第72話 反省させるには?
今現在、俺は一人で留守番をしている。
何故かって? ケガ人は黙って寝ていろと言われて一人でベッドに横になっていた。他の皆は龍穴の情報集めに集落内へと出かけている。ちなみルーリアもハッキネンが首根っこ掴んで連れて行ったが役に立つのかは疑問である。
「流石に一人でいると暇だな。まぁルーリアが残っていてもアイツは黙ってるから変わらないけど。」
ボヤキながら天井を見つめていると入り口のドアが開く音がした。誰か帰って来たのだろうか? ベットから立ち上がり部屋を出て入り口の方へと視線を向けるとそこにはヒジリが居た。
「ヒジリ! 追い付いたのか。」
「あ、た、タツミ君。だ、大丈夫? け、ケガをしたと聞いてたけど。」
相変わらずのどもり具合の声が聞こえて安心感をおぼえると、次の瞬間いきなりヒジリからティルに入れ替った。その表情はとても険しく怒っている感情が伝わって来た。
「あ、あのティル? 何を怒っているんだ?」
ティルは黙ったまま俺の方へと勢いよく歩いて来る。物凄く怖いんですが!? ちょっとヒジリさん止めてくれ!
「どこをケガしたの? 見せなさい。」
俺の目の前まで来てティルはドスの効いた低い声で聞いて来た。ケガを見せろと? ヒジリが治療目的で言うなら解るが何でお前が?
「早くしなさい!」
「はい!」
ティルに一喝されて腹部のケガの後と両手の手の平を見せる。ティルはケガの後を見ながら手を当てて観察している。
「腹部は止血してるだけで痛みが消えてないでしょ? 両手に至ってはまともに物を握れないんじゃないの?」
誰にも言って無かったのを瞬時に当てられて驚きを隠せなかった、腹部の痛みもそうだが、実は両手は物が握れないと言うか感覚すらない。素直にそう伝えるとティルが余計に険しい顔になる。
「殴ってやりたいけど、今はこれで我慢してあげる。」
そう言うとティルは急に抱きついて来て、心臓の音を確認するかのように俺の胸に耳を当て、腕を背中に回して生きているのを確認するかのようにしている。俺は意味が分からずに頭がフリーズする。
えっと? 何コレ? ここでヒジリに急に変わってからかう気かコイツは? そんな考えを巡らせるのが精一杯だった。 だってこんなシチュエーションなんて経験した事無いんだから!
「えっと……ティルさん?」
そう声を出すのが精一杯だったが、すぐにティルの感情が共有化されて意味を理解する。
「バカ……タツミだって私からしたら大切な契約者なんだから。ちょっと目を放したスキに何度も死にそうにならないでよ。」
ああ、ティルはティルなりに俺を心配していたと言う事か。確かに龍穴に入るたびに死にかけてたし、今回もこの有様じゃ心配かけるよな……。
「すまない、気を付けるよ。」
謝罪しながらどうしたら良いか分からずに困ってしまったが、取りあえず頭を撫でて落ち着かせようとした瞬間、髪の色が薄紅色から黒髪に戻ったのを俺は見逃さなかった。手の勢いは止まらずに頭を撫でた状態だ、そして次の瞬間に入り口のドアが開く音がした。
「今戻り……ま……し……た……。」
「タツミー、ちゃんと寝てた……か……。」
ハイ! お約束のタイミングでリィムとレンが帰って来たよ! ヒジリは完璧に混乱してフリーズして動かない! ティルの奴またやりやがったな!
「何を……しているのですか?」
「奥手だったお前が……ついに……俺は嬉しぞ。」
それぞれの反応が帰って来るが……レン! 頼むから煽る様な事を言うな!ヒジリが余計に固まるし、リィムの表情が怖くなる!
「ちょっと待て! これはティルが……。」
俺はヒジリの頭の上に置いていた手を外して弁解しようとしたが状況が最悪過ぎる。なんか前にもこんな光景が有った様な気がするのは気のせいでしょうか?
「あ…………」
何か小声で残念そうな声が聞こえたのは気のせいだろうか? ヒジリさんももう離れて頂けると助かるんですが!? 背中に回している手を外してくれませんか!?
「ヒジリ? 固まっている所悪いんだが、そろそろ離れてくれないか?」
俺の声を聞いて我に返ったヒジリは慌てて手を放して数歩後ろに下がった。顔が茹でタコみたいに真っ赤なのは言うまでもない。
「ああ、あ、あのアルセインがごめんないさい!」
そう言って後ろで見ている二人に元凶がいつものティルのイタズラと説明すると、リィムは不機嫌そうな顔を変えずに後でティルにお仕置きすると言っていた。レンに至っては詰まらなさそうな顔をしていた。
「で、タツミ。その子がお前の言ってた火神さんだよな?」
「え、レン君まで精霊界に来てたの?」
レンはヒジリの顔を見て確認を取って来たがヒジリも普通に返事を返して来た。そしてレンを名前呼びしたと言う事は、お前ら知り合いなの?
「ん? 知り合いなのか?」
「ああ、火神はナギの友達で何度か会ってるから。」
「そうだね、何度かナギちゃんと一緒に会って話しているから知り合いです。」
ああ、彼女の友達ね……クソが! レンの奴、意外と青春を満喫してるじゃねか! コンチクショウ!
と言うか二人が知り合いと言う事の方が意外だった。最初にヒジリの名前を言った時にレンが一瞬だけ妙な顔をしたのはこれが原因か。
「そうだったのなら、この前に言っておけよ。別に隠す内容じゃ無いだろ?」
レンの方を向いて文句を付ける。いや、笑顔だけど目が笑ってないリィムの方を見るのが怖いからじゃ無いからな?
「いや、万が一に別人だったら嫌だろ? 確信を持ってからと思ってさ。」
「いやいや、火神なんて珍しい苗字で同姓同名なんて確率が低すぎるだろうが!」
おかしい、何かを隠している気がする。しかしこういう時のレンは何をしても口を割らないのを知っているので、これ以上の追及は諦めた。
「いやいや、ケガの割には元気になった様で安心しましたけど、ティルはちょっと悪ふざけが過ぎますよ。」
リィムさんが怖い笑顔で語りかけて来た。流石にこのままスルーは無理だよねぇ……。これは完璧にとばっちりだと思うのですが?
「別に良いじゃない。一応私はメインの契約精霊なんだから心配して当り前でしょ? それともそれすら文句を付ける権利が有るのかしら?」
何だろう。ティルが物凄いケンカ腰で言い返して来た。何でお前も機嫌悪いんだよ。少しは落ち着いてて欲しいんだが!
「だからってワザとくっ付いてからヒジリさんに戻るのって確信犯ですよね?」
「そうだけど何か?」
あ、ヤッパリそうですよね。知ってます。ワザとじゃ無ければこんなに騒ぎにならないよな。ティルとリィムが言い合っているが、表に出されているヒジリが困っている姿を見て可哀想になって来た。
「二人とも、ヒジリが困っているからそろそろケンカは止めないか?」
注意されてリィムは少し冷静になったのか、顔を真っ赤にしたと思ったら少し何かを考えていたかと思うとシュンとしてしまった。
「分かったわよ! そう言うならタツミの方に行けば良いんでしょ!」
ティルは未だに頭の血が下がらない様で強制的にヒジリから分離すると俺の方に寄って来てさっきと同じように抱きついて来た。
「ちょ! ティル!」
俺がそう言うと同時に同化して俺の中に逃げ込んだ。全く、コイツは絶対に今のはわざとやったと言う確信がある。ヒジリの方を見ると申し訳なさそうにしていた。
「あ、あの、スミマセン。多分あの子、人懐っこいからタツミ君が重傷を負ったと聞いて心配していたので。」
そう言うと俺の手に視線を送って続けて言って来た。視線を見ると悲しそうな眼をしていた。
「まずはちゃんとした治療をしましょう。こんな大ケガばかりしてたら皆心配しますよ。しかも物も握れない、本当なら動いてもダメなケガなのに。」
何か物凄い罪悪感が生まれて来た。自分のケガでこんなに心配を掛けてしまうと言う自覚が足りなかった。仲間にこんな顔をさせてしまうとは本当に反省しないといけないと思った。
「ちょっと待ってください。物も握れないし動いてもダメな状況ってどう言う事ですか!?」
ヒジリのセリフを聞いてリィムが驚いた顔をして聞き返して来た。
「そのままの意味よ。手は肉を再生させてごまかしているけど神経系がズタボロになっているわ。腹部も止血してるだけで下手な衝撃で大出血する様な状況よ。」
ティルが俺の中からリィムに事実を教える。いや、心配かけたくないから黙ってたのに……後でヒジリに内緒で治療してもらおうと考えてたが、自分が思ったより良くなかったらしい。
「な!? タツミさん! 何で黙ってたんですか!」
リィムが真剣な表情で俺に詰め寄って来た。
「いや、俺のせいで皆に迷惑かけたく無かったから……それに正直そこまで重傷とは思って無かったと言うか……」
「バカなんですか! ケガの状態は素直に言ってください! そうしたらヒジリさんが来るまで絶対安静で待たせたのに! 死んだらどうするんですか!」
俺の言い訳にリィムが激怒している。そりゃそうなるよな……だから黙っていて欲しかったんだが……もう遅いか。
「まず、急いで治療するから部屋に行きましょう。変に治ると逆に正常に治せなくなるから。」
ヒジリは怒るリィムをなだめつつ、俺の手を掴んで先程まで俺が寝ていた部屋へ移動した。
振り向きざまに見えたリィムとレンは何とも言えない顔で俺達を見送っていたのが逆に印象に残ってしまった。ケガを誤魔化して皆にここまで心配させるとは……戦い方も含めて反省しなければいけないと正直かなりヘコんでしまった。
(ふふ、作戦は成功ね! タツミは小言で言っても効かないから、純粋に心配してあげた方が効果はバッチリだったわね。リィムが出て来たのはちょっと予定外だったけど……)
ティルの心の声の感情は反省中の俺には感じる余裕が無かったのでした。




