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第53話 エンカウント

 俺が集落に着いてまず驚いたのは景観そのものだった。


 レンガで舗装された水路が縦横無尽にマス目の様に張り巡らされている。そしてマスを埋める様にレンガ調の高い建物が立ち並んでいた。


「凄いキレイな街並みだな。まるで水上都市だな……。」


 まるでテレビで見たヴェネツィアを想像する様な光景なのだが……ヤッパリ違和感が酷い。土の精霊界でも違和感を覚えた記憶が有るがこれはそれよりも酷かった。


「水路を普通に歩いている時点で違和感しか無いわ!」

「まぁまぁ、私も最初は違和感が酷かったですが、すぐに慣れますから。」


 リィムが落ち着かせようとするが、何で水路を小舟とかで移動しないんだよ!? 水上歩行出来ない精霊や人はどうしろと?


「一応だが、水上歩行出来ない精霊と人間用に小舟も有る。」


 ハッキネンがこちらの心を読んで水路の角に有った小舟を指差すと、そこには適当に作ったレベルのボロ船が杭にロープで繋がれていた。


「本当に一応レベルのボロ船だな……後から来るヒジリ達が大丈夫か不安だ。」


 二人が乗るのが精一杯か? まぁ船で移動する精霊や人間は少数派だから仕方ないのかも知れない。


「ところで、俺達は水面氷結で歩いてるけど、タブレスはどうやって歩いてるんだ? やっぱり重力操作で体重を軽くしてるのか?」


 ふと視界に入るタブレスが水面に立っていると言うか微妙に浮いている様に見える。どういう操作で水上移動してるんだ?


「ん? 今更だな。水面に斥力せきりょくを発生させて足裏に浮力を発生すれば問題無いだろうが。」


 難しい事をサラッと言ってきたが……俺には理解できなかった。取りあえずありのままを受け入れておこう。


「さて、私達は情報を集めて来ますので、タツミさんは迷子にならない様にこの先に有る噴水のある広場で待っていてください。」


 そう言うと3人は別行動で聞き込みを開始する為に散らばって行った。




 残されてしまった俺は仕方なく噴水の前のベンチに腰を掛ける。結局3人の方が顔が効く上に集落の地図が頭に入っているとの事で、俺は迷子にならない様に留守番と言ったところだった。


「一応噴水周りはレンガで舗装して広場にしてるんだな。人間様の休憩所か何かかな?」


 周りを見回すと噴水周りは公園の様に整備されていて、レンガ造りの広い公園になっていた。流石に噴水周り迄が水路だったら風情も何も無いので、そこは少し安心した。


 噴水はリズム良く大きさを変えながら水音を奏でる様に大小の水しぶきを上げる。


 水が落ちる所には分厚いガラスが置いてあり、一定のリズムでまるでオルゴールの様ににリズミカルな音楽を奏でていた。


「へぇ、音楽が聞こえる様に噴水の動きを調節してるんだな。」


 しばらくの間、目を閉じてそのリズムを聞いていると不意に声を掛けられた。このリズムは昔聞いた事が有る様な気がする。


「ほほう、少年。君はこの音色が理解できるのかね?」


「これって『オベロン 序曲』だろ、サビっぽい部分しか解らなかったけど。」


 俺は目を閉じたまま声の主に返事をした。昔に母さんと聞きに行ったコンサートで聞いた事が有る。あの時のメインの曲はベートーベンの第九がメインだったが、俺はこっちの方が気に入っていた。


「これの入りの穏やかな流れからの所が好きなんだが、流石に噴水ではそこまで再現は出来ないよな。それでも噴水でリズムを取るなんてよく考えたものだ。」


「ほう、お主、この曲名まで知っているとは中々面白いな。人間の様だがいつの時代から来たのだね?」


 会話が続きそうなのでリズムを楽しんでいたが諦めて目を開ける。そこには40歳半ば位の短めで軽いパーマが掛かった様な髪型で、頬が少しこけて瘦せ型のスラッとした男性が立っていた。


「俺は最近来たばかりだよ。だからこの曲が出来たのは約200年も前だと言う事は知っている。子供の頃に聞いた曲だよ。」


「ほほう、もうそんなに時間が過ぎているのかね。どれだけの時間が過ぎても名曲は聞き続けられると言う事か。素晴らしい。」


 男性は嬉しそうに目を細めながら頷いていた。


「個人的にクラシックで好きなのは他には『リチャード・ワーグナー』の『ワルキューレ騎行』とかですかね。特にワーグナーの曲は神話のモチーフが多いので気に入ってました。」


「ほほう、ワーグナーの小僧が後世に残る様なそこまで素晴らしい曲を作っていたのですか。」


 ん? ワーグナーの小僧ってその時代から来た人なのか? それとも精霊なのか? どっちか判断がつかない。ワーグナーの時代の人だとすると約200年前だ、リィムの精神摩耗の時期を考えればどちらかは判断がつかないな。


「私もこの曲が好きでこんな噴水を作ってみたのですよ。貴方の様に分かる方に出会えたのは幸運です。もしよろしければお名前を教えていただけますかな?」


 男性は紳士のような所作と言葉使いで俺に質問してきた。その態度に俺はすっかり気を許してしまい素直に名前を伝えた。


「俺の名前は『工藤 辰巳タツミ』です。タツミと呼んで下さい。」


 俺の名前を聞くと軽い会釈をして名乗り返して来た。


「私の名前は『ヴァイ=ヴァッサ』と申します。水の龍位精霊にして神器『フライクーゲル』を持つ者にございます。以後お見知りおきを。」


「こちらこそヨロシク……ってアナタがヴァイさん!?」


 俺らが捜していた人といきなり遭遇するとは想像していなかった。偶然にしては出来過ぎだろうと思ってしまった。


「ほほう、私の事をご存知で? 後、私の呼び方はヴァイで結構ですよ。宜しくお願いします。」


 俺の言葉を聞いてヴァイは少し驚きつつも笑顔で対応して来てくれた。そしてそっと握手を求める様に手を差し出してくる。これが大人の男性が持つダンディなオーラと言う奴か。


「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします。」


 握手を交わすと俺は立ち上がって軽くお辞儀をした。するとヴァイの腰に水晶の様な物で作られている弓が見えた。


「もしかして、その芸術品の様な弓がフライクーゲルですか?」


 俺の質問を聞いてヴァイはふと気が付いたように弓を腰から取り出して俺の方に見せてくれた。


「そうです、これが私の神器フライクーゲルです。我が主が最後に残してくれた神器になります。」


 ヴァイは弓を見ながらかつての契約主を懐かしむ様な目をしていた。やはりどの精霊も契約主との別れは辛いのだろうと容易に想像ができた。


 そんな風に思っているとヴァイの表情が急に変わり、こちらをまじまじと観察して来たのだった。急にそんなに見られると何か有ったのかと思ってしまう。

 

「しかし貴方は珍しい精霊力をお持ちのようだ。火と土が混ざって居るのです? いや、その腕輪からですか? どちらにしても興味深い。」


 急に俺の秘密の部分を聞かれてうろたえてしまう。しかも相手は水の精霊だ嘘は通じないだろう。


「そうですね、俺も良く解らないのですが何故か使えますね。」


 事細かに説明をしないようにして一度この場を立ち去った方が良い気がして来た。勝手に話を進めるにしてもタブレスやリィムが居ない状況ではどう転ぶか判断がつかない。


「いえいえ、逃げようとしなくても大丈夫ですよ。折角なのでこちらからご招待しましょう。」


 見透かされたような発言をされて一瞬体が硬直する。その瞬間を狙ったかのようにヴァイはしゃがみ込むと同時にフライクーゲルを構えて俺の胸部目掛けて弓引いてを構えた。


「まずはアインス・プファイル(第一の矢)。」


 弓を離すと同時に物凄い水量の濁流が弓から放たれて俺は斜め上空へと押し上げられた。


「何て水圧だ! 身動きが取れない!」


 何とか濁流から逃げようとするが水圧で一切抵抗できない。そのまま勢い良く集落の外まで飛ばされると、放物線を描く様に軌道が変わり俺は砂浜へと叩きつけられたのだ。


「カハッ、危うく溺死するかと思った……。」

「タツミっち、そこは圧死の方が適切だと思うんだよ。」


 いらん時に適切なツッコミは要らないんだが。本当に精霊ってツッコミが好きだよな。


 飛ばされて来た方を見るとヴァイが水面を水飛沫を上げながら滑る様にやって来た。足裏から精霊力を調整してジェット噴射の要領で水を生成して加速しているのだろう。


「流石に一撃目は耐えますな。では実力か試させていただきましょうか。」

「何で戦闘が始まるのか聞いても良いですかね!」


 勝手にやる気になっているヴァイに文句を付けるが話を聞く気は無い様だ。


「戦闘が始まったのにも関わらず相手との対話とは余裕ですな。話したいなら相手をまずは無力化しなさい。」


 問答無用で弓を構えてきた。何で急にこうなるんだよ!? 心で叫ぶが現状は変わらないと分かったので月虹丸を構える。


「そうそう、そうでなくては。貴方の戦いの旋律を聞かせてください!」


 その言葉を合図に初めての神器持ちとの戦闘が始まるのだった。


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