性と同じ『火』『水』『風』『土』『雷』『氷』『光』『闇』の8属性に大別される。」
「属性は全部で8種類だったのか、そう言えばちゃんと聞いてなかったな。」
「この8種類のエネルギーが人間界にバランス良く供給されることで人間界は生命が安定して暮らしていける様になっている。このバランスが崩れると自然災害と言った地震、台風、噴火、津波等が起きる。」
ここまで大丈夫か? と言った顔でリィムがジト目でこっちを見てくる。それを見て俺が頷くと話を続けた。
「ここからが貴様の様な人間が来た理由だが、外部から強い刺激を受けて皮膚が破けた場合どうなる?」
「ん?出血するな。」
「そう、つまり精霊界からの過剰なエネルギーで皮膚の部分、私たちは門と呼んでいるモノが破けて開く。その際に出血と同じ要領で精霊界に飛ばされてしまう。心当たりがないか?」
「ああ、確かに台風とか地震とかの自然災害に巻き込まれていた。」
「つまりはそういう事。」
リィムの淡々とした口調は続き、冷静に事実のみを告げていく。そして俺はある事に気が付いて青ざめていく。
「では、人間界に戻る方法と言うのはもしかして……。」
「そう、再び皮膚を破って体内に侵入する。つまりどういう結果が待っていると思う?」
「自然災害が起こって、再び関係ない人達が精霊界に飛ばされるって事か?」
「だから人間界に戻らせない為に私や兄上は動いている。」
しばらくの沈黙が続く、結界の外では激しい戦闘音を聞こえるがまるで別空間の様な時間が流れていく。
「でも、殺す必要は無いじゃないか? そのまま精霊界で暮らしても良いんじゃないのか?」
「精霊界は恒常性が強い世界だ。人間の肉体は老化しないせいで永遠に生きる事になる。長い時間生きる事に人間の精神は適していない。つまり段々と感情を失って廃人になる。」
「肉体が老いない? 永遠に生きる?」
俺が新しい事実を知って驚愕しているとリィムが一瞬だけ悲しげな表情になる。
「だから楽に殺してあげるのも優しさだと思わないか? 知らない方が幸せな事もある。」
再び沈黙が訪れる。
「だからと言ってタツミが死んで良い訳が無いでしょ!」
沈黙を破るかのようにティルの声が復活した。声の聞こえ方が先刻までとは違う。頭に直接響くが、周りも響くような声だった。
「ダンマリだった精霊が急に喋り出した。」
リィムがティルの声に反応する。今の喋り方は同化しても周りに聞こえる様に話した時の聞こえ方なのかと納得する。
「黙って聞いてれば、こっちに来た人間は死ぬべきだみたいな言い方をして! 戻る時に被害が無いように戻ればいいんでしょ! 出血が無いように皮膚を破って中に入ればいいだけの話じゃない!」
ティルが熱く感情的に怒っているのが解る。さっきまでの落ち込みは怒りで吹っ切れたようだ。
「私はタツミが死ぬのも廃人になるのもどっちもお断りよ! 絶対に無事に人間界に返すんだから! これだけは絶対に譲らないわ。」
「熱くなるのは構わないが、戻り方を知ってるのか?」
対照的にリィムは相変わらず淡々と話す。ティルも冷静に突っ込まれて少し落ち着きを取り戻すと一拍の呼吸の間をおいてからティルが質問を投げ返した。
「教えてくれるのかしら? 戻り方を。」
冷静になったティルを感じてリィムはやれやれと言った感じで説明を続ける。
「門を破るには『神器』と呼ばれるものが必要。ただし、使用者は『人間』であると言う事が条件。精霊ではダメ。」
「神器? また中々手に入らなさそうな物の名前が出てきたな。」
「神器の原材料だけなら、精霊界に残っている精霊なら大体持ってる。ただし神器を作るには色々な条件が有る。さらに神器はその精霊専用の神器なので他人には使えない。」
「私はそんな物持ってないわよ? 大体の精霊は持っていると言うのはどういう事?」
ティルが持ってないと言う事は事実だろう。噓を付く必要もないからだ。そして一連の話の流れから答えはもう出ているのだろうが、先程から気になっていた事を質問する。
「なぁ、お前の契約者は今現在どこに居る? 精霊は契約者が居ないと存在を維持出来ないんだよな? つまりそれが答えなんだろ?」
「鋭い、私の契約者は既に精神の摩耗に耐えきれなくて廃人になった。既に私に取り込まれている。」
リィムがそう言うと俺は全てを理解した。ティルだけが解らないと言った顔で困惑している。いや、解っているのだが答えを認めたくないのだろう。
「ちょっと、私にも解るように説明してくれない?」
「要するに、神器は契約した人間が取り込まれてから具現化したモノと言う事だろ? 原材料になるのが契約者なんだから契約した精霊の専用装備になる訳だ。そして、さっき『人間』が使用しないとダメと言ったのは逆のパターン。つまり精霊が人間側に取り込まれた時に出来る神器を使うと言う事だな?」
「つまり私がタツミに取り込まれて神器になるしか戻る方法が無いと言う事?」
ティルが混乱している。そりゃそうだろう。俺も混乱している。
「そうだ。しかし、別に貴様が使わなくても誰かが使う際に一緒に紛れ込んで戻ると言う方法もある。単純に物を考えすぎてもダメ。」
冷静になれと言わんばかりにリィムが言葉を続ける。
「どちらにしろ、精霊を『神器』にするには精霊よりエネルギー量が多くないとダメ。貴様の状態じゃ、その精霊を取り込むのは無理。」
「つまり現実的なのは、神器持ちの『人間』を探すと言う事か?そもそもそんな都合の良い人居るのか?」
「さあ? 過去には例が有ったと聞いている。下手に神器持ちが増えて門を壊される回数が増える位なら一人の力で向こうに戻ってもらった方が被害は少ない。」
説明が終わる頃に、レピスの張った結界がゆっくりと消え始めた。
ふと、二人の方を見るとボロボロになったタブレスと、対照的に笑顔のレピスの姿が見えた。
「そろそろ、説明は終わったかしら~。私が説明すると~何故か皆嫌がるから~。お姉さん悲しいわ~。」
うん、絶対その話し方のせいだよね!? 自覚有るなら直そうよ! と思うがツッコんだらいけないと思って黙る。
「話し方のせいだと言ってるだろうに。いい加減直せよババ……。」
タブレスが何か余計な事を言ったと思った瞬間、レピスが顔面をわし掴みにして力を込める。
「タブレス~、今なんて~言おうとしたのかしら~?」
笑顔が怖いです。微妙に青筋が立っているのが見える。レピスに対する禁句を早速教えてもらった。
「いだだだあぁぁ! 離せ! 悪かった!」
謝罪を確認してレピスは手を離す。タブレスは恨めしそうな目でレピスを睨みつけていた。
「解れば~よろしい~。では自己紹介を~。私はレピス=ホーリットよ~。属性は光で~大体の精霊の子たちは知っているの~。位としては『龍将位』精霊になるわ~。」
こちらを改めて向き直して自己紹介をしてくる。ハッとして俺も体を向き直してレピスに挨拶をする。
「初めまして、俺は工藤辰巳です。タツミと呼んでください。相棒の精霊は火の精霊でティルレートと言います、ティルと呼んで下さい。」
その返事を聞くとレピスは満足そうにして頷く。
「さぁ~、二人ともそこに座って~。お話の続きをしましょうか~。」
タブレスとリィムを見ると有無言わさない圧力で会話への強制参加を命じた。二人は諦めモードの表情で、先程までの殺気は何処に消えたんだろうと思う位に雰囲気が変わっている。
「さてさて~、ではタツミちゃんとティルちゃんに~色々な説明もかねてお話しをしましょうか~。」
一人だけ能天気にこの場を支配しているレピスの緊張感の欠片もない口調で話が始まった。