第61話 縁
「タツミ、終わりにして帰らないのか? 明日が本番なんだから疲れを残してもダメだろう?」
部活が終わったばかりの雨音が響く道場に聞き慣れた声が響いた。
「レンか……いや、有る程度は疲れないと逆に寝れなさそうなんだ。」
「何だ、未だに緊張するのか?」
「一応な、要らない期待が有るせいでな……もう少しだけ動いてから帰るさ。」
「それはお前の考え過ぎだって言ってるだろうが。」
話しかけて来た男は『鳴海 蓮』。身長は180㎝位で体格も少しガッチリしている。髪は少し長めのボサボサ頭だが逆に自然に似合っていた。一重で少し目つきが悪く感じてしまうのが特徴の幼馴染だ。
「相変わらずだな……しょうがねぇ、少し付き合ってやるよ。」
「いつも済まないな。」
「スポ少の頃からのルーティンの様な物だろ? 気にすんな。」
俺がスポ少を始めた時に一緒に入って来たのがレンだった。そこから俺達の長い付き合いは始まったのだ。
同じ目標を持ち切磋琢磨したのだが……俺達は才能と言う物を二人揃って持ち合わせていなかったらしく、小学時代の大会の成績は5年生まで1回戦負けが続くと言う不名誉な記録を作ってしまった位だ。
「本当にガキの頃から変わらないな……変わったのは少しずつ勝てる様になった位か?」
「流石に全敗記録の更新はしたく無いぞ? それに中学になってからは比較的勝ち越せるようになっただろうが?」
レンが準備して戻って来ると懐かしむ様に言ってきた。
手の届かないモノに憧れてしまった俺達はいつ辞めようかと話し合った事も有った。それでも周りの空気がそれを許してくれなかった。いや、自分達で勝手に思い込んでいただけだと今なら解る。
後少しだけ頑張るか……そんな言葉を繰り返しながら俺達は今まで剣道を続けて来た。
「もう中学の最後の大会なんだよな……」
「いつの間にかもう終わりか……随分と遠くまで来たよな。」
「バカ言え、どうせ俺達は辞められねぇよ。それにタツミはスポーツ推薦狙いだろうが!」
「それもそうだな……まだもう少し続くんだな。」
目標に届かないのは知っている。それでも俺達は近づく為の悪あがきを続けていた。
きっとレンが居なかったら今の自分は居ないと思う。親友でもありライバルで、お互いが辞められない理由の一つでも有ったからだろう……
そんな懐かしい夢を久しぶりに見たのだった。
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降りしきる雨音が響く中、目が覚めてゆっくりとベットから体を起こす。体中の痛みが今は現実なのだと教える様に走った。
俺達は集落に戻らずにその場でルリの家を出して体を休めていた。俺のケガもだが、リィムとハッキネンの消耗も酷かったので即座に休んだのだ。
痛む体を起こしてリビングへと行くと既にタブレスとリィムが座って話していたので、俺も椅子に座って会話に混ざる事にした。ちなみにルーリアは相変わらず俺の中で引きこもっている。
「しかし、来て早々にこんなに激しい戦いになるとは想定外だな。そう言えばリィムはヴァイとは面識が無かったんだな。ルーリアは有ったようだが。」
「そうですね、私は少なくとも会った事は有りません。ルーリアは以前どこで会ったのでしょうか?」
「…………。」
相変わらず会話に参加してこないな……こういう時のルーリアはブレない。絶対にだんまりを決め込んで会話に参加してこないのだ。
「ルーリアは昔にヴァイと契約主が俺と一緒に行動していた時に知り合ったんだ。」
あまりの沈黙にタブレスが諦めた様に説明をしてくれた。
「タブレスと一緒と言う事は、俺みたいに保護されてから行動を一緒にしてた時って事か?」
「そうだ、それとあいつの契約主は声が出ず、左足が動かなくてな。病気や事故のせいだと言っていた。だからヴァイ以外は会話が成立しなかった。それでも音楽を作りたいと言って各精霊界を回りたいと言って俺と回っていた事が有る。」
何その人生ハードモードは……そして水の精霊なら「心理投影」で会話が成立できたと言う事か。
「それと、あいつの契約主は家族愛が深くてな常に家族の事を心配していた。ヴァイもそんな彼の影響を受けてか人情に厚い精霊だった。」
えっと、人情が厚い精霊さんなのに問答無用で襲ってきたのはどう言う事なのか少し聞いてみたいんだが? それとも契約主が居なくなって性格が変わったと言う事なのだろうか?
「と言う事は、ヴァイは人情の厚い契約主を失ったから性格が変わってしまったのですね。」
リィムが俺の疑問の答えを誘導する様に質問をしてくれた。何となくだが、同じ経験をしているタブレスに俺からは質問しずらかったので助かった。
「そうだな、契約主が博愛主義者ならそこまで性格が変わる事は無い。しかし愛情が具現化の根源になった精霊は愛情深くなり、その為に契約主を失うと暴走したり精神崩壊する精霊も稀に居る。」
自分の契約主は博愛主義者だと言わんばかりな説明を淡々として話した。確かにタブレスやレピスは精霊界や人間界全体を考えての行動と言っていたのだから行動原則は博愛主義なのだろう。
「確かにハッキネンも私が意識が無くなっていた時の行動は、以前とかなり変わっていた様でしたしね。今はもう元に戻ってますけど。」
「リィム、昔の話は蒸し返さない。それに自覚は有るから言うな。」
リィムもハッキネンとの同化の時に見た記憶を思い返して言うと、ハッキネンが少し困った様な照れ隠しの様な声で言う。確かハッキネンの具現化は家族愛が根源だから博愛主義とは明らかに違うよな。
「そうだな、リィムが復活してから性格がかなり丸くなって来たよな。毒舌が変わらないけど明らかに違う。」
「そうですね、起きた時ばかりの時は随分とやさぐれていた様に見えて焦りましたからね。」
ここぞとばかりに俺とリィムはハッキネンを弄る。ハッキネンが低いうなり声をあげて何と言って良いのか困っているのが聞こえると俺とリィムは噴き出して笑ってしまった。
「からかうのはそこら辺にしておけ。今だから笑い話だが、当時のハッキネンの様子はそれは見てはいられなかったのだぞ?」
タブレスさん、場が少し和んできたのに一気にシリアスに戻すのは辞めてもらって良いですか? もう少しお前は空気を読む勉強をしようか?
「あ、兄上。これは大丈夫だったからこその大事なコミュニケーションの取り方ですよ?」
「そうなのか? すまんな。どうも文字通りに受け止めてしまう癖が抜けなくてな。」
リィムが少し困った顔をしながら場の流れを説明するが、タブレスの真面目な性格では説明しても変わらない気がする。と言うか絶対この流れを二人は何度も繰り返している気がする。
「取りあえず、ヴァイは契約主を失って性格が変わってしまったと言う事か。」
「そうだな、契約主が居なくなってからは旋律を紡ぐ事で忘れない様にしていたのかも知れん。今となっては分からない事だがな。」
音楽を創造すると言う事は難しい事だろうから、何かしらで着想を得ようとしていたのかもしれない。しかしアレは完璧に暴走に近い思考回路だと思う。
「先にタブレスが会っていたら、少しは結果が違ったと思うか?」
ちょっとした運命のイタズラ、会う順番で結果が変わったと言う事は無いだろうか? そう思ってタブレスに聞いてみると相変わらず淡々とした表情で答えて来た。
「先に俺が会っていたとしても戦闘は回避できなかっただろう。まぁ貴様がそこまでの重傷を負う事は無かっただろうがな。」
こちらを眉間にシワを寄せて見て来た。予定外の足止めで不機嫌にならないで欲しい。
「スミマセンね! 弱いせいで重傷負って皆を足止めして!」
「いや、むしろ神器持ち相手にその程度のケガで済んだなと不思議に思ったのだ。」
不機嫌じゃなくて不思議そうな視線だったのかい! と言っても何故に不思議に思うのだろう?
「そうですね、普通は戦闘型の精霊と同化して無いのに神器持ちと戦って生きているのが不思議な位ですからね。」
リィムもそう言えば、と言う様な顔で同意してきた。
「そこはリィムのおかげだろう。後少しでも遅かったら間違いなく死んでたし。本当にあの時はありがとう。」
ちゃんと礼を言って無かったと思って改めて礼をすると、リィムは急にお礼を言われて少し慌てふためいている。
「な、仲間を助けるのは当たり前じゃないですか! そ、それに一緒に人間界に帰るんでしょう? 勝手に死なれたら……困ります。」
素直に照れられると反応に困るが、こう言うのはちゃんとしておかないとダメだよな。親しき中にも礼儀ありだ。
「で、これからの予定はどうなるんだ? ヴァイの方はダメになったんだから回復したら龍穴の方に行くのか?」
この空気が続くのも大変なので、これからの行動を確認する為にタブレスに話題を振って空気を切り替えてみる。
「他の神器持ちを探して試してみるか?」
また神器持ちを探すのかよと思ったが、ヴァイと出会った時の事を思い出してその選択肢は無くなった事を伝えないといけない。
「多分、神器持ちは契約出来ない。3人で契約の容量が埋まった可能性も有るが、ヴァイとは戦闘前に自己紹介をしながら握手をしたがルーリアの時の様な感覚は全く無かったんだ。」
「そうか……ではこの前クリューエルが保護した人間の所にでも行ってみるか。人間の方が同調契約をさせるに説得しやすいかも知れないしな。」
ん? 何かまた知らない精霊らしき名前が出て来たぞ?
「エル君がこちら迄来ていたのですね、彼はまだこちらに?」
リィムが懐かしそうな顔をしている。エル君とか愛称で呼んでると言う事は交流が深いのかもしれない。
「いや、クリューエルは風の精霊界で保護したと言う少女を迎えに行った、確か『六波羅 凪』と言ったか。こちらで発見した男と知り合いだったらしくてな。」
それを聞いてリィムはちょっと残念そうな顔をしている。
「確か名前は『鳴海 蓮』とか言っていたな。先程の集落に居る筈だから迎えに行ってみるか。」
うんうんと無意識に頷いていたのだが、名前を聞いてタブレスの方を二度見してしまった。
「まさか……レンの奴まで来てるのかよ!」
別の同姓同名の奴が同時期に偶然に精霊界に来る可能性はほぼ無いだろう。俺はあいつとの腐れ縁の凄さにむしろ呆れてしまった。




