第68話 後発組の到着
私達はあの後、境界線まで突っ走って水の精霊界まで移動しました。どこで襲われるか不安だったの有りますが、水の精霊界ではアルセインの出番は無いとの事なので無理をして移動してもらいました。
当然アルセインからの苦情は有りましたが、命が掛かっていると言ったら渋々ですが頑張って無理をしてくれたのです。
「やっと見つけたのに横取りされるとは不運すぎるね。」
ルリさんは頬をかく仕草をしながら未だに悔しそうにしてます。珍しく少し落ち込んでいるようにも見えました。
「しかし、何の目的でアレを横取りしたのでしょうか? 珍しい物でしょうが……ルリさんは詳しく知っているのですよね?」
「実は私も詳しくは知らないんだ。あれは精霊力の特異点みたいな物で物騒過ぎる物だとタブレスは言ってたね。使い方となると余程の昔から存在している精霊位じゃないかね?」
あ、ルリさんも詳細は知らないんですね……しかし、あの死神と呼ばれた精霊は明らかに私達の探し物を狙っていました。つまり後ろにはタブレスさんクラスの精霊が付いていると言う事なのでしょうか?
「しかし、ヒジリちゃんは水の精霊界での体調変化は無いかい? 体調不良になりそうならすぐに言いなよ?」
ルリさんは消滅属性である精霊界での私の体調を気遣ってくれています。足場は砂場だらけで大変ですがルリさんが土壌を二人並んで歩ける位には固くしてくれているので疲労は特に有りませんでしたが、アルセインの様子は……
「ルリ……心配するならヒジリじゃなくて、私の方じゃ無いかしら?」
アルセインの気怠そうな声が響きました。想像以上に体調不良の様です。
「アンタは放っておいても大丈夫だろう? ヒジリちゃんの中に居るんだから消耗も無いだろう?」
「流石に中に居るとは言っても不快感が凄いのよ! この感覚は人間には解らないでしょうけど!」
ルリさんが呆れた顔で言ったのに対して、アルセインが猛抗議してます。流石にいくら中に居るとはいえ居心地が悪いようです。
「しかし、本当に景色はキレイなんですけど……、水面が多いですね。」
見渡す限りの砂浜と湖面が続いている。中心部の方にはしっかりとした陸地が有ると言う事でしたが、水源となる山の部分が中心部に有ると言う事なのでしょうか?
「まぁ、ここの水は中心部の山からの地下水が大量に流れているからね。その代わり中心部は大抵の時間は雨が降り続けているのさ。」
「つまり、水の精霊界の端の方に来ると水が蒸発して中心部で雲になって雨になる。そしてまた水が端まで流れて来て循環していると言う事ですか?」
話から推測すると、この水の精霊界の中だけも地球と同じように海の水が蒸発して大地に降り注ぐと言うのと同じ循環を繰り返しているのだろう。
「相変わらず理解が早くて助かるよ。しかし先発組でこの説明をちゃんとしそうなのがリィム位だけど……あの子結構忘れるからね。中心部に行って苦労してないと良いんだけど。」
「タブレスさんは説明しそうな気もしますが?」
そう言うとルリは苦虫を嚙み潰したような顔をしてきました。
「あいつは長く生き過ぎてる上に強すぎて普通の感覚がズレているんだよ。タブレスにとって問題無い事は説明する必要が無いと思っているのさ。他の人からしたら困る事でさえね。」
これは絶対に過去に何か有りましたね。それも命に係わるレベルの内容な気がします。私もタブレスさんとの行動の時は気を付けましょう。
「ほら、最初の集落が見えて来たよ。取りあえず今日はあそこで久しぶりにベッドの上で寝ようじゃないか。」
ルリさんが最初の集落を発見すると既に宿を取って休む気満々の様です。まぁ宿と言ってもご自由にお使いください系の空き家を借りるだけなのですが。
そもそも経済活動が無い世界ですから宿と言う概念は無くて。作り過ぎたり家主が居なくなった家を適当に無料開放しているので、そこが宿代わりになるそうです。食事が要らない世界ですから寝る所さえ有れば十分なのでそんなモノなのでしょう。
「確かにテントで寝るのと屋根がしっかりついた家で寝るのでは違いますよね。」
私も久しぶりに屋根の有る部屋で寝るのが楽しみでした。何と言っても安心感が違います。
そうして私は集落の入り口に着くと、水路が道代わりで足場が無い事に唖然としました。
「これってどうやって移動するんですか?」
ルリさんは辺りを見回して何かを探していました。そして目的だった小さな小舟を見つけて指差します。
「私達はアレで移動するよ。水上移動が出来ない私達はアレで移動するしか無いからね!」
そう言ってちょっと……いえ、かなり汚い小舟に二人で腰を掛けて、長い物干し竿の様な物で水路の底を押して小舟を移動させます。
「中央部分には普通に歩けるようなところが有る筈だからまずはそこまで行こうか。」
慣れた手つきでルリさんが小舟を進めます。見渡す景色は本当に水の都と言った感じで、ちょっとした旅行気分になります。これが乗っているのがタツミ君とだったら完璧なのですが……。
そんな事を思いながらしばらく先に進むと、噴水が見えてきました。周りはレンガが敷き詰められた公園の様な所でした。
「あそこが中心部だね。さぁ、降りな。」
そう言って二人とも小舟から降りて辺りを見回します。ルリさんが広場沿いの家を観察していると、とある家を指差して声を掛けてきました。
「よし、あの家が空いている様だから行こうか!」
そう言って向かおうとすると、ふと近くに居た綺麗なお姉さんの精霊さんに声を掛けられました。
「あら、ルリじゃない。また何か素材探しに来たの?」
「ああ、ちょっと材料探しにね。先にタブレス達が来ていた筈なんだけど見かけなかったかい?」
そう言われると、話しかけて来たお姉さんは明るい顔で答えて来たのでした。
「ええ、先日ヴァイを退治してくれたのよ! 最近のヴァイは珍しいと思った人間や精霊を見境なく攻撃して困っていたのよ。」
「ヴァイが見境なく攻撃?」
お姉さんの話を聞いてルリさんが怪訝な顔をしました。どうも納得できない内容の様です。
「ちょっと信じられないね。ヴァイの奴は少し暑苦しくて情熱的な所は有ったけど、見境なく他人を害する様な奴では無かった筈だよ?」
「前はね、でも契約主が居なくなって『フライクーゲル』を作ってからは、まるで人が変わった様だったわよ。音楽を作る為なら手段や方法を選ばない感じで。」
お姉さんもちょっと暗い顔をしてます。どう説明して良いか分からないと言った顔でしょうか。
「それで、珍しいと思った人間や精霊を攻撃して音楽を作るヒントにしていたって事かい?」
「ええ、私達が止めても『真の芸術が理解できないのですか。』とか言って聞く耳を持ってくれなかったわ。そもそも私達では彼を止める実力も無かったのだけど。」
それを聞いたルリさんはとても悔しそうな顔をしています。
「あのバカ……何してんだよ……私達の芸術や信念ってのはそう言うものじゃ無かっただろうに。」
ルリさんは同じ何かを作る人同士として、色んな感情が入り混じっている様です。私には何と声を掛ければいいか解りません。
「あ、後。一緒にいたハッキネンと連れの男の子かしら? ハッキネンはヴァイとの戦いでだいぶ消耗してたし、男の子の方は結構な重傷だったわよ。早く合流してあげた方が良いんじゃない? まだこの先の空き家で休んでいる筈よ。」
その一言を聞いて今度は私の方が驚いてしまいました。
「タツミ君が!?」
「え? タツミがまた大怪我したの? 相変わらず生傷が絶えないわね。」
同時にアルセインが呆れた顔で言いますが……重傷と言ってたんだから心配しようよ!
「一番最初の集落で落ち合うなんて……取りあえずその家を教えてもらって良いかい?」
呆れたルリさんは家への道を教えてもらうと気持ち早足になって向かい始めました。。




