第60話 悪魔の獲物
二人は7発目の矢を弾く作戦を軽く話す間に魔王の矢は弧を描くと再び直進してきた。
「時間は無い。行くぞ!」
タブレスは矢を正面に見据えてハッキネンを再び庇うように前に出ると再度ブラックホールの盾を展開する。
「無駄ですよ! 先程の攻撃でまだ理解できないのですか! タブレスと言えどもその攻撃を防げる訳が有りません!」
自信満々にヴァイが叫ぶ。その姿は狂気じみており不気味さを醸し出している。
「闇の最古の精霊を舐めるなよ! 『シナイの外套』最大解放!」
タブレスが対抗する様に叫ぶと、「シナイの外套」から闇が溢れてまるで死神の黒いマントを纏っている様な姿へと変わる。
次の瞬間、魔王の矢と黒球盾が激突するとさらに大きな衝撃と音が辺りに弾け飛んだ。
「何をしようが無駄ですよ! ほら、すでにヒビが入っている。すぐに砕けて貴方達ごと刈り殺してくれますよ!」
「黒球座標、多箇所展開固定!」
タブレスはお構いなしにブラックホールの黒球を矢の周りに複数展開して黒球盾を生成すると次々に自分の前へと重ねていく。
最初の黒球盾が破壊されるとその奥に出来ていた新しい黒球盾にぶつかり一瞬の時間を置いて次々と盾を破壊していく。
魔王の矢の威力は落ちるどころか威力を増して1枚づつ砕いて前へと進み続ける。タブレスは出来たほんのわずかなの時間を使って後ろに下がり盾の展開数を増やしていく。
「そのトイフェル・プファイルは時間経過で威力と速度を上げていきます! 他の現象の影響は全く受けませんから、いくらやっても威力を下げる事も速度を落とす事も出来ませんよ。」
7発目の矢は重力や斥力、引力も含め温度の影響も受けないらしく、ハッキネンに近づいても凍らなかった理由はそのせいだろう。
「時間が稼げれば問題無い! ハッキネン準備は出来たか!」
タブレスがそう言ってハッキネンを確認すると、再度「八寒地獄」を発動させていた。
「今度は後の事は考えずに行く。何か有ったら兄上に任せる。」
再度「疑似限界突破」を使う。八寒地獄の冷気を集め身に纏い、異常な冷気がハッキネンの右腕に収束していき、再びうっすらと体が青い光に包まれる。
そして先程のとは違いハッキネンの髪が白金色が輝く様な白銀色へと変化し瞳も水色から髪と同じ色に染まり目に輝きを灯した。それと同時に右腕に一本の氷刀を具現化した。
「これが最大出力の技、これであの矢を弾き飛ばす!」
氷刀を両手で握りしめてタブレスの元へと足元に仕込んでおいた氷柱の罠を起動させて自分を弾丸の様に飛ばす。
既にタブレスと魔王の矢の間に有る黒球盾は最後の一枚だった。
「いけぇぇぇ! 絶冷氷刀!」
弾丸のような勢いそのままにハッキネンは絶対冷氷刀を下から振り上げて「光る水の矢」を下から打ち上げる。しばらくは力が拮抗してどちらも動かない状態が数秒続く。
「あと一押しだぁ!」
ハッキネンが叫ぶと足先に罠を地面に設置して自らそれを踏む。氷の柱が再び発生して絶冷氷刀を下から押し上げで最後の一押しをする。
次の瞬間、氷の柱とハッキネンの絶冷氷刀が粉々に砕け散る。砕けた氷の破片が光を反射しながらゆっくりと時間が止まったかのように降り注いだ。
それと一緒に「魔王の矢」がクルクルと回転しながら行き先を失って力無く地面へと突き刺さる。そしてその横に力を使い果たしたハッキネンがうつ伏せに倒れ込んだ。
「ハッキネン! 大丈夫か?」
矢が力を失った事を確認したタブレスがハッキネンに駆け寄って抱き起す。「シナイの外套」は既にいつものコートの姿に戻っていた。
「大丈夫、ちょっと力を使い過ぎたのでリィムに変わる。」
リィムが表に出るが、こちらも生命力を相当使った為に疲労困憊なのが見てとれた。
「私も力がほとんど残って無いのですが……兄上。ヴァイへのトドメはお願いしますね。」
リィムはフラフラしながらも立ち上がるとタブレスも立ち上がりヴァイの方へと手を向けた。
「馬鹿な! 神器でも無い攻撃で止めただと? どう言う事だ!? こんな旋律は認めない! 有ってはならない事態です!」
ヴァイが理解できないと言った顔で叫ぶと同時に「魔王の矢」が再び輝き出した。それを見たタブレスとリィムはまだ終わってないと焦り、急いで矢から距離を取ろうとする。
「ふははは、やはりそうです! まだ終わってない! フィナーレはまだこれからなのですよ!」
光を見たヴァイが狂喜した次の瞬間、矢は今度こそ誰の目にも止まらない速さでその場から消えて対象者の胸を貫いた。
貫かれたのは「ヴァイ」だった。
「な……なぜ……だ? 友……よ、何故……私を…………。」
ヴァイは驚愕の表情を浮かべながらフライクーゲルを地面に落とし、胸に刺さった矢に手を伸ばした。
「一体、どうして?」
リィムが意味が分からないと言った顔で困惑していると後ろからタツミの声がした。
「ヤッパリか……話に忠実過ぎて逆に不思議なものだな。」
タツミは最低限の自己治療が終わったので少しづつ移動していた。それを見てフラフラの彼に肩を貸す様にリィムは隣へと行くと体を支える。
「タツミさん!? 大丈夫なのですか? それにヤッパリって……?」
「フライクーゲルの7発目は狙撃手の狙ったところじゃない、持ち主だった悪魔が狙いを決めるんだ。そしてお話の中の魔弾はライバルに当たる様に悪魔にお願いするんだが、偶然に弾かれた魔弾はそれを撃った本人を貫いて終わる。」
簡単に俺が知っていた話を説明するとリィムは不思議そうにしている。やはりこの話だけでは理解できないだろう。
「ヴァイは俺がワーグナーの話をした時に『あの小僧が』と言った。つまり面識が有ったんだと思う。確か『魔弾の射手』の歌劇の作者とワーグナーは同門の様なものだった筈。そして時代を考えるとあいつの契約主はそれに近しい人なのだろう。」
「つまり、その歌劇に出て来る武器をモチーフにして神器化したと言う事ですか?」
「多分な、今となっては知る方法は無いけどな……。」
タツミはヴァイの方へと視線を送るが既にヴァイは動いていない。口がかすかに動いているのだけ見える。もう長くは無いだろう。
「友よ……私は……お前の紡いだ音色を……伝え続けたかった……。お前が……作る筈だった……新しい音を……私が代わりに……」
ヴァイは矢に視線を送り、握りしめながら語りかけていた。まるで友に話す様に穏やかな表情で。
(友よ、一人にしてすまなかった。お前がこれ以上他者を傷付けるのは見ていられない。全ては私の責任だ。)
「だから……私を……止め……たのか……」
(そうだ、お前を止めるのは私だけだ。誰にもお前の命を自由にさせやしない。)
「ああ……そう……だ。こん……な……フィナーレも……悪くない……」
「「友よ、ありがとう。」」
そう言うとヴァイは矢と共に淡い光に包まれて次第に霧散して消えて行った。完全にヴァイと言う精霊が消滅した瞬間だった。
最後の一言以外は3人には聞き取れなかった。
「ありがとう……か。最後に契約主の幻でも見たかもしれんな。」
タブレスが残されたフライクーゲルの元へと歩き手に持ってつぶやいた。その背中と瞳には哀愁を漂わせていた。
「あいつも契約主と一緒の頃は音楽が好きで、陽気で、そして誰にも優しい精霊だった。なのにこうも変わってしまったか。」
「ヤッパリ契約主が居なくなると性格が変わってしまう奴も居るのか?」
「精霊次第だ、精霊はそもそも恒常性が強い存在だから基本的に性格は変わらんが……人の感情を知る事で大事な物を失えば狂ってしまうかもしれないな。」
そう言ってタブレスは残されたフライクーゲルをブラックホールを作って破壊する。そして遺灰を撒く様に砕けた破片を空へと放り投げた。
せめてその後の世界で共にいられます様にと願いを込めている様だった。




