第69話 特異な人間
ヴァイとの戦いの後、俺の応急治療が済んだのでレンの元へと移動を開始した。傷の痛みは少しは良くなって普通に歩ける位までは回復した。
「本当に大丈夫ですか? どの傷も浅く無かった筈ですが。」
リィムが横を歩きながら心配そうに見て来る。実は結構痛いが俺のわがままで行動が遅くなるのも問題と思って無理しているのは内緒だ。
「大丈夫、でも流石に戦闘になったら無理だ。その時は頼りにしてる。」
「任せてください! しばらくは離れないで行動してくださいね!」
そうリィムに言うと、両手の拳を握って任せろと言わんばかりに気合が入った顔をしている。何度見てもしぐさが小動物の様に見えてしまって和まされる。
「ポンコツ、何度も言うけど鼻の下伸びてる。」
「伸ばして無いわ! 適当な事言うな!」
いつものハッキネンとのやり取りが始まる。まぁ逆にこの位の方が落ち着く気分になるのは、これが今の日常として定着してきたと言う事なのだろうか。
「相変わらず仲が悪いな。もう少し仲良く出来ないのか?」
「だから文面通りに言葉を取るな! もうこれも何回目だよ!」
リィムを挟んで反対側に居るタブレスが呆れた様子で言うが、俺の方がお前の学習能力の無さに呆れて来るよ!
「本当にあんまり叫ばせるなよ、意外と腹の傷に響くんだからな……。」
「ヤッパリ大丈夫じゃ無いじゃないですか!」
リィムがただ一人俺に気を使ってくれるが、また同じ会話の流れになりそうなのでここは堪えて会話を変える事にする。
「そう言えば、この前に話していたクリューエルって精霊なのか?」
質問を聞いた二人が何と言って良いのか悩む様な素振りを見せた。ぇ? 何か特殊な奴なのか?
「人間ですよ、ただ……普通では無いですよね?」
「人間……なのだが……何と言うか、普通の人間ではないな?」
リィムとタブレスが絞り出す様に言う。
「何で疑問形なんだよ?」
二人の歯切れの悪い言葉に疑問をぶつけると、相変わらず困った様な返事を返して来る。一体何なのだろうと思うとタブレスが歯切れが悪い説明を始める。
「あくまで推論なのだが、『人間』で間違いないのだが、精霊界の理から外れている存在と言った方が正しいのかも知れない。」
ピンと来ない俺は首を傾げる。それを見ていたリィムがさらに説明を続けて来る。
「正確に言うとエル君は精霊界で生まれた人間なのです。前にも言いましたが精霊界では人間は年を取りません。しかし彼は精霊界で生まれた上に少しづつですが年を取って成長しているのです。」
精霊界で年を取って成長している? 確かに長いこと精霊界に居るリィムは成長しているとは言えないし精霊界に来た時の年齢相応のすが……た……?
「タツミさん、年齢と言う事で失礼な事考えてませんでした?」
「いえ、全く。」
ヤバイ、無意識にいつものロリッ子と言う事を考えてしまった。
「素直に言いましょうね?」
リィムがほっぺを膨らませてこちらを睨んで来る。ハイ、やっぱり隠し事はこの子には無理ですね。
「スミマセンでした……」
とてもじゃないが怖くて目を合わせられない。目を逸らしながら謝ると、仕方ないと言った顔でいつもの表情に戻る。
「ごまかさないで素直に謝ればすぐに許してあげますよ。別に事実だし……」
リィムは少し俯きがちに小声でつぶやいているが、ちょっとションボリとしている。こっちの方が罪悪感が凄いんですが!
「で、話を戻すが。母親であるカナンがクリューエルを身籠った状態で精霊界に来てしまったのだ。そして普通なら人間の成長や時間と言った物は精霊界の恒常性で止まってしまうのだが、カナンは我が子を生む為に特殊な事をしたのだ。」
タブレスが強引に話を戻してくれた。こういう時は助かります!
「特殊な事?」
「そうだ、神器でどうやったかは不明だが自分の『時間』を進める事に成功したのだ。」
「は? 時間を進める?」
何そのチートの究極とも言える様な神器は? 時間操作系なんて色んな漫画やゲームでもラスボス系の能力だろうが!
「原理は不明だが時間に干渉する精霊術や神器は存在しない筈だ。どうにかして理から外れたのだろうが……その強大な力の影響かどうかは解らないが、カナンは出産後数年で亡くなった。」
神器使うにも精霊力と生命力は使うから力の大きさで消耗も激しくなるのか? 単に便利な道具と言う訳でも無いと言う事か。
「そして、エル君はレピスや私、他の一部の精霊に交互に面倒を見られながら少しづつですが成長してます。私の最後の記憶だとおおよそ12歳位の姿でした。」
「ふむ、確かにあの当時は今のリィムと同じ位の見た目になっていたな。」
そのタブレスのセリフを聞いた瞬間に俺は無意識にリィムの方をゆっくりと振り返った。ええ、目が笑ってない笑顔で青筋立ててる姿が目に入った。
「兄上~、それはどう言う意味でしょうか~?」
俺の時とは比較にならない怒気がこもっていた。そしてタブレスの横腹にリィムは歩きながら左ストレートを突き刺さしていた。タブレスはしばらく脇腹を抱えて悶絶していた。
「リィム、俺の時と対応がかなり違わないか?」
「兄上は本気で悪気無くやるので、少しは痛い目を見ないと学習しませんから。」
ほっぺを膨らませて顔を真っ赤にして怒っている。少しは落ち着いた様子だ。何となく解って来たが本気で怒っている時は笑顔が怖い。今みたいに表情に出ている時はそこまで怒ってない状態なのだと。
「で、人間としても精霊としても理から外れているから異質な存在と言う事か。」
「そうなりますね。さらに契約精霊は居ませんが自由に精霊力を使って風の精霊術も行使出来ています。」
「つまり人間の筈なのに精霊としての特性も持っていると言う事か。」
契約精霊も居ないのに属性付きの精霊術を使える。そして何より精霊界でも成長する人間。かなり特殊なのだろう。
「ちなみにそいつの性格は? ヴァイみたいに急に戦闘になるのは勘弁だからな。ある程度は知っておきたいんだが。」
先日の一件を思い出して確認してみる。好戦的な人間じゃ無い事を祈りたい。
「最近の性格だと兄上の方が詳しいですよね?」
「ああ、普通に好青年と言ったところだろう。温和な性格で真面目だ。」
いつの間にか平然と同じ位置を歩いているタブレスが答えて来た。お前さっきまで後ろでうずくまって無かったか? どんだけ復帰が早いんだよ。それと、お前の言う真面目はちょっと怖い。クソ真面目二人も居たら別の意味で面倒臭そうだ。
「あ、真面目と言っても兄上の様な感じではない筈なので安心して下さい。」
「おい、リィム。それはいったいどういう意味……」
「そのままの意味です。」
タブレスの反論にリィムが有無を言わさずに言葉を被せて来た。まだ少し怒っているのかな? タブレスもリィムに気圧されて黙ってしまった。本当にコイツはリィムとハッキネンに弱いんだなと思う。
「ちなみにクリューエルの能力ってどんな感じなんだ?」
「そうですね、先に風の基本能力の説明からが良いですよね。風の能力は『風起こし』、『風操作』、『加速』が有ります。そして風特性は『浮遊』になります。」
風の基礎能力はある程度予想付いたが、「加速」ってなんか便利そうだなと思った。そして特性の「浮遊」って空を飛ぶと言う事なのか? 凄く羨ましいんですけど!?
「『浮遊』って普通に空を飛べるって事だろ? 便利そうだな。」
「そうですね、でも精霊はともかく慣れない人間が使うと浮遊酔いをしますよ? 無重力状態に近い状態で浮いて、移動の度に急加速する感覚を受けるので耐えられないらしいです。あ、エル君は普通に使えてました。」
方向を変える度にって事はジェットコースターの落下中に上下左右にぶん回されるような感覚になると言う事なのだろうか? ちょっと想像したくない。
「そして、今現在でのクリューエルの能力は手持ちの大剣に風圧を纏わせての斬撃と、剣を振る時に風圧を飛ばしての遠距離攻撃と自己加速等のシンプルなものだ。」
タブレスが最新情報を追加して来る。大剣を使うのか……って多分その剣を作ったのって多分ルリだったりするのか?
「あ、エル君が使っている大剣はお母さんの形見の神器です。」
相変わらずに思考を呼んでリィムがすぐに説明して来るが……神器ですと? 本人以外使えないんじゃないんだっけ?
「ちなみに神器とは言っても、頑丈な普通の剣としてしか機能してない。能力を使えるのは契約主限定だからな。」
「つまり、この前のフライクーゲルも俺が使おうとしたら、弓としては使えるが能力は一切発動しないと言う事か。」
タブレスは黙って頷いた。
「だが俺は持ち主の居ない神器は壊しておきたい。契約主や精霊の魂がそこに縛られている感じがするからな。出来ればヴァイの様に旅立つなら二人一緒の方が良い気がする。」
タブレスの言う事に何となく俺も同意できた。生まれ変わりや死後の世界を完璧に信じている訳では無いが、材料になってしまった人間や精霊は精神が摩耗しきっただけで、魂がそこに残っていたらいつまで経っても次に行けなくて可哀想に感じる。
「そうだな。その方がきっと良いと思う。」
ちょっとセンチメンタルな気分になって同意すると、タブレスは満足そうな顔をした。
「お前がそう思える人間で良かったよ。」
少し笑ったかと思うと、目の前に目的の家が見えて来たのだった。




