第75話 水の龍穴
俺達は水の龍穴のある場所までたどり着いた。今回の場所は水面の上だったので、ヒジリは俺の近くで水面凍結させた足場を使って一緒に移動していた。
入口は相変わらずの大きな穴が開いているが、今回の特徴は何と言っても水が大量に流れ落ちて行っていると言う所だろう。
「なぁ、この滝の様な所を降りて行くのか?」
入り口の坂も水が大量に流れ込んでいて、水上歩行を使ったとしても普通に歩けるような道では無かった。もちろん氷結させても流れが凄いので足場が流されるのが容易に想像できた。
「安心しろ、俺が重力壁を作って周りの水の流れを防いでやる。」
タブレスが入り口の坂に差し掛かると重力壁を形成して自分の周りへと広げる。そして3メートル程に広がった壁は水をその場から弾き出して足場が姿を現した。
「一人づつ俺の近くに来い。その瞬間だけその部分の重力壁を解除する。」
タブレスが俺達を呼び一人づつ側に寄る。全員が壁の内側に入ると下へと移動を開始した。
「これってタブレス居なかったら入れないんじゃないのか?」
「いや、水の精霊が居ればそいつなら入れるだろう。もしくは土の精霊で土壁を作りながら水を防げばいい。中の空洞まで行けばこの様な足場は減るがな。」
「あ、俺やレンでも出来たのか。」
後からそう言われて気がついたが、俺だとそこまでみんなが上手に移動できる範囲を精霊術でコントロールする自信が無いのでタブレスの方が適任だろう。
「タツミの場合は調整が難しい上に消耗されて、いざという時に動けないのでは困るのでな。レンの方はそのレベルまで精霊術が熟達している様には見えなかったからな。」
真顔で言うタブレスを見て、もう何と言われても気にしない事にしようと心に決めた。事実だし悪気が無いから余計にたちが悪いので気にしてたら俺の精神が持たない。レンは文句を付けたそうだったが、出来るかと言えば自身が無さそうな表情をしていたのでこちらも言い返せない様だ。
ヒジリの視線は気にしないようにしよう。ティルもいい加減この流れに飽きて突っ込んでこないのだからその方がいいだろう。
(突っ込んだ所で変わらないけど……いつになったら自分の力の本質に気がつくのかしら? まだ半分程度しか気づいてないのに。多分だけど次あたりで本格的に化ける気がするんだけどな。)
俺たちは1層へと降りると、そこら一帯から水が滝のように流れ落ちてくる。それなのに何故か足元の水量は足首の所まで浸かる程度で増える様子はなかった。
「この水量が全てさらに下に流れているのか?」
レンが不思議そうに足元を見て言う。
「いや、そうしたら龍穴の底って一体どうなっているんだよ? 水量が増えないのもおかしいだろ。」
俺がそう言うと二人で水がどこへ行くのかが疑問で推測を始めた。ダムの放水レベルの水量が落ちているのだから何かしらで循環してないと理屈がわからなくなる。
「それは龍穴の底に行けばわかるだろうが貴様らでは絶対無理だ。たどり着いたことがあるのはレピスだけだしな。」
つまりこの答えを知っているのはレピスだけと言う事なのか。しかしタブレスも知ってる様な口ぶりだった気がするのだが?
(そこら辺は突っ込まないで納得しておきなさい。下手に知ると方が変な事に巻き込まれるから。)
ティルが俺にしか聞こえない声で直接頭に話しかけてきた。今は聞くなと言う強い感情が伝わってきたので今は聞かないでおこう。
「タツミ君? アルセインが何か言った?」
「何も、ただ詳しくは聞くなとだけ。」
ヒジリがいつの間にか横に来ていてこっそりと耳打ちしてきたので俺も小声で答える。
「随分と仲が良さそうだな。お二人さんはそう言う関係になってるのか?」
コソコソ話を見ていたレンが俺たちの間に割って入ってきた。表情がニヤついているのが気に入らないがリィムやハッキネンのツッコミよりはマシな気がするのは気のせいだろうか?
「れ、レン君! そそ、そ、そんな事は無いです、ま、まだそう言う関係では!」
おーい、そう言う関係っってどう言う関係か聞いてからでなくて良いのかい?
「レン、そう言う関係とはどう言う意味かな? 言葉は正しく伝えような?」
「え? ティルちゃんの行動と言い、お前ら付き合ってないの?」
「付き合ってないわよ。タツミもどんな子が好みなのか聞いてみたいところね。」
俺らの代わりにティルが勝手に言い返すが、俺の好みを聞いてどうする? 今の状況で下手に答えると面倒臭そうな気がするぞ。
「仲が良いのはいいが程々にな。一応は龍穴内なのだから下位精霊に気をつけろ。」
タブレスが俺たちを呆れた顔で見ながら奥へと歩いて行く。器用に重力操作で水面に浮いていたのは言うまでもない。
レンはそれを見て水上歩行に切り替え、俺とヒジリは土壌操作で地面を隆起させて足場を作って先へと進んだ。
しばらく進むと早速下位精霊の具現化が始まった。いきなり水面から浮かび上がるように現れるものだから、一瞬幽霊が現れたように見えて驚いてしまった。
「お約束の犬型、猫型、鳥型だな。変なのが出るよりは全然いいが。」
やっぱり出たかと思って俺は頭を掻く。今回はタブレスが頑張ってくれるとの事だから俺はゆったりと周りの警戒をしておこう。
「相手が弱いうちにレンの実力を見ておくか、やってみろ。」
相手が弱いと判断したタブレスは蓮に視線を向けた。レンは俺の出番かとばかりに気合いが入った顔になっているけど……何でお前そんなにやる気満々なの?
「では、俺の実力をお見せしようじゃないか! ガラント、やるぞ!」
レンは流水刀を具現化させるとガラントが一瞬表に出て手の上に水球を作り出してすぐに戻る。
「まずは水圧弾からだ!」
水球を鷲掴みにして流水刀の峰の部分に当てがって狙いを定める。そして手を放した瞬間に勢いよく水球が弾丸の様に弾き出された。
弾き出された水圧弾は下位精霊にぶつかると同時に激しく弾けて、圧縮されていた大量の水が勢い良く解放された。
辺りを巻き込んで水飛沫が上がるが、その飛沫も圧縮された水弾になっており、まるで散弾銃のや手榴弾の様な弾け方をして周りの下位精霊も巻き込んで殺傷していった。
「ほれほれ、次々行くぞ!」
次々と水球を掴んでは発射を繰り返して下位精霊達を遠巻きに全て倒して行くのだった。
「うん、龍穴内の場合はティルよりレンの水圧弾の方が便利そうだな。」
「それはここで撃って欲しいと言う風にしか聞こえないけど? 相棒を下げる様な発言は控えてもらえるかしら?」
ボソッと出た本音にティルからの抗議が上がるが、だって事実じゃん。ちなみにここで撃たれたら俺への反動が酷そうなので辞めて頂きたい。
「でも見た所、射程距離はアルセインの方が長そうだね。恐らく水圧弾自体が相当な圧縮された水のせいか重量が重いからかな?」
ヒジリが冷静に観察していた。言われてみれば質量的に相当な水量なのだから重さもしかるべきか。と言うか何でその質量を普通に持てるのかツッコミたい!
「ああ、この水球の重量は最初は2~3キロ位だが、発射中にも流水刀の水を加えて水量を増やしているから、最後の発射時にはおおよそ十数倍までになっている。ちなみに発射中の重さは力学の関係でさほど感じない。」
レンが説明してきたが……待て! 物理の話が出て来たが俺はそっち方面の勉強が苦手だ! 説明されても分からないんだ!
「タツミが内容が難しくて解らないって言ってるわ。取りあえず中距離砲撃と言う認識で良いのかしら?」
ティルが安心したような声で確認を取っている。レンが中距離砲撃なら、自分の遠距離の専門分野でアイデンティティが守られたとでも思っているのだろうか? そしてさり気無く俺を下げて来やがったな、仕返しか!
「お前の『流水刀』は接近戦用に見えるが、中距離から近距離まで出来ると言う事だな?」
「ああ、接近戦は俺の腕次第な所も有るけどな。」
タブレスが流れをぶった切って冷静に確認してきた。レンは返事をしながら後ろから飛び掛かって来た生き残りの下位精霊を振り向き様に横一閃に薙ぐと、下位精霊はキレイに真っ二つになり霧散していった。
「キレイに斬れたわね、月虹丸でもあんな風に斬れるの?」
「月虹丸ではあんな感じには斬れないな。そもそも斬り方が日本刀の斬り方じゃないな。まるでファンタジー世界のなんでも切れる刀みたいな斬り方だ。」
俺は冷静に自分の月虹丸と流水刀の違いをティルに教える。物理的に日本刀な月虹丸は引いて斬るのが基本になるが、レンの流水刀は刀身自体が水圧カッターの様な物だから触れただけで切れてしまう。何という便利な精霊術なのだろうかと感心してしまった。
「次に下位精霊が湧いたらヒジリ、お前が倒してみろ。力の加減を知る良い機会かもしれん。」
「あ、え? ええ!? あ、わわ、解りました!」
タブレスは相変わらずの真面目な空気でヒジリに指示した。何と言うかもう少し感想を言い合うとか無いのかよ! ヒジリも反射的に返事をしているし……。
「タブレスの様子を見ていると原理や性能よりも、どれ位強いかしか見てない様な気がするわ。」
ティルも俺の感情を察したのか見解を伝えて来た。だよね、コイツの場合は強すぎるのか経験値が豊富なのか解らないが大抵の事には動じない気がする。
「そもそもの寿命が違うから、見ただけで何となく理解出来るから疑問にも持たないって方が正しいかもな。」
「ああ……、それもあり得るわね。」
しかしあれだな。何かみんなが強くなっていって置いて行かれている感が否めない気がするのは気のせいだろうか? いい加減にこの現状を変える事が出来る様なキッカケは無い物かと悩みながら奥へと進むのだった。




