第41話 月虹丸
俺達はしばらく進むと2層へ降りる広い空間に出た。
「さて、ここら辺なら丁度良い相手が出て来そうだけど……どうかね?」
ルリが2層へ降りる坂の入り口で仁王立ちっで下を見渡している。今の所これと言った下位精霊の具現化の様子は見られない。
「タツミもヒジリも体調は大丈夫? 下層に行くほど精霊力は濃くなるけど平気そう?」
ティルが再び聞いて来るが俺もヒジリもこの位なら平気そうだと頷く。正直自分でも自信の成長に驚いている。
「ぉ、丁度良さそうなのが下に沸いたようだね。タツミのあんちゃん出番だよ。私は先に行って烈震衝でトラップの解除をするからその後は存分に試しな。」
そう言うとルリは颯爽と2層へと降りていく。その先には先日に倒したゴーレムの小さいバージョンが居た。大きさは普通の人間より少し大きい位だ。
「なぁ、アレって先日倒したはぐれ精霊の残留思念じゃないよな?」
嫌な予感を覚えてティルに質問すると、ティルもそう感じたのか微妙そうな顔をして返事をして来た。
「その可能性が高そうね、この前の場所から近いし。面倒な事になる前に倒しましょう。」
俺達も続いて降りて行く。下に着くと先程までとは全く違った精霊力の濃さを感じた。ここではそんなに長時間は動けない事を悟るには十分だった。隣のヒジリは全然平気と言っているのを聞いてちょっと自信を失いそうだ……
「ルリ、ここの精霊力の濃さだと俺は単独では長時間動けないから、早めに倒してしまおう。」
ルリに追い付いて伝えると物凄く呆れた顔をして振り返る。
「え? タツミのあんちゃんはこのレベルでもうダメなのかい? 先が思いやられるね。」
成長したと思ったら即こういう対応をされると流石にヘコむよ? もう少し人の心を大事にしてください。
「前は1層でも数分しか持たないのから比べたら大した成長だと思うんだけどね、ルリは前を知らないから。」
ティルがフォローしてくれるが、ルリはそんな事どうでも良いと言った感じで既にゴーレムの方を見て盾を振りかざして烈震衝を放っていた。
「ルリさんってマイペースで進めて行きますね……。」
「そうね、人の話を全く聞いてないわ……。」
二人が呆れている。いや、俺もそう思うよ? 興味の有る無しでの態度の違いが凄いもん。
「ほら! 早く試し斬りしてごらん!」
俺らのボヤキを無視してルリが急かしてくる。俺は月虹丸を取り出してゴーレムと向かい合う位置へと移動した。
「さて、ゴーレムなんて何処を斬ればいいんだ? 関節部分か?」
俺は無機質なゴーレムの弱点を考えながら、月虹丸を引き抜いて上段に構えた。
「その状態で精霊力を刀に流し込むイメージをしてごらん!」
言われるがまま俺は氷の精霊力を月虹丸に流し込む。すると刀身から冷たい冷気をうっすらと感じるのだった。
次の瞬間、ゴーレムが俺を目掛けて殴りかかって来た。俺は向かって来た拳を目掛けて踏み込みながら月虹丸を振り下ろす。
当たる瞬間に右手首を柔らかく使って相手の拳をいなす様にして力の方向を少しだけずらし、そのまま相手の側面へ刀をなぞらせながら体ごと抜けて移動する。
ここ数日ルーリアから指導を受けていた日本刀の右手を使った攻撃の捌き方だ。正面から打ち合うのではなく、相手の力を刀の刃で受け流し力の方向を変えて最小の動きで避けてから反撃する。
俺はゴーレムの側面に抜けると体勢が直っていないゴーレムの右腕の関節部に冷気を纏った刀を振り下ろすと綺麗な断面を見せて腕が地面へと落ちて凍り付いた。
「うん、綺麗な動きだ。文句無しだね!」
ルリが一連の動作に感嘆の声を上げた。しかしまだ戦いは終わって無い。残心の言葉の通り意識はゴーレムから離さない。
見ると切り口が凍結していて土による腕の再生が出来ないでいた。試しに氷属性で斬ってみたのだが思いがけない効果だった。
「今度は火属性を試してみるか。」
俺は今度は刀に火属性を巡らせるイメージをする。すると月虹丸の刀身が赤身を帯びて熱を発している。高熱を纏っているせいか刀身付近の空気が揺らいで見える。
ゴーレムは向き直すと残った左腕で殴りかかろうとするが、体のバランスが取れていないので動きがぎこちない。
俺は身体強化を発動して切り落とした右腕側に再び踏み込んで攻撃を躱すと、そのまま首を落とす様に月虹丸を横薙ぎに一閃させる。
首が落ちると同時に解ける音がした。高熱でゴーレムの首の切り口がうっすらと燃えながら溶岩の様に溶けたいった。
「ならもう一個試すか。」
残った本体に向けて『爆破』を付与して再び一撃を加えて距離を取る。すると一拍置いて爆発音が響くと散り散りに消し飛んだ。
「お見事、初めてとは思えない位に使えているじゃないか。」
ルリが拍手しながらこちらに近づいて来た。
「何か随分と精霊術の火力が上がっている様な気がするんだが?」
いくら下位精霊とはいえ、ダンジョン内の精霊をこうも簡単に倒せたのは驚きだった。火のダンジョンの時はこうは行かないと直感で理解できていたからだ。
「アンタ、ただの精霊力の塊の武器と、良い素材でちゃんと鍛造した武器を一緒にするんじゃないよ。そもそもの伝達効率が違うんだよ。」
「伝達効率?」
「つまり、ただ垂れ流し続けている精霊力の武器より、それを維持して刀身に貯め続けている武器の方が火力が高くて当たり前だろうって事さ。」
要するに『蓄積』の性質で効率よく精霊力を貯め込み続けて火力を上げていると言う事か?
「タツミ、ちゃんと解ってる? 絶対解ってない感情だったわよ?」
やかましいから黙ってろ! 何となく解ればいいんだよ! それで使えるんだから問題無いだろうが!
「まぁ使っていればそのうち理解できるさ。辛くなったらティルと同化して良いからもう少し奥に行って実験するよ。」
「え? まだやるのかよ?」
もう帰るのかとばかり思っていた。ルリは自分の盾を俺の方に突き出してこれの実験が終わって無いと言い出した。俺らは諦めてもう少し付いて行く事にしたのだった。
そこからさらに数時間は経過した。ルリのお眼鏡に適う精霊は湧いて来ないので既に3層の入り口付近まで来てしまっている。
俺は途中でしんどくなったのでティルと同化している最中だが、同化して火属性を纏わせた月虹丸の火力は先程の数倍の火力で正直な所、俺もドン引きする位の火力になっていた。
「この刀、かなり面白いわね! 私の力を込めても壊れないしタツミの中なのにそれほど窮屈しなくても済むのが凄いわ!」
ティルのテンションが上がっているのだが、コイツさり気無く俺をディスってるの理解してんのか? いや、解ってやってるからタチが悪いんだがな!
「そりゃ窮屈になる様な生命力しか無くて悪かったな! 上に戻ったら速攻で追い出してやる!」
「別に事実なんだから拗ねないでよ。面倒臭い男はモテないわよ。」
「お前、最近毒舌も混ざって来てないか? 毒舌はハッキネンだけで十分なのでそう言うのは間に合ってます。」
俺が辟易とした表情で話しているとルリが興味深そうに確認して来た。
「ほほう、ティルは前ほど力を制御しなくても良くなったのかい? つまり過剰なエネルギーは月虹丸に流れていると考えて良いのかい?」
「そうね、ちょっと試してみたけど、普通にしている状態でタツミからオーバーフローする分の精霊力を吸ってくれている感じね。なので私が中に居ても楽だし、別に余計に精霊力を吸収され過ぎていると言う事も無いから快適だわ。」
ほほう、月虹丸の『吸収』の性能はそう言う感じでも発揮されるのか。と言うか、最初の頃はどれだけ窮屈な感じだったのだろうか?
「そこまでは計算した訳じゃ無かったけど、それなら何よりだ。使いづらい武器になって契約精霊を危険にさらす訳にもいかないからね。もしくは火の結合結晶を利用したから相性が良いだけかもしれないけどね。」
ルリの発言に何かを察してしまった……結合結晶の属性が火って事はだよ? ここのダンジョンにも土の結合結晶が有ると言う事だよね? そして今現在そこそこ深い場所まで潜って来ていると言う事は……
「タツミ、その感情はフラグと思うんだけど……。」
ティルがそう言うと3層の奥から唸る様な咆哮が聞こえて来たのだった。俺とヒジリは顔を見合わせて嫌な予感を覚えて引き返そうと言う感情で一致するのだが、一人だけ違う人が居た。
「聞いた事の無い咆哮だね、丁度良いね。アレを狙いに行こうか。ついでにここまで来たら鍛冶材料も少し取りに行こう。」
ルリが一人だけ乗り気で3層へ降りようとしている。俺達は必死に止めようとするが、相変わらず聞く耳を持たずに先に一人で降りて行く。
「あ~行くのか……絶対に嫌な予感しかしないけど、帰るにもルリが居なきゃ状態異常の罠で帰れないし付いて行くしか無いのか。」
俺がボソリとつぶやいて肩を落とすと、ヒジリも隣で深くうなずいて同意して来た。
「さ、最悪の事態を想定して離れないでね? きき、危険な時は《《あの力》》も使うからね?」
「解った。出来れば使わせない様に頑張るよ。しかし、結合結晶の特性を考えるとお互い引き合う気がして不安しかないんだが。」
「な、何となくそれは思っていたけど言わないで欲しかったな……」
ヒジリも思っていた様だが敢えて口にしなかったようだ。むしろ俺はルリがそれを狙ってここまで来た気がする。だってアイツの目標に近づくなら必要な素材だろうからな。
「ホラ、早く行くよ! 折角の獲物が逃げちまうだろ?」
ルリが振り返って呼ぶが、その表情から俺達は絶対に狙ってやって来たと確信するに十分な期待と興奮に満ちた笑顔を見せて来たのだ。
「諦めて行くか、本当に神器レベルになるんならこれで人間界に帰れるかもと言う事になるんだろうし。」
「そ、そうだね、だ、誰も犠牲にしないで帰れる可能性かもしれないしね。」
俺らは諦めながら3層へと降りて行った。




