第51話 水の精霊界へ
見渡す限りの砂浜が広がっている。
海の香りはしないので大きな湖の湖岸なのだろう。風が心地よく吹いて波の音が心地よく響いている。空は快晴で雲が上手い具合にグラデーションをかけている美しい景色そのものだったが……
「想像以上に陸地が無いんだな。」
俺はずっと続く砂浜に辟易しながらつぶやいた。景色は良いのだが歩き続けてると話は変わってくる。砂に足を取られるし、何より水が多いから足元がすぐに濡れて歩きづらい。
「確かに中心部に近づくと陸地がしっかりしてきますが、境界付近は砂浜が続きますからね。」
そう言いながら隣で歩くリィムは軽い足取りで歩いている。不思議に思い足元をよく見ると、地面に着いた足元だけ一瞬凍らせているのが見えた。
「何か凄い器用な事やってないか?」
「え? 水の精霊界だとこの移動が基本ですよ? 靴や服が濡れると無駄に疲れますから……す、スミマセン! 説明忘れていました!」
慌てて謝って来るが……そうか、常識レベルだったか……最初に言って欲しかったが俺はそこまで器用に精霊力を制御できない気もするが真似てみる事にした。
「足の裏に精霊力を集めてほんの少しだけ放出する感じか?」
「そうですね、後は凍る範囲を見ながら出力調整して最小限の消費で動くと楽ですよ。土の精霊力でも似た様な感じで出来る筈ですから、楽な方を試してみてください。」
ん? 土の精霊力でも出来ると?
「おい、ルーリア。土でも出来るってどう言う事だ?」
「………………。」
こいつ、説明する仕事を拒否してやがる。無口なのも大概にしろよ。
「おぃ、月虹丸で必要以上に精霊力吸うぞ?」
「うわ……それは酷い発言だと思うんだよ。ドン引きなんだよ。」
やっと喋ったと思ったらツッコミ限定かよ! しかも物凄く不満そうな顔してやがる。俺は説明を求めているんだが?
「分かったよ、説明するから吸うのは辞めて欲しいんだよ……。」
しぶしぶ説明をしようとするが……こいつの怠惰な性格はどこから来てるんだ? ルリの性格とは真逆だな……。
「要するに砂浜の砂を『土壌操作』の能力で固い土に一時的に変換するんだよ。そうすれば普通に歩くことが出来るでしょ?」
「ナルホド、要するに地面を固くさえすれば楽になると言う単純な事か。」
便利な使い方が有るものだと感心すると同時に、逆にその発想に至らなかった事で自分の頭の固さを再確認してしまう。
「この方法で水の精霊界で移動が楽になるのは水、氷、土、風と一部の重力まで操れる闇の精霊位。しかし水上移動となると土は除外される。」
声がして後ろを振り向くと、補足説明をハッキネンがして来た。コイツもタブレスが合流してからはリィムと同化せずに単独行動を続けている。このブラコンめ。
「おい、また失礼な事考えてたな。それにすぐに月虹丸で脅すのは鬼畜の行動。」
「別に脅したくてやってる訳じゃねー! 素直に答えてくれれば別にやらんわ!」
「ふむ、あまり精霊を脅すのは良くないな。信頼関係は大事だぞ?」
ハッキネンの隣で歩いているタブレスが真面目な表情でツッコんできた。コイツも話していて思ったがクソ真面目過ぎてジョークが通じない。今の流れは冗談を交えた日常会話じゃ無いのか?
「タツミさん、兄上は物凄く真面目で基本的にそのままの文面で受け取るので普通に訂正してあげてください。ツッコミ入れると怒ってると思われますので。」
「え……何となくは思ってたけどやっぱりそうなのか? この前までシリアスな話ばっかりだったから違和感無かったが。
今まで真面目な話しかしてないので気付かなかったがタブレスも精霊らしいと言うかちょっと変わった性格だなと思ってしまった。
「まぁ、精霊の性格はみんな少しクセが有りますからね。」
少し困った顔でフォローして来るが少しか? 俺的にはどれもこれもクセが物凄く強いと思うんだが?
「と、とりあえず。歩きやすい方法を試してみましょうか?」
これ以上の会話は後ろからの口撃が来そうなので本来の話題に戻してきた。確かにハッキネンが煩くならないうちに本題に戻した方が良いだろう。
「取りあえず水上移動も考えて氷から……。」
足裏にイメージを集中させる。足をついた時だけ触れたものが自分を支えるだけの強度を持って凍る様にやってみるが、結果は氷の範囲が広すぎて俺を中心に半径1メートル以上が凍ってしまったのだ。
「失敗だな・・・もっと軽くか。」
「でも、この範囲は戦闘時や水上移動に適した範囲ですから、今の感覚は覚えておいた方が良いですよ。ティルやヒジリさんと一緒に移動するなら足場にも出来ますから。」
リィムがフォローを入れてくれるが、今の出力で水上戦闘時の足場や水上移動が出来ない属性の人と一緒に移動か……あれ? 後から来るヒジリとルリだと水上移動は無理なのか。
「そう言えば、ヒジリとルリは後から来るけど水上移動は大丈夫なのか?」
「ルリが居るから大丈夫だと思います。それに水上移動しなくても陸地続きで目的地には行けますから安心して下さい。」
水上移動も前提になるとは思ってなかったから不安だったが大丈夫の様で一安心した。
しかし、サラッと言っていたが戦闘中は足元に常時コレを意識して尚且つ敵と戦うとなると、集中力が相当必要そうだな。
「ポンコツ、早く出力を修正して歩け。移動時間が勿体無い。」
ハッキネンが相変わらず辛辣なツッコミを入れて来る。こいつの毒舌も本当にどこから来るのだろうか? リィムの性格と正反対だなと思ってしまう。
「急かすんじゃない。元々微妙なコントロールは苦手なんだよ。」
「弱いくせにコントロールも下手、色々終わってる。」
コイツ!? 人が気にしている事を相変わらずストレートにぶち込んで来やがる。
「ハッキネン、もう少し言い方を直そうね?」
リィムがハッキネンに圧の有る視線を送ってたしなめている。でもな、せめて終わっているの部分は否定してから言って欲しかったんですが?
「リィム、それだと色々終わってるの発言を肯定している事になる。」
「え? あ!? そ、そんな事無いですからね!」
一拍遅れて言葉の意味を理解したリィムが慌てて俺に声を掛けて来るが、この子も案外言い回しが下手だよなぁ……。
「い、いや。解ってるから大丈夫。」
取りあえず俺は出力を調整しながら前に歩き始める。こういう時はティルの方がフォローは上手だったな……メンタル的にも宜しく無いので早く合流して欲しい。
「ふむ、弱いとは思っていたが……そんなに弱かったのだな。気を付けておこう。」
おいおい、タブレスさん? クソ真面目に今の会話を真に受けているんだが? どのレベルで弱いと思われているんだ俺? 今ならそこそこ戦えると思うんですが? 確かにタブレスに比べれば明らかに弱いけどね。
「そうですね、特に火属性はここではほとんど使えないでしょうからね。」
「ああ、相性的にここは最悪の場所って忘れてたわ……。」
相性の話を言われて思い出す。そう言えば俺の攻撃って基本的に火属性が必ず関与してるから本気で雑魚扱いになるんじゃないのだろうか?
しかしこの状況を見ながら真面目なやり取りと見ているタブレスの態度も、相変わらず無口で我関せずのルーリアと言い、この割り振りはダメだったんじゃないかと思ってしまう。
しばらくして足元の精霊力の調整に慣れて来たのか、無事に程よい加減を覚えることが出来たので良しとしておこう。
しかし最初から前途多難な気がして来たのは言うまでも無かった。




