4話 二人で訓練
「ハイハイ~、集中力が切れてきてるよ~。」
「やかましい! 訓練してるんだから黙ってろ!」
大きな岩が散乱する荒れ地に俺の声だけが反響する。
「だって精度が落ちてきてるよ? このままじゃケガするから注意してるんじゃない。優しさよ?」
「い~や、お前は絶対に俺を煽って楽しんでるだろ? わざと感情の起伏を作って楽しんでるのがバレバレだからな? それに多少のケガはすぐに治るだろうが!」
そう、ティルの奴は俺をからかったり煽ったりして感情の起伏を楽しんでやがる。一心不乱に練習してると感情の揺れが無いから面白く無いのだろう。
「何のことかな~?私はタツミとの会話を楽しんでるだけです~。」
すっとぼけた顔で誤魔化してやがる……。
ティルが言うにはこの前の実戦で精霊力の流れを体で感じたのだから、後は同じイメージで反復練習をすれば段々と慣れてくると言う事だった。
「精霊術は人間の生命力と外部からの精霊力を混ぜ合わせて発現するんだよ。だからどっちか片方だけじゃ使えない。タツミは外部の精霊力を取り込んで生命力と混ぜる訓練をして貰います! そうでないといつまで経っても同化したままだからね!」
確かにあの時のイメージした所に何かが集まって来る感覚は独特なもので、体を巡っている生命力と言うかそんな感じのモノが理解できた。
そしてその生命力みたいなモノが外からの精霊力と混ざって能力が発現していたのが理解出来た。精霊力の取り込み方はティル曰く、『人それぞれだろうから色々な方法を試して』と言われた。
相変わらず適当!!!
結局、外から取り込むイメージで落ち着いたのが「呼吸」だった。
息を吸うと同時に空気に漂ってる精霊力も吸い込むイメージで体に取り込み、息を吐きながら全身に血液の流れをイメージして混ぜた精霊力を全身に巡らせる。
実戦訓練から三日経つが、この所作にもだいぶ慣れてきた。無意識に出来るかと言えばまだだが、意識しては出来るようになった。
「しかし同化を解除出来るようになると何のメリットが有るんだ?」
一人で精霊力をコントロール出来る様になるのは全然問題無いのだが、他に何か理由が有るのだろうか?
「基本的にはタツミの生命力のレベルアップが目的かな。後は分離できればいざって時、一人より二人の方が便利な時が有る筈でしょ?」
「いや、それは確かにそうだが……分離しても、お互いに精霊術って使えるのか? 精霊術って生命力と精霊力の融合なんだから、俺は自分の生命力があるが、ティルは何処から生命力を調達するんだ?」
「分離しても私達の契約関係は変わらないから、『見えないへその緒』みたいなモノで繋がっているのよ。だからそれを通してお互いの生命力と精霊力を行き来できるんだよ。」
「そうなのか、でも今の訓練で俺は外部から精霊力を吸ってるんだからティルが居なくても精霊術が使えるんじゃないのか?」
「解ってないわね……、タツミ単独じゃ属性が無いから何も出来ないでしょ! 私が火属性をタツミに付与している状況なんだからね?」
「つまり、ティルは俺に属性を、俺はティルに生命力をお互いにシェアしているって事か。取り合えず分離できればティルと一緒に戦闘できるようになるんだろ?」
「タツミが弱過ぎて私が戦闘できません~。今のタツミの生命力じゃ私が精霊術を行使する前に干からびて死ぬわよ?」
さらっと恐ろしい事実を言ってきたな。上位精霊とか言ってるし、ティルって実は凄い精霊なのかもしれないと改めて認識する。
「今までの訓練は外部からの精霊力の影響を調整する練習なだけであって、今までも私自身の精霊力は属性付与以外に一切使ってないからね? 私が精霊力を使ったらタツミが耐えられないよ?」
そりゃ漂ってるだけのと上位精霊じゃ精霊力の純度が違うか。
「何度も言うけど、自分で生命力を使用する事で段々と最大値を上げていくしかないんだから、地道な努力が大事だからね? 近道なんてありません。」
ティルの先生面での説教が始まる。これ、初日から事ある毎に聞かされてるから耳タコなんだが……。
「今のペースだと、後どれ位で同化を解除出来るレベルまで行くんだよ?」
「同化解除までは1週間程で、私の全力が出せるレベルだと数カ月かな? 当面の目標は同化の解除までだからね。」
「随分先になるんだな……早く自分の現状を調べたいんだが、焦りは禁物か。」
そう言って俺は再び訓練を始める。
「しかし……私も思いっきり力を開放したいな……。ずっとタツミの中で縮こまって大人しくしてるから、体がなまるばかりよ……。」
「いやいや? さっきお前が本気出したら俺が干からびるとか言ったばかりだよな!?何怖いこと言ってるんだ!?」
相変わらずティルが邪魔をして来るのが鬱陶しい。かまってちゃんかよ! こっちは真面目にやってるのに!
「う~、欲求不満だ~! 早く外に出して~!」
「言葉選べよ!? お前!絶対わざとやってるだろ!!!」
「当然! だって暇だもん! 如何に面白い感情を引き出すかしか考えてませんから!」
うん、何だろう……、一応精霊とはいえ女の子と一緒になのに、何というか色気もへったくれも無いとはこの事だな!チクショウ!
口に出すと余計にティルが騒がしく調子にのると解っているので心の中で悪態をつく。
――― 一方その頃、別の場所 ――――
先日、タツミが下位精霊と実戦練習をした場所に12~3歳位の幼さが残る亜麻色髪のショートヘアと水色の瞳をしている小柄な少女がたたずんで居た。
「既に数日は経っている。そして下位精霊同士が喰い合って肥大化した個体が居る気配が無いという事は……。」
見た目の可愛げな顔とは裏腹に、感情の抑揚が一切感じれない冷淡な声でつぶやいている。
「つまり、上位精霊が出現したという事か。」
少女の後ろから今度は背の高い黒髪黒瞳の男が声をかける。
見た目は20代半ばだろうか、やや細身だがガッチリとした体格だ。そして鋭い目つきが良い意味で大人の雰囲気を醸し出している。黒で統一された服と丈の長い薄手のコートの様な物を着ていた。
「兄上、来てたのですか。久しぶり。」
少女は男の方を振り返り軽く一礼する。先程までとは違い淡々とはしているが、言葉に感情の抑揚が見られる。
「久しぶりだな、リィム=ハッキネン。お前も先日の災害の調査に来たのだな。俺も先程こちらに着いたところだ。」
リィムと呼ばれた少女は顔を上げて黒服の男に状況を告げる。男の方も淡々とした口調で話を続ける。
「つまり下位精霊が具現化した痕跡は有るが、それを取り込んだ痕跡も無くただ倒しただけと言う事か。」
「えぇ、下位精霊同士なら取り込んで延命しようとする筈、間違いなく上位精霊かその契約者が倒したと思う。」
多分この二人にとっては嬉しくない出来事と判断したのだろう。
「どちらにしても見つけ次第、すぐに消滅させなければならんな。」
「ですね、善悪はともかく危険な種は小さいうちに排除するべき。手分けして探す?」
「そうしよう、先程レピスが火の精霊界に入った気配がした。あいつは色々厄介だからな。」
「最古の精霊レピス=ホーリット……面倒な。」
リィムの表情に初めて感情らしきものが浮かぶ。不快な感情なのがハッキリと伝わる程に。
「そうだ、今回の災害は大きかったからな。多くの人間や生物たちが巻き込まれてこちらに飛ばされただろう。一人でも多くの人を救おうと動いているんだろう。解っていると思うがあいつに遭遇したらすぐに離脱するぞ。
「解ってる。流石に関わりたくない。終わったら久しぶりにゆっくり話をしよう、兄上。」
「ああ、そうだな。」
穏やかで優しい表情で会話していた二人が、元の無機質な表情に戻ると同時に二手に分かれて物凄い速度で移動を開始した。