第43話 虹光の盾
人魂と黒いシミを吸収してメズキが再生した。その姿は前よりも一回り大きい位だったが、問題は先程まで持っていた大剣がドス黒く変色しているのだ。どう見てもアレは触れたらヤバイのが明白だった。
「アレはヤバそうだね。攻撃は私で防ぐから、タツミのあんちゃんは絶対にあの剣に触れないようにしな!」
「解った。ヒジリも十分気を付けるんだぞ!」
後方に控えているヒジリに声をかけるとコクリと頷いて警戒を続けている。
「結合結晶がどこに有るかも問題だが……あの速度がさらに上がっているかどうかだな。」
そう言っているうちにメズキは首を回してゴキゴキと音を鳴らしながら自分の体の感触を確かめている。そして大剣を握り直して剣を上段に構えた。
「ルリ! あの構えは捨て身の攻撃の構えだ! 距離が有っても油断するな!」
俺の声が響くと同時にメズキは踏み込んで一瞬で間合いを詰めて来た。そのまま大剣をルリの盾ごと叩き潰すかのように打ち下ろす。ルリは一撃の重さに耐えきれずに膝をついていた。
「ぐぅ! な、なんて重さだい……だがこれ位じゃ、まだまだだよ!」
そう言うと、ルリは盾で少しずつ押し上げながら立ち上がり直す。そして立ち上がった時にルリは周りの異変に気が付いたのだった。
「何だい? 黒い液体が流れている?」
盾がまるで傘の様になって側面から黒い液体が雨水の様に流れ落ちていた。見るからに触ってはいけない類の液体なのが判る。
メズキと力比べの状態になっているルリは身動きが取れない。段々と流れ続けるその液体はあっと言う間にルリの足元までたどり着くと、つま先から脛の辺りまでを球体になって纏わり付いた。
「この野郎! 龍穴の罠を操っているのかい!」
ルリは叫ぶが身動きが取れない。纏わり付かれている箇所から何かが溶ける様な嫌な音が聞こえる。
「後ろががら空きだ!」
俺は力比べをしている間に後ろに回り込んで氷の精霊力を込めた月虹丸で右腕を切り落とした。
「今だ! ルリ、そこから逃げるんだ!」
メズキの腕の力が半分になり、ルリは体勢を立て直すとその場から飛び退いて足についた罠を振り払う。
メズキは逃げられたと確認すると残った左腕一本でそのまま横薙ぎに大剣を俺目掛けて振る。俺は身体強化で一足先に躱して安全な距離まで逃げていたが、大剣から黒い液体が大量に散ってこちらに襲って来た。
「ティル!」
俺が叫ぶとティルと交代した。とっさの考えは伝わっていたらしく、すぐに両手を前に向けて地面に向けてフレアボムを撃つと、衝撃で舞い上がった岩盤が俺達の盾となって黒い液体を防いだ。
「このまま吹っ飛ばせないかしら?」
「絶対生き埋めになるからやめろよ?」
「試してみても良いじゃない? この前も自働で穴が塞がったから岩盤がすぐに戻って生埋めにならないとか?」
「それは今実験する事じゃ無いよな? 少し黙ってようか?」
本気で撃ちそうなティルを裏に引っ込めて、メズキの動きを警戒したままルリとヒジリの方に聞き耳を立ててみる。
「ルリさん!? 大丈夫ですか?」
ヒジリが慌ててルリの方へと駆け寄り足の具合を確認するが、両足首はいたって健全な肌色だった。あくまで靴とズボンの裾が溶けただけだったのだ。
「これは? 何かの能力ですか?」
ヒジリが驚いてルリに尋ねると得意げな顔で笑い返した。
「この『虹光の盾』にはこの前の特級石に付与された5つの加護があるのさ。『壊死無効』『神経無効』『腐食無効』『混乱無効』『精神耐性』さ、だから大抵の毒は効かないよ! まぁ性能分だけ精霊力の消費も有るけどね!」
「え? ええ? 先程は慌ててませんでした?」
ヒジリは納得がいかない表情で問い詰めた。
「あはは、アレは何と言うか……条件反射的な? 悪い悪い、ただ、あいつの攻撃が毒が主体なら怖い事は無い! どれも無効化してやるよ!」
毒にも種類が有るか……面倒だな。そして全てを無効化するって……加護って便利だなと思ったが、それ相応の精霊力も必要なのか。
「そろそろ『吸収』していた精霊力を自分に『放出』してみたら?」
ティルがいつになったらやるんだと言う顔で俺を急かすが、初めての武器でそこまで使いこなせるか! これでも必死に避けているんだ!
相変わらずメズキは漆黒の大剣を振り回しながら毒液を飛ばして攻撃して来る。触れない攻撃なのでこちらは身体強化で避けつつ相手の隙を窺っていた。
「どっちにしろ火力が足りない! もう凍らせた傷口が再生を始めやがった!」
防戦一方で手が出ない! 突破口を見つけないといけないが近づくのも難しい。
言われてやるのも癪だが月虹丸に貯めている精霊力を自分の方に回すイメージをする。そして身体強化の出力を限界突破を使わない様に上げてみる。
「行くぞ!」
飛んで来た毒液を横っ飛びで躱すと、自分でも驚く位に速度と反射神経が強化されているのに気が付く。しかも限界突破を使用した時の様な筋繊維が切れる様な感覚も無かった。
「調子に乗らないようにね! 今の出力だと蓄積してる精霊力から逆算すると数分しか持たない!」
ティルが残りの残量を確認してくれている。便利なナビゲーションだな、流石は相棒だと言いたくなる。
「褒めるなら言葉に出して褒めてよ! 感情だけ伝わっても物足りないんだけど!」
「そう言うのは終わってからだ! 変に集中を切らすなよ!」
ティルは抗議するが終わらないうちは油断できない。
「今度は火属性で斬るぞ! 爆破は毒が飛び散るとヤバいから敢えて付与しないからな!」
ティルが頷いているのが伝わって来る。俺はそのまま左右にフェイントをかけつつ毒液を避けて動き回りながらメズキとの距離を詰めていく。
「よし、今の速度ならこいつの動きにもついていける!」
そして間合いに詰め寄るとメズキの大剣が打ち下ろされる前に胴部分を一閃してメズキの腹半分程の深い斬撃で斬り抜けた。
月虹丸は現在火属性の力を使っているので、氷の精霊力は使えないから熱量で斬るしか無かったのだがどうなる!?
「微妙に熱で溶けている様にも見えなくないけど、結局は火力不足ね。」
ティルが冷静に聞いてないと言ってきた。火力が有ればいけるかも知れないが結合結晶の場所が解らない以上限界突破を使う訳にもいかない。
メズキは腹の傷が癒えると再び漆黒の大剣を振るって来た。しかし今度は避け前にルリが間に入って盾で防ぐと毒が霧散していったのだった。
「お待たせ、一瞬慌てちまったけどアンタのその毒は一切通用しないよ!」
そう言うとルリは盾を構えて正面からメズキ目掛けて突進する。向こうもそれに呼応するかの如く大剣で毒を撒きながらも物理的な攻撃でルリを止めようとする。
「太刀筋を何度見たと思っているんだ! 受け流す技術は剣だけの特権じゃないんだよ!」
そう言うと大剣の受けた瞬間に盾を少し引いて角度を入れる。そのまま全身のバネを使って剣を上方に叩きあげるとメズキの体勢を崩す。
「その体に付与されている毒ごと全て無効化してやるよ!」
そのまま突進してシールドアタックをメズキに喰らわせるとそのまま盾を押し付けて加護を発動し続ける。盾から発する光がルリだけでなく、メズキも包みだすとメズキは途端に苦しみだした。
「盾の能力で毒無効ってかなり便利だよな……、しかもそれ自体を相手の体に付与して浄化しているのか?」
「その様ね、それにしても加護の能力を複数同時に発動させるのも結構大変な筈なのに平然と相手にまで付与するなんて……精霊力が高い証拠ね。」
ルリの加護の使い方にティルが呆れている。普通は自分にしか発動させないモノを相手まで巻き込むのだから余程精霊力が無いと出来ない芸当の様である。
メズキは絶叫しながら必死で抵抗してルリを攻撃しようとするが、盾が大きくて手が届かなかったので仕方なく盾を掴んでルリごと投げ飛ばす。ルリは飛ばされつつも平然と着地をして再び構え直す。
「だいぶ毒が抜けた様だね、もう一押しと行こうか。」
ルリが構え直すと、メズキが不敵な笑みを浮かべて大剣を天井へ勢いよく投擲したのだ。
「一体何を……?」
何かのフェイントかもしれないのでメズキからは視線が外せないでいる俺とルリは警戒をする。そうすると天井から地鳴りに様な音が聞こえ始める、その方向を見ていたヒジリが声を上げる。
「てて、天井が崩落しそうになっているよ! 急いで下へ逃げて!」
ヒジリの声を聞いて俺とルリが天井を見ると小石がパラパラと降り出していた。上には大きな岩盤が落ちかけて来ているのが視界に入り俺達は4層へと走り出す。
俺とヒジリは坂道へと間に合ったが、ルリだけがまだ来ていなくて振り返るとメズキに執拗な攻撃をされて足止めを喰らっていたのだ。
「ティル! メズキを攻撃してルリから離してくれ!」
ティルと交代してメズキ目掛けてフレアボムを放つ。しかしそれは崩落して来た岩に阻まれ、岩を爆散させただけだった。
「コイツの狙いは分断かい! クソ! あの子達だけじゃ下の階層を移動できない。ルーリア! 分離してあの子達に付いて行くんだよ!」
ルリがメズキの意図を察してルーリアと分離すると、俺達の方へとルーリアを投げ飛ばした。
「ちょっと! ルリ!」
ルーリアが慌てて叫ぶが既に大きな岩盤が落下し始めたのだった。俺は咄嗟にルーリアの腕を掴んで引き留めた。
「大丈夫さ! 私一人でもこの程度は何とかなる! ルーリア。切り札はアンタだ!あんちゃんと心のベクトルを合わせるんだ! そうすれば多分同化出来る!」
ルリが叫ぶと同時に巨大な岩盤は地面に落下して3層と4層の境目を覆いつくしてしまった。俺達はその衝撃で4層の地面まで体と意識を吹き飛ばされた。




