第59話 悪魔の7発目
一方的な戦いになっているのが見えた。いくら自分のペースに持ち込んだと言えども、フライクーゲルの矢を握り潰すってどう言う事ですか?
「戦い方に気が付いたか?」
声に振り向くと、いつの間にか居たタブレスが俺の横で観戦していた。
「ああ、最初の不意打ちを避けられてからは、氷の粉塵を利用して自分の姿を隠したんだろ、ヴァイからは見えなかっただろうがこっち側からは少しだけ見えた。」
「あれはハッキネンの得意技だ。お前の時は火の精霊界で空気中の水分不足で使えなかったが、あれが本来のハッキネンの戦い方だ。」
「そして隠れている間にリィムに変わって氷棘の罠を設置、直後にハッキネンに変わって罠を起動させると同時に見えないほど薄い氷板を足場として生成して攻撃を仕掛けたんだろ?」
見ていて理解した事を答え合わせの様にタブレスに確認すると黙って頷いた。そして更にヴァイが気付いて無いのだろうが隠し技を打っているのにも気が付いた。
「そして上空からあえて氷棘の罠を見せる事で、本命の『八寒地獄』のトラップが隠されているのに気が付かせなかったと。」
「正解だな、板に隠れていたと思わせる事で上からなら物理的に見えると思い込ませた。氷塵に隠れていると分かっているなら洪水を起こして辺りの罠をあぶり出すだろう。まぁ、仕掛けられた時点で無意味だがな。」
説明していて思うが一方的に戦っている様に見せてかなりの心理戦を展開していた。いかに自分が単純に戦ってたかと思ってしまう。
「そしてあの『疑似限界突破』は半分は本当なのだろうが、自分の能力に『八寒地獄』の冷気を上乗せして凍らせたって事だろう? 何かうっすら光り始めた時に冷気を放出して八寒地獄の発動をごまかしていた様だけど。」
「そうだ、ヴァイに使うのではなく自分に向けて使って精霊力の出力を底上げをしたのだ。ある意味自分が八寒地獄の中心になって冷気を放出しているから『八寒ブースト』と言ったところか。」
ちなみにハッキネンの会話も聴力を強化してたら聞こえた。本当に身体強化の適用範囲は広くて便利だなと思う。
「そして、一時的に精霊力をブーストして一方的にフライクーゲルの矢を砕いたという事か。後で『疑似限界突破』がどれ程のものかハッキネンに聞かないとな。」
「確かに気になるな。後、砕いたと言っても二人の能力の相乗作用が有って初めて出来る事だ。アレが本来の人間と精霊の共闘の姿として正しい。」
そう言うタブレスの顔は少し寂しそうな顔をしている。コイツも昔はあんな風に契約者と戦っていたのだろうか?
「さて、フライクーゲルも6発撃ち終わったな。ヴァイが『魔弾の射手』と呼ばれていても、もう終わりだろう。」
魔弾の射手? この言葉に聞き覚えがあった。
ふと昔の事を思い出した。母さん音楽鑑賞に行った時にやっていたオペラの題名だ。そして作中に出て来る銃の名前は確か「フライクーゲル」だ。そして連鎖反応的に記憶を呼び起こしてその結末を思い出す。
「タブレス! アレには7発目が有る! 急いでハッキネンに知らせてくれ!」
「な、7発目だと? 本当か?」
驚いた表情でこちらを確認するが、時間が無いと思い端的に説明する。
「俺の知っている『魔弾の射手』の話だとフライクーゲルには7発目が存在する。7発目の目標は狙撃手の意思で獲物が選ばれない特殊なやつだ! 急いでくれ! そして対処法は『はじき返す』しかない筈だ!」
タブレスはよく解らないが、まだ攻撃手段が有るという事は理解して自分の影に消えて移動を始めた。
(確か、7発目はフライクーゲルを授けた『悪魔』が狙った所へ行く筈だ。あの話の通りだとしたら恐らく最後の目標は……)
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「ふふ、ふふふふふふ! まだです! 何が精霊のルールだ! そんなものが有るから精霊はいつまでも時代錯誤なのですよ!」
ヴァイは発狂したような笑いを浮かべながら近づいて来るハッキネンを見据える、そして動きが悪くなっている両手を使ってフライクーゲルを構えるのだった。
「もう6発全て撃った。お前の神器はもう使えない。」
ハッキネンが表情を変えずに一歩一歩とヴァイへと近づいて行く。するとハッキネンの後ろの影からタブレスが現れた。
「ハッキネン、伝言だ。奴の神器には7発目が有るらしい。油断するな。」
ハッキネンは驚いてタブレスの方を振り返るが、言葉の意味を理解すると急いでヴァイの方を向き直す。時間と距離を与え過ぎたと後悔したがもう遅かった。
「何故知っている! まぁいい、これが最後の切り札『ズィーベン・トイフェル・プファイル』!」
既にヴァイは弓を構えていた。凍傷の指先に変わって6発目と同じく手首で弓を引いている。そして叫ぶと同時に弓に1本を光り輝く水の矢が形成される。
「兄上、離れて!」
矢が出来た瞬間にその危険さを理解したハッキネンはタブレスに離れる様に言うと手甲を交差する様に構えて頭と心臓等の急所を隠して衝撃に備える。タブレスも同じ場所に二人いるのは愚策と判断してすぐにその場から陰に潜って離れた。
「魔王にその魂を喰われてしまいなさい!」
ヴァイの叫びと同時に光る水の矢がハッキネン目掛けて一直線に光のごとく放たれた。そしてそれは一瞬でハッキネンの手甲とぶつかり手甲を浸食していく。
「ぐ……、想像以上の威力……周りに放出している冷気を全部手甲に集める!」
ハッキネンは手甲だけでは威力を止められずに周りに放っている冷気を全て手甲に集約させ始める。しかし光る水の矢はむしろ威力を段々と増して手甲にヒビが入る。
「ハッキネン! 防ぎきれない! 急所に当たらない様に逸らして!」
リィムの声がすると同時に構えている手甲が撃ち抜かれても急所に当たらない様に体を逸らす。せめぎ合う力が強いので体勢を変えると押し負けてしまうので本当に気持ちレベルだった。
「ぐ……あぁぁ……あああ!」
ハッキネンが段々と耐えられなくなって絶叫を上げ始める。いつの間にか手甲は右手の一個だけになっており、大きさもかなり大きく変形していた。全ての冷気を1個に集めて他はすべて解除したのだった。
「無駄ですよ、その矢は今までのお遊びとは違う! 確実に命を刈り取る悪魔の一撃です!」
ヴァイが叫ぶと同時にハッキネンの手甲が砕け散ると、幸いにハッキネンの右手に当たらずに左肩の服を軽く掠めて後方へと突き抜けていく。
「うわぁぁぁ!」
服を掠めただけの筈なのにハッキネンは矢の衝撃の余波で吹き飛ばされる。すぐに起き上がるが肩に手を添えて顔を歪めていた。
そして矢が通り過ぎた方を見ると、矢は弧を描く様に旋回しながら再びハッキネンの方へと狙いを定め直して直線に入ると視界に捉えられない程に加速を始めた。
「位置固定! 黒球盾展開!」
タブレスが前に現れて人間半分ほどの大きさのブラックホールの盾を作り出して防御する。
『魔王の矢』はブラックホールにぶつかると重力に潰される事も無く、力のせめぎ合いが始まる。
「ふはっ! ははははは! そうです! フライクーゲルはこの7発目が真骨頂! 『常時開放型』の貴様の神器では『条件開放型』の神器の最大出力を防げる訳が無いのです!」
「くっ……相変わらず神器の攻撃は世の法則を無視するものが多いが、コイツの7発目は若干異常だ。」
タブレスが言うと同時にブラックホールが鈍い音を立てながら砕かれ、再びタブレスとハッキネンの横を突き抜けていく。
そもそもブラックホールが砕ける事自体がおかしい現象なのだが、これが神器の特性である法則を無視すると言う能力なのだろう。
二人は余波だけで吹き飛ばされたが、すぐに体勢を直して身を寄せ合った。
「ハッキネン、タツミからの伝言がもう一つ有った。アレは『弾けば』何とかなるらしい。」
「弾くのですか?」
タブレスも自分の神器では防御が難しいと考えたのだろう。タツミからの一言を伝えて、確証は無いがそれに賭けてみることにしたのだった。




