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第58話 八寒ブースト

 力を開放したハッキネン目掛けて、5つの球体が四方から襲い掛かって来た。速度がそこまで無いのは巻き込む力と破壊力を重視している為なのだろう。


「空間氷結!」


 叫ぶと同時にハッキネンを中心に広範囲で地面と大気中の水分が一瞬で凍り、降り注ぐ光を乱反射してダイヤモンドダスト現象が発生した。


 水の球体もその空間に入ると表面が凍るが、内部の回転で凍った表面が割れて再び動き出すのを繰り返していた。そして繰り返すうちに減速していくのが見てとれた。


「氷装具現化!」


 ハッキネンの両手に3本の鉤爪の付きの氷の分厚い手甲が具現化される。精霊力の密度が高いのが伺える透明度の高い氷で、周りの空気まで凍らせているのか白い煙の様な物が発生している。そして白い煙の様な物は全身に広がっていくと、見えない透明な氷の鎧を纏っている様に見えた。


「いくら凍らせても、当たるまでその球体は加速を続けてあなたを追いかけます。何のつもりか解りませんが無駄ですよ!」


 異様な雰囲気に包まれたハッキネンを見るヴァイの声が少々上ずっている。見た事が無い光景に動揺が隠せていない。


「私は最大出力が低いから龍位精霊ではそこまで強い方では無い。」


 ハッキネンはゆっくりと話しながら減速した球体に向かって歩き出す。近づく程に球体の氷の膜が作られる速度が増えて砕ける音が増加すると減速がさらに進む。


「しかし精霊力の総量だけなら龍将位精霊に相当するらしい。強制的に出力を上げてる今の私の力は神器持ちと大して変わらない筈。」」


 そう言ってハッキネンは手甲で球体を掴むと粉々に握り潰した。


 ヴァイは信じられない物を見るような目で、ただ茫然と球体の矢を1個1個と悠然と握り潰していくハッキネンを眺めていた。


「ば、馬鹿な。あり得ない。神器の攻撃を普通の氷の精霊がいとも簡単に防ぐとは。何と言うナンセンス! あり得ない!」


 全ての球体を破壊されたヴァイは頭を抱えて叫んだ。それは今まで狩る側だった筈の自分が狩られる側に回った事を認識したからだろう。



「リィム、維持が辛くなったらすぐに言え。余力を残さないと万が一の事態に備えれない。」


「大丈夫。ヒジリさんに回復して貰ってから以前よりも生命力の総量が上昇してるからまだまだ平気です。」


 二人だけの会話を終わらせるとハッキネンはゆっくりと歩き出す。空気中の水分が次々と凍り、白い蒸気の煙の様なダイヤモンドダストが次々に発生する。


「まずはポンコツが味わった痛みを味あわせてやる。」


 言葉と共に煙に包まれるようにハッキネンの姿が消える。氷塵を使ってヴァイの視覚から姿を消したのだ。


 すると空中に氷を蹴る音だけが反響する様に響き出した。空中の水分を凍らせて氷の足場を作り、それを蹴る事で空中でも足場が有る様に縦横無尽に移動していた。蹴られた足場は最初からそこに何も無かったかの如く音も無く溶けて消えていく。


 ヴァイは姿が消えたのに気が付くと同時に自分の周りに大量の水を生成して自らの水分身を大量に作り出した。


「これなら私の本体がどれかすぐに分かるまい! 姿を見せた時に最後の一撃を差し上げましょう!」


 そう叫ぶと水分身たちも各々が色々な動きをして的を絞らせないようにする。しかし次の瞬間にそれは無駄な行動だったとヴァイは理解させられた。


「馬鹿か? 私の周囲は絶対の氷域だ。まがい物の水で作られた分身なぞすぐに凍る。」


 どことも無く声が聞こえると同時に白い煙が立ち込めて水分身達を覆う。


 すると水分身は一斉に凍り付き、大量の氷像が出来上がったのである。


「な、精霊力で作られた水分身を凍らせただと?」


 精霊力が込められた物質は他の精霊の精霊力の影響を受けない。なので水分身が凍るなど普通はあり得ないのだが、圧倒的な差が有る場合はこの限りでは無い。


「神器の水の矢も凍らせたのだぞ。貴様ごときの精霊力など比べるまでも無い。」


 ヴァイが声を真後ろに感じて振り向こうとした瞬間に右下腹部に氷の鉤爪が突き刺さった。


「ぐあ! お、おのれ!」


 軽い悲鳴を上げた後、ヴァイはすぐに前方へ体を逃がして刺さった鉤爪を振り抜く。そして体ごと振り返って弓を構えた瞬間に腕を鉤爪が斬りつけた。


「撃ち抜かれた右下腹部と腕の裂傷と、後は顔の右頬もだったな。」


 淡く光る水色の瞳に冷徹な意思が宿っている。それに比例する様に冷徹な殺意を込めた声が響いた。


 距離と取り直そうとヴァイは慌ててハッキネンに向けて至近距離で洪水を発生させて吹き飛ばそうとしたが、ハッキネンは素早く鉤爪で水を切り裂いて凍らせると、返した刃でヴァイの右頬を深くえぐる様に振り抜いたのだった。


「あああああ! おのれ! 何故私の邪魔をする! 貴様の様な輩には芸術を理解できないのか!?」


 後ろによろめきながらヴァイは叫ぶ。頬の痛みと刺された腹、斬り裂かれた腕の痛みと奥底から凍る様な感覚が恐怖を植え付けていく。


「貴様の負けだ。この距離ではもうお前は逃げられない。」


 ハッキネンがそう言うと二人の周囲の温度がさらに低下していくのだった。空気中の水分がさらにパキパキと音を立てて凍って行く。


 違和感を覚えたヴァイは指先に視線を送ると感覚が無い事に気が付く。既に耳や指先は凍傷になっていたのだ。


「最後だ、貴様の下らないその神器ごと砕いてやる。最後の矢を撃ってみるといい。」


 そう言ってハッキネンはヴァイを挑発する。撃たせる前に倒すことは可能だろうがそれでは気が済まないと言った顔をしている。


「指先の感覚が無くても手首で弓は引けます! その傲慢さを打ち砕いて差し上げましょう! ゼックス・プファイル!」


 ヴァイは挑発を受けて激昂する。そして手首を使って数メートルしか離れてないハッキネンに向かって6発目を放った。そして矢を放つと同時にさらに下がって距離を取る。


 6本の水の矢は普通に上空に上がったかと思うとハッキネンの周りに急降下する。そして落ちた所を点として光り出すとハッキネンを中心に大きな六芒星を描く様に点と点を線が結び始めた。


「この六芒星ろくぼうせいの結界の中に居る者は、様々な矢の攻撃に一斉にさらされるのです! いくら貴様でも防ぎきれないでしょう!」


 ヴァイが引きつった笑いをしている。恐らく結果は見えているにもかかわらず、わずかな望みに賭けている様にも見える。


「これが最後、期待外れもはなはだしい。」

 

 ハッキネンがつまらない様な物を見る目でヴァイを見る。そして六芒星の結界が完成すると矢が刺さった頂点から、水圧だけの塊の矢、回転する事で貫通を高めている矢、それが螺旋状に組み合わさった矢、球体になって不規則な動きをしながら追尾する矢が大量に発生する。


「手数が増えただけで威力は変わらないか……」


 ハッキネンは吐き捨てる様に言うと、近付いて来る矢達が次々と凍り付いては内側からの水圧で砕け、また表面が凍るというのを永遠に繰り返し始めた。


「こんな技は今までの攻撃が通じた雑魚にしか通用しない。バカなのか貴様。」


 ゆっくりと矢が刺さった星の頂点へと歩き出す。途中に襲い掛かろうとしている矢は全て手甲で握り潰しながら歩いて行く。


「これを全部破壊すれば6発目も終わりだろう。」


 一つ目の頂点の矢を引き抜くと凍らせて破壊する。そして次々と頂点へとゆっくり歩きながら全ての矢を握り潰していった。砕ける音がまるでヴァイの死へのカウントダウンの様な音を立てていた。


「これで最後の矢だ。」


 ハッキネンは最後の矢を握り潰すとガラスを砕いた時の様な音が響き渡る。そしてヴァイへ氷の様な視線を向けると、既に彼は絶望の表情を浮かべていた。


 その姿はまさに「氷の死神」としか言えない立ち姿だ。歩くたびに足元の氷が澄んだ音で割れて響く。


 音が冷えた空気で余計に高く響く、死の足音が段々とヴァイの元へと近づいて行く。


「最後に言っておく。貴様は保護された人間を襲ってはいけないと言うルールを破った。精霊のルールに従って貴様を処断する。文句は無いな!」


 怒気と殺気を含んだハッキネンの声が辺りに響き渡った。

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