第40話 即席模倣鍛造(インスタント・クリエイト)
「さて、ここが入り口だね。準備は良いかい?」
ルリが楽しそうな顔で俺達の方を振り返った。目の前には火の精霊界で見たのと同じような大きな穴が口を広げている。
「本当に行くのか? かなり不安なんだが?」
正直に言えば嫌な思い出が有るので入りたくない気持ちの方が強い。
「大丈夫さ、私が付いているから何とでもなるさ。さて、ルーリア。道具を出しておくれ。」
ルリはそう言うとルーリアと分離した。そして地面から出来上がったばかりの盾を取り出しすと、無言でルリに手渡したのだった。
「それが新しい盾か、何か……デカイな。」
その盾はルリの体がほぼ隠れる位の大きさの盾で、厚みの有る重量級の大盾だった。それをルリは軽々と持って構えた。
装飾の無いシンプルなデザインの盾だったが、その中央には正五角形を描く様に5つの宝石が埋め込まれて存在をアピールしていた。
「まぁ、私はどちらかと言うと攻めるよりは守りが得意だからね。土属性の特性の『物理耐性』も有るから防御は任せておくれ。」
ルリは再び同化して一足先にダンジョンへと降りて行った。俺とヒジリもその後を付いて行く。
「そうそう、私の後ろからあんまり離れるんじゃないよ? 離れすぎると状態異常に掛かった時にすぐに助けられないからね?」
ルリが振り返って言うが、状態異常を付与するダンジョンって普通に恐怖しかないんだが?
ヒジリの方を見るとやはり不安そうな顔をしているのが解った。隣にいるティルも微妙な表情だ。今回はいざと言う時にどちらでも同化が出来る様に分離状態で付いて来ていた。
「ねぇ、ルリ。状態異常付与の地形ってどういう事なの?」
ティルが質問してくれたが、ルリは黙ってついて来いと言わんばかりに先に進んでいった。
「現場を見た方が速いって事か?」
「その様ね、仕方ないから行きましょうか。」
俺とヒジリは諦めてついて行く。ティルが無視されたのが不服らしくて拗ねた顔をしている。相変わらず無視されるのが一番嫌いの様だな。
「さて、ここで説明した方が早いだろう。ティルもいつまでも不貞腐れてるんじゃないよ?」
中に入ってしばらく歩くと、ルリが足を止めて俺らの方を振り返った。ダンジョンの中は火の精霊界の時と同じく蓄光石の光で中は明るかった。しかし所々にどす黒いシミみたいなモノが見え隠れしている。
「あの浮かんだり消えたりしている黒いシミは何ですか?」
ヒジリが気味悪そうに見ながら質問をすると、ルリは地面から剣を取り出してそれに投げつけた。
シミに刺さると、剣を捕食するかの様にシミが膨れ上がってスライムの様に剣を包み込んだのだ。数秒すると紫色に変色して溶けかけている剣だけがそこに残っていた。
「アレに触れるとこうなるんだよ。罠の様な物さ。」
「あれって罠と言うのか? 何と言うか気色悪いスライムに捕食されている様な感じだったが。」
「ちなみにこの剣は今どうなっているの?」
ティルが気味悪そうにしながらも剣に近づいてまじまじと見つめている。
「紫色は腐食型の毒だね、それに触ったら毒が移って腐るから気を付けな。他にも色々な状態異常が有るから気を付けるんだよ。」
それを聞いたティルが微妙な表情でそそくさとこちらに戻って来た。しかし腐食の毒っていきなり危険すぎないか? 難易度おかしくない?
「あのシミに気を付けながら進むしか無いのです?」
ヒジリが確認するとルリはそれ以外何か有るか? と軽く言うと先へと進んでいった。俺達は不安しか覚えてないのだが……
しばらくすると熊型の下位精霊と遭遇した。もちろん向こうはこちらに気が付くと勢いよく襲い掛かって来た。
「ん~、微妙な相手だね。あれじゃ試し斬りには弱すぎる。私の肩慣らし程度にしかならないね。」
早く帰りたいのに相手に文句付けるなよ! てかルリが戦う気満々で肩を回して準備をし始めてるのだが!
「折角だからここでの戦い方を教えてあげるよ。よく見ておきな!」
襲い掛かって来た熊型精霊の爪を片手で軽々と盾で受け止める。重い打撃音が響き渡るがルリは微動だにせず余裕そうな表情をしている。
「まずは付近の地形の罠を解除するんだ! こうやってね!」
そう言うと盾に自ら体当たりをしてシールドアタックの様にして熊を突き飛ばす。そして盾を振りかぶってから勢いよく地面に叩きつけたのだった。
「烈震衝!」
技の名前を叫ぶと同時に地面に打ち付けられた盾から地震の様な揺れと衝撃がゆっくりと襲って来たのだった。
一瞬だけ浮いたような感覚に襲われ、体勢を崩して尻もちをついてしまった。それは俺だけなく、ティルやヒジリ、熊型精霊も同じだった。そしてよく見ると付近に複数の先程見た黒いスライムみたいな物が膨らんでから破裂していた。
「もしかして今の衝撃で状態異常の罠を全部発動させたのか?」
「正解、そして罠が復活するまでは結構な時間を必要とするからね。これで安心して戦える。そして折角だから私の精霊術を見せようじゃないか。」
そう言うとルリは尻もちをついたままの熊型精霊に向けて手をかざした。すると地面から十数本の剣が出て来たのだ。
「これが私の能力、即席模倣鍛造だ!」
そう言うと出て来た剣が宙に浮かび熊型精霊に向かって勢い良く射出されたように飛んで行くのだった。そして剣が熊型精霊に全て突き刺さると、相手は霧散していった。
「ちょい待て! 武器を作り出すまでは何となく解るが、どうやって飛ばしたんだよ!?」
どう見てもデタラメな能力だよな? 出した武器を触れずに飛ばすとか自然法則を無視し過ぎたろうが!
「あー、これは条件が揃った時しか使えない能力だよ。」
「条件?」
ルリが面倒そうな顔で説明を続ける。コイツ、鍛冶と自分の作った物の説明以外は面倒臭がっている節があるな。
「そもそも即席模倣鍛造は地面の中の鉄分等を使って強引に錬成したナマクラ武器なんだが、発動条件は最初に打った烈震衝で地面に磁力を付与した範囲でしか使えない。」
何か無茶苦茶な説明が始まった予感がした。何だよ磁力の付与って! この人も才能の塊のような人だったよ。
「まぁ、磁力を調節してそれぞれの斥力、引力を利用して飛ばしたと言う訳さ。ただしそんなに便利じゃない。烈震衝の範囲は精々数メートル。効果時間はどちらも1分程度しかない。」
「何かそのうちレールガンとか使いそうで怖いな……。」
磁力が使えると聞いた現代人なら真っ先にこれを思いつくだろうな。ルリの時代には無かったシロモノだろうが。
「レールガン? 良く解らないが、烈震衝による磁力の付与は大地にしかできない。コンクリとかはダメだし、武器とか防具とかそう言う物にも付与は出来ない。それに即席模倣鍛造では複雑な物は作れない。シンプルな武器とか盾が精々だね。」
なるほど、そこまで万能な能力じゃなさそうだ。それにレールガンを使うなら大量の電気も必要の筈だからそもそも無理か。
説明を終えたルリは相変わらずのマイペースで奥の方へと進んでいく。
「タツミ、体調は平気なの? 随分と分離状態で長く居るけど急に倒れないでよ?」
ルリの後姿を追いかけようとするとティルが不安そうな顔でこちらを見ていた。そう言えばここもダンジョンだから精霊力は濃いのに今回は何故か平気だ。既にここに入って30分以上は経過している。
「そう言えば平気だな。何でだろう? 少しは成長したのか?」
「多分だけどミノタウロス戦での限界突破の使用で生命力を酷使したからかも知れないわね。後は昨日までの限界突破の訓練で更に成長したのかしら?」
そう、ゴーレム戦の翌日から俺はティルに限界突破の調整を教わりながら使用していたのだが、普段の限界以上の能力を使うので分離状態で使うとすぐに生命力が底を突きかけて酷い目に遭った。
「流石にそれを言われると、成長してないとおかしい特訓内容だった気がするな。」
「それならタツミの修行はこれから全部を限界突破の訓練にしましょうか。手っ取り早く成長できそうだし! 生命力は酷使しないと成長しないってハッキネンも前に言ってたもんね!」
さらっとスパルタ教育の提案をしてきやがった。あれの反動はかなり洒落にならんからあんまり使いたくないんだが?
「いやいや、ハッキネンが言ったのは酷使じゃ無くて負荷をかけるだろうが? 勝手に解釈を変えるんじゃない!」
「結局一緒じゃない。むしろそっちの方が時間が掛からないから楽だと思わない? 運が良ければヒジリが看病してくれるわよ。」
ティルが悪巧みしている様な顔で言うと、それを聞いたヒジリはどう答えたら良いか解らないと言った顔をして困っている。
「お前はヒジリに迷惑をかけるんじゃない! そもそもお前は俺らに迷惑をかけ過ぎなんだから少し自重しやがれ!」
俺が怒鳴りつけるとティルは反省の色も見せずにさらにからかって来た。
「何を言っているのよ。二人ともその状況をそれなりに楽しんでるクセに。むしろ感謝しなさいよ。」
そう言ってルリの後を追いかけて行った。残されたこちらの返事が困る様な捨て台詞を吐いて去るのは卑怯だと思うんだが?
「え、ええと、タツミ君? わ、私は別に迷惑だなんて思って無いからね?」
そう言うとヒジリも慌てて後を追いかけていった。えっと、俺はこの状況をどう判断すれば良いのでしょうか? う~ん、これって何かの恋愛フラグ? でも勘違いで気まずくなるのも嫌だし、スルーしておくのが正解なのだろうか?
答えを出せないまま俺も後に付いて奥へと進んでいった。




