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5話 分離の影響

 夢を見ているのだろう、それは自覚できた。でも何か視点が違う様な気がする。


 何故なら自分の試合を誰かの視点で見ているからだ。俺の試合なんて大した事無いのに何故夢でまで見させられなければいけないんだ? そんな俺の気持ちを無視して夢は進んで行く。



 審判が合図すると蹲踞そんきょの姿勢から立ち上がり気合の入った声を上げる。ここまではどれも一緒だ。違ったのはこの後の瞬間だった。


「「メェェェェンーーー!!!」」


 相手の選手の竹刀が動いた瞬間に、俺も合わせて振りかぶる声が聞こえる。


 そして美しい剣閃で相手の竹刀の軌道を撫でる様に弾きながら相手の面へと綺麗に俺の竹刀が吸い込まれていく。


 誰の視点か解らないが美しい剣筋だと言う感想と感激が伝わって来た。まさに一瞬の花火のような美しさがそこには映っていたのだ。


 無意識で拍手を送っている。一種の芸術を鑑賞した後の様な感無量と言った感情が伝わって来る。


「あれは切り落としと言う技術だ。相手の竹刀の横腹をなぞる様にしながら振り下ろす事で相手の竹刀は剣筋が逸れてこちらの竹刀だけが当たる。説明は簡単だが実際にやるには相当な練習が必要だ。まさに愚直に真っ直ぐに練習を続けた結果だな。」


 誰かが説明している声が響くと同時に目が覚めた。



―――――――――――――――――――――――――――――


 バカか俺は? 自分を美化するのも大概にしろ。兄さんに比べたら俺の試合なんて大した事は無い。あんな激しい感動を覚える筈が無い。


 練習を続けた結果と言う声も聞こえたが……違う。どうしようもない自分から目を逸らす為に、ただひたすら素振りをして考えないようにしてただけの話だ。芸術性の欠片も無いただの力任せの結果だ。


「タツミ、起きたの? 起きて早々に不味い感情を寄越さないでくれる?」


 ティルの不満そうな顔が浮かんで来たので頭を切り替える事にしよう。これ以上苦情を言われても面倒だからな。




 修行を開始して何日経っただろう。精霊界でも昼夜は有るらしく夜には肉体的疲労で俺は睡眠をとっていた。まぁその結果うなされた訳だが。


 あれ以来、下位精霊が現れることも誰かに会う事も無かった。精霊界とはこんなにも誰も居ない上に静かなものなのかと驚きを隠せない。もしかしたら精霊たちの集落でも有るのかと思ったが、訓練でこの場から動いてないのでそれは確認できていないが。


 もし、この状態でティルの軽口が無ければ間違いなくメンタルの方が先に限界を迎えただろう。その点だけは感謝しておかないとな。


「ほらほら、頑張れ~。まだまだ生命力が足りないよ~。」


 相変わらずの口調でティルが茶化してくる。この数日、全く飽きることなくあの手この手でからかってくるが、自分の現状も解らなく不安な状況が続く今はこの陽気さは貴重な物だと痛感していた。


「段々とお前の軽口が有難いという事が身に染みてきたよ……。」


 ぼそりと俺が言うとティルが目を見開いて今まで見た事が無いような笑顔で語りかけて来た。


「ついに私に感謝するようになった!? 良い心掛けね! もっと大事に扱ってくれても良いのよ!?」


「撤回……、すぐに調子に乗るから却下。」


 笑顔は構わないが、調子に乗るのは困るのですぐにティルの要望を却下する。まぁ、俺も軽口たたいてないとやっていられないと言う所もある。


「酷い!!! こんなに孤独なタツミの精神を心配して声をかけ続けてるのに! お姉さんは悲しいわ!」


「やかましい! ウソ泣きするな! それに誰がお姉さんだ! 外見年齢は俺と変わらんし、そもそも生まれたばかりの精霊なんだからどっちかと言えば妹だろ!?」


「いや、私はどう見ても妹キャラじゃないでしょ? もしかして妹が欲しかったの? 残念でした!」


 そう言われて兄を思い出すが、年が離れていると友達と言うより憧れの存在の方が俺は強かった。年の近い妹だとこんな感じに普段話すモノなのかな? と少し考えてしまう。


「さて、妄想はそこまでにして、そろそろ分離を試してみる?」


「勝手に妄想してることにするなよ! って、もう出来るレベルになったのか?」


 いきなり分離のレベルに達したと伝えられて驚いた。自分じゃどれ位成長してるかなんて全く実感が湧かないものだ。


「数日前から可能ではあったけど、分離後にすぐにバテない位の余力が付くまで念の為に言わないでおいたんだ。慌てて万が一の事故が起きても良くないでしょ。」


「そのセリフが何かのフラグにしか聞こえないのは、俺の気のせいですかね……?」


「大丈夫! 今のタツミのレベルなら同化状態で私が表に出ても10秒位なら耐えられる位にはなっているから!」


「ん? 今の状態でティルが表に出る? 分離とはまた違うのか?」


 また新しい情報が出てきた。後出しが多くないか?


「分離は別々に行動ができるのがメリットで、同化は各々単独でいるより能力が全体的に向上するの。だから、分離した状態だとタツミは今と同じ威力の精霊術は使えないわよ。」


「前の説明と合わせると、分離してもお互いの精霊術は使えるけど弱くなると言う事か。ちなみにティルが表に出た場合のメリットは?」


 10秒と言う時間制限も気になるが、今までやらなかったという事は俺に負担が大きいと言う事が伺える。


「単純に私の方が強いから戦闘に関しては強くなるわ。ただしこの場合、私が気にせずに力を使い過ぎるとタツミのエネルギーが枯渇して取り込まれて消滅するわ。」


「今さらっと怖いこと言ってなかったか? 何? 消滅って?」


「相手の出力に負けて取り込まれちゃうのよ。だから実力差が酷い時は弱い方が表に出るわ。ちなみに分離状態でやると前に言った様にそれでも繋がっているから、精霊術を使い過ぎると弱い方が干からびて死んじゃうの。取り込まれるとは違うんだけど解った? さぁ、そろそろ分離しようか!」


 そう言うと俺の体から炎が噴き出すように溢れて来た。一瞬びっくりしたがこの炎は熱くもなく、逆に程よい暖かさに包まれて気持ち良くすらある。


 そして、その炎は体から離れていくと。少し離れた所に炎が集まり、段々と人型の形となりティルが姿を現した。


「ん~! 久しぶりの自分の体だ~!」


 そう言うとティルは思いっきり背伸びをした後、こちらを向き直す。


 ティルの姿を改めて見ると、見た目は最初に見たころのままだった。特徴的な薄紅色の瞳で見た目は本当に美少女なのだが……性格が残念過ぎる。


「何? その残念そうな顔? 何思っているか言ってごらんなさい? 感情の共有化は分離しても継続してるんだからね?」


 ティルが睨みながらグイっと近づく。だから相変わらず近いんだって。こいつは人との距離感から学ばないとダメだな……ティルと言えどもこの距離は俺には刺激が強い。


「近い、近い。俺から人間の常識を学んだのなら距離感を覚えろ。」


 ティルの額に人差し指を突き付けて少し後ろに押し戻す。そして不服そうなティルを無視して、自分の体の変化を確認する。


「あの押し潰されるような感覚は無いな。しかし体が重くて、気怠さが酷いな。」


「では術を使ってみて、術後の疲労具合を体験してもらいましょう。」


 促されるままに俺は火球を作り出して遠くに投げて爆発させる。明らかに威力が落ちているのが理解できた。そして同化中には感じなかった疲労感が襲って来た。


「ここまで威力が下がるのか。それにこの疲労感は酷いな……。」


「まぁこんなモノでしょうね。私との同化の恩恵がよく解るでしょ?」


 ティルは両手を腰に当ててふんぞり返ってる。こいつ外に出てきても態度変わらないな。


「既に体がしんどいので同化してもらって良いですかね?」


「早いわね……、まぁ仕方無いか。じゃあ手を貸して。」


 ティルは俺の手をとって恋人つなぎみたいに手を握る。一瞬不意を突かれてドキッとしたが、次の瞬間ティルが少しづつ炎の様になっていき俺の体を炎が覆った。心地よい炎に包まれると段々と炎が俺の中に消えていくのが解った。


「同化ってこんな感じでやるんだな。なんか不思議な感覚だな。」


「そうか、この前は気絶してたもんね。女の子に手を握られる感想はどうだった? 初めてだったでしょうからドキドキした?」


 確かにそういう経験は無いから、かなりドキッとしましたよ? 女の子の手って想像してたより小さいんだなとか思ったさ! そこら辺の感情もバレバレなので隠しようが無い。


 しかし女性関係でからかわれるのは流石にイラっとする。どうにかして仕返ししてやりたい!


「照れ過ぎだよ。まぁ同化の度に手を繋ぐんだからそのうち慣れるよ!」


「多分、すぐに慣れるわ。だって相手がお前だし。最初の不意打ちみたいな事が無ければドキドキもしないわ。」


「ほほう……、言ってくれるわね。後で覚えておきなさいよ。」



 相変わらずの軽口を言い合っていると、遠くの方から人影が来るのが見えたのだった。


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