第77話 シナイの外套
俺達は現在3層へと降りて来た。そろそろ結合結晶持ちの集合精霊が出て来ても良い頃なのだが、未だにその様子は無かった。
進んでいると急にタブレスが足を止めて、肩を大きく回して準備運動みたいな動作をし始めた。
「ん? どうした急に。下位精霊の気配でもしたのか?」
レンが不思議がって問いかけると、タブレスは呆れた様な顔をして答えて来た。
「もう少し探知能力を鍛えた方が良いぞ? 既に複数のミズチに囲まれている。」
3人で辺りを見回すが全く気配が掴めなかった。レンが何かに気が付いて足元に小さな水圧弾を撃ち込んで水面に大きな波紋を作り出した。
「あそこだ! いや、あっちにも?」
波紋の動きが明らかに違う所を次々と指摘していく。ミズチが居る所だけは波紋が跳ね返って来るので認識できるようになったのだ。
「おいおい、10匹近く居るぞ……。」
現状を把握したレンの顔が引きつっている。しかしそれを無視する様にタブレスは俺達を重力壁で囲うと、一人だけで前へと進んで行った。
「そこから出るなよ。巻き添えを喰らうからな。」
タブレスはそう言うと『シナイの外套』の形状が変化した。コートの様な姿から前に見た死神のマントへと変化する。
ミズチ達は姿を隠す事を止めて、その大きな蛇の巨体を見せるとタブレスの周りを取り囲み始めた。
ジリジリと距離を詰めて襲い掛かるタイミングを計っているが、タブレスは平然とした顔でたたずんでいた。
「数で来ようが、その程度なら何も変わらない。」
待ち疲れたと言わんばかりにタブレスは取り囲んでいる1匹のミズチへ右手を前に出して広げる。そして小さな黒球を発生させたのが見えると、次の瞬間、目の前のミズチが勢いよくタブレスの方へと襲い掛かった。
いや、すぐに認識を間違っていると理解させられた。アレは引き寄せられたんだ!
「ギシャァァァー!」
ミズチは悲鳴なのか威嚇なのか解らない声を上げながら黒球の前まで引き寄せられると、当たる直前にミズチは急停止した。
そして黒球はタブレスの右手に絡みつく様に変化すると、人間を軽く一掴み出来そうな程の悪魔の様な漆黒の手に変形した。
「天命圧殺崩壊。」
漆黒の手はミズチを掴むと手の中にミズチが吸い込まれるように消えて行った。
手を開くとそこには何も無くなっていた。吸い込まれたミズチはどうなったのだろうか?
タブレスは左手も同じく天命圧殺崩壊を発動させてミズチを吸い寄せては圧殺していく。
途中から気になったのは、倒されたミズチ達が普通の精霊の様に霧散する様子が無いのだ。
「もしかして、残留思念ごと潰してるのか?」
「多分そうね。完璧に存在自体まで消滅させているね。あれで倒されたら再度復活は出来ないでしょうね。」
ティルが肯定したので間違い無いのだろう。アレは倒して霧散させるでは無く、名前の通り存在そのものを崩壊させているのだ。
タブレスは次々とミズチを一方的に吸い寄せては握り潰していく。一歩も動かずに淡々と作業を繰り返しているだけだった。
全てのミズチを圧殺し尽くすと漆黒の手を解除していつものコート姿に戻った。
「コレが俺の基本的な戦い方だ。先に言っておくが神器の攻撃は今みたいに消せない。だからヴァイの時は防御にしか使えなかった。」
確かにヴァイとの戦いでは黒球を盾の様にして扱っていた。つまりあの黒球は色んな形に変化して使えると言う事なのだろう。
小規模ブラックホールを生成して形まで自由自在とか……ヤッパリ神器は規格外の性能なのだと痛感する。兄さんの具現化した神器も規格外の性能なのかと思うとため息が出て来る。
「アレは自分の半身を代償にして得る力よ。今はお互いの力を充分に発揮させる事だけ考えなさい。」
ティルが俺の感情に気が付いて注意して来た。確かに神器は代償が大きい物だ。
リィムやレンの戦いを見れば人と精霊の一体となった戦いは今までとは別次元の強さだった。単独の力だけでは強さの限界が訪れる。大事なのは相棒を信じてお互いの長所を相乗効果で強くする事を覚えなければ。
「そうだな、いつも適切なアドバイスありがとう。」
「あ、当り前でしょう。一応私は相棒なんだから。お互いに強くなれないと困るでしょ。」
素直に感謝の気持ちを伝えると照れてそっぽを向いているのが伝わって来る。普段はからかっているが真面目な時にすぐに照れるのはヒジリと似ていると思う。
「進むぞ。先程の水鉄砲で余計な下位精霊までが流れて来ている様だからな。周囲の警戒は怠るなよ。」
俺達のそんな様子を無視してタブレスは一人で先を歩き出していた。何と言うか強者の余裕を感じる歩き方だ。俺達も置いて行かれない様に警戒しながら急いで後ろを追いかけた。
そんな様子を見てレンが歩きながらゆっくりと俺の隣に来た。
「なぁ、タブレスや火神を見てると規格外の強さを持っているように感じるんだが……別にタツミが弱いって訳じゃないんだろ?」
レンが二人の戦いを見て急に自信が無くなった顔で俺に話しかけて来た。あの戦いを見たら強さの基準が分からなくなるよな。
「基準が分からないが、リィムとハッキネンもあの二人に近い強さを持っていると思うぞ? ルリに関してはまだ全力を見た訳じゃ無いから判らないが。」
俺がそう言うとレンは大きなため息をつく。
「そりゃ、お前が弱いんじゃなくて周りが強すぎるだけなんじゃ無いのか? 龍一さんと言い、お前には周りに異常な強さの人を集める才能でも有るのか?」
「それは俺が聞いてみたいわ! むしろそんな才能は要らねぇ!」
本気でそんな才能が有ったら、そんなモノをくれた神様に苦情を申し入れてやりたい。
「あの力を見せられたら、俺もお前も案外大差無い気がしていたぞ……お互い頑張ろうか。」
レンが同情の眼差しで俺の肩に手を置いて来た。俺は何も言えずに頷いて奥へと進んで行く。
そして俺達は4層へと降りた所で、タブレスが何かに気が付いて表情を変えたのに気が付いた。
「どうしたんだ? 何か見つけたのか?」
タブレスに聞いてみると、静かに目を閉じて耳を澄ませ始めた。そして辺りに静けさと緊張が走る。
「近くに居るな。恐らくこの気配は集合精霊だ。」
「え? ど、どこに居るんだよ?」
タブレスが気配を察知してつぶやくと、レンが慌てた声を出す。レンは集合精霊を見るのは初めてだから余計に緊張している様だった。
「近くだが気配を消しているな。こちらも警戒しながら進むぞ。」
警戒しながら更に奥へと進む。途中で俺はヒジリの体調が心配になって確認した。
「ヒジリ、体調は大丈夫か? 4層まで降りて来たが前の様に違和感は感じ始めているか?」
「だ、大丈夫。違和感が全く無いからまだ平気みたい。」
ヒジリは元気そうな顔で答えた。この前の土の龍穴の時は4層から違和感を覚えていたのに今回はまだ平気なのか。
あの時よりもヒジリの力が増えていると言う事なのだろうか? いや、精霊術を見る限り成長しているのは疑い無いのだが。
「分かったけど、違和感が出たら早目に言えよ?」
「うん、心配してくれてありがとう。」
ヒジリは微笑みながら返事をする。屈託のない笑顔に癒されつつもティルを借りている側の自分としては力不足を常々感じてしまう。
(まーた、悪い方向に思考が動いているわね。今出来る事を大事にしなさいっていつも言ってるでしょ。本当にネガティブ思考なんだから。)
ティルが俺だけに語り掛けて来た。もうコレは悪癖だから気にしないで欲しいとすら思う。出来ない事への歯がゆさは結局自分にしか解らない感情なのだから。
「ちょっと! タツミ! 足元!」
悶々と考え込んでいると、不意にティルの大声が響く。そして声に反応して足元を見ると妙な水の流れが俺とレンを囲って居たのだ。
「しまった! 大蛟か!」
タブレスがそう叫ぶと同時に、足元の水が勢いよく流れ始めて俺とレンは足を引きずられるように倒れると、そのまま勢い良く奥へと引きずり込まれて行く。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「ちょ! 死にたくねぇぇぇぇ!」
各々叫びながら水の流れに引きづられて行く、数分なのか数十分なのか時間の感覚が狂う感じだ。幸い顔は出ているので息は出来るが水流に足を拘束されて逃げ出せない。
「少し無茶をするわよ!」
逃げ出す手段を考えているとティルが表に出て来る。もしかしてコイツの無茶って……。
「エクスプロージョン!」
ヤッパリそうですよね……止める間も無くエクスプロージョンを地面側に炸裂させると、俺とレンは勢い良く爆風に吹き飛ばされて水の流れから離脱することが出来た。
「ティル! だからいきなり至近距離で撃つなよ!」
「いつまで悠長な事言ってるのよ! あのままだったら溺死コースだったんだから!」
逃げ出せたことを確認するとすぐにティルは裏に戻ったが、何でもかんでもすぐにエクスプロージョンで解決しようとするのは止めて欲しい。
「いやいや、逃げ出す手段がそれしか無いなら文句を付ける所では無いんじゃないか? しかも助けてくれた女性に礼も言わずに文句とは呆れるな。」
後ろからガラントの声が聞こえて来た。相変わらず女性には甘い性格だ。しかしセリフとは裏腹に声には警戒している緊張感が有った。
「やっこさんは俺達を分断するのが目的だった様だからな。すぐにでも襲い掛かって来るだろうから警戒するぞ。」
レンが流水刀を具現化させて構える。俺もすぐに月虹丸を取り出して足元に刺す。そして辺りの足元の水を凍らせて足場にする。
「これなら先程みたいに足を取られる事は無いな。」
レンが感心して氷の足場へと飛び移って来た。そして少しずつ氷の範囲を円状に広げてミズチの潜んでいる場所を探す。
「おい、あそこの一部分が凍らないな。」
ガラントが広がっていく氷の円で一部だけ凍らない半径2メートルは有ろう大きな範囲を見つけた。
「なぁレン。アレってミズチの胴体部分の太さと思うか?」
「間違いなくあのサイズだと思うぞ。」
「ちょっと……さっきまでのミズチの何倍の大きさなのよ。」
「おっと、ティルは心配しないで俺達に任せな。」
うん、最後のガラントの緊張感の無さにイラっと来たが、ツッコんでる余裕はない。そしてその凍らない円から、不敵に笑っている巨大なオオミズチの顔が出て来たのだ。




