第38話 大地の加護
「さて、店主さん。これだけ回収してきましたが足りますか?」
リィムは拾ってきた原石を先程の店主の目の前のテーブルに広げる。
「ほほう、本当に倒して来たのか。流石は龍位精霊使いだな。」
そう言って感心したようにリィムを見てから、こちらに目を向けて来る。
「おや、そちらのお嬢さんも人間か。おんぶしてまで街中を歩いて来たとは恋人かい?」
おい店主! これ以上おんぶをツッコむな! 俺を殺す気か!
リィムは顔を真っ赤にして怒ってるし、ヒジリは背中であわあわ言うのを止めて否定しなさい! これって絶対面倒な状況じゃん! ちなみにおんぶしたまま来たのは帰り道の途中にお店が有るからそのまま寄っただけです!
「店主さん、前回の私への対応と随分違いますが……どこをどう見たら私が妹でヒジリが恋人と言う判断になるのでしょうか?」
リィムがマジで怒ってるわ……店主よ、余計な事を喋るそのお口にチャックした方が良いんじゃないか?
「あ、いやいや、これは失礼。さっそく原石の方を鑑定させてもらおうか。」
そう言って店主は逃げる様に原石の鑑定を始めた。この状況で俺にパスするな! どうしろと言うんだよ。言ったからには責任取って場を収めろよ!
「えっと、ゴメンね。アルセインがギリギリまで力を使ったせいで。まだ足にも力が入らないんだ。」
ヒジリが申し訳なさそうに謝罪して来た。それを聞いたリィムが怒りの表情から何かを思い出した様にいつもの表情に戻ってこちらを向く。
「そう言えば、ティルは先程は火属性の特性の『限界突破』を使っていましたよね? その気怠さはその副作用で間違いないのですか?」
『限界突破』ってなんじゃい? もしかして髪と目が赤く光っていたのはそれを使ったからか?
「ん? そうよ。『限界突破』を使ってギリギリまで出力を上げたわよ。だってどこまで威力が出るか試してみたいじゃない!」
ティルがヒジリの中から返事をしたが、だったらその後の介抱をしている俺をからかうのは辞めろと言いたい。
「では、タツミさんもこの前ですが、加減を知らずに『限界突破』を使って危険な状況になったので、後でちゃんと出力の制御を教えてあげてください。下手したら死んじゃいますよ?」
「え? この前ってミノタウロスの時の最後の一撃の時か?」
「そうですよ、自覚してませんでしたよね? 前回はアレで済みましたが、ちゃんと制御しないと命を落としてしまいますよ。」
リィムが真面目な顔で忠告して来た。そんなに危険な能力を無自覚に使っていたのか? 流石に自分の能力で自爆は御免だ。
「解ったわ、じゃあ明日はその練習をしましょ。今日はもう疲れたから無理!」
相変わらず自由気ままな返事が返って来た。まぁ俺も今日はこれ以上頑張りたくない。両腕の痛みもまだ抜けきって無いし。
「待たせたな。中々良い品が混ざってだぜ。」
店主が鑑定を終えて声をかけて来た。そして原石を3つのグループに分けてテーブルの上に広げていた。
「まず、こちらの一番多いグループは、残念ながら純度の低い原石なので大して価値が無いな。純粋な装飾用だ。」
そう言って約3分の2程が弾かれた。
「で、こちらのグループは中々上質なので、加工で加護を打ち込める素材で価値が有るやつだ。」
残り約4分の3程ががそのグループだった。そして最後の数個のグループの説明が始まる。
「で、こちらのグループは特級の原石だ。膨大な熱量による変化を受けてかなりの純度を誇っている。普通はダンジョンの中層以下じゃないと出てこない様な品だ。」
あ~絶対にプロミネンス・エクスプロージョンの副産物だな。ある意味人工的に出来上がったシロモノか。
「とりあえずブレスレット分ならどこまで必要なんだ?」
「そうだな、逆にこっちの特級を頂くとこちらの方が払いきれん、特級以外の全てでどうだ?」
「ではそれでお願いします! 半端なモノを持っていても荷物がかさばるだけですので。」
リィムが取引を快諾出して、ブレスレットを受け取った。
そしてサファイヤの方を自分の左手首に通すとブレスレットは蛇の様な動きで手首に巻き付き直してリィムの手首ピッタリの装飾品となった。
「ではタツミさんはこちらをどうぞ。」
そう言うとリィムは俺にムーンストーンの方を渡してきた。
「ん? こっちは俺の分なのか? 両手に付けるのかと思ってた。」
「タツミさんはまだまだ弱いのですから、加護の着いた装飾品を付けておいて損は無いですからね!」
イタズラする子供みたいな笑顔でリィムが言う。確かに俺は弱いですけどね! まぁ気遣いを無下には出来ないので承諾して俺は何となく右手首に付けてみる。
「ああ、ちなみにどちらのブレスレットも『神経耐性』の加護が付いている。それもレアな効果だから大事にしなよ。」
店主が加護の説明を忘れていたと言わんばかりに説明してきた。しかし神経耐性? どういう効果なんだよ?
「それは良い品ですね。神経耐性は神経に作用する精霊術に対する耐性なので、後々重宝する筈ですよ。」
そう言ってお店を出ようとすると店主が引き留めて来た。
「あ、ちょっと待ちな。そちらのお嬢ちゃんが何も無いのも味気無いからこのイヤリングをやるよ。これも神経耐性が付いている。これは俺からのはぐれ精霊を退治してくれた報酬と思ってくれ。」
そう言うと店主は小ぶりな赤いルビーらしき物がはめ込まれたイヤリングを渡してきた。
「ありがとうございます。でも良いんですか?」
ヒジリは本当に貰って良いのか悩んでいる様だったが、店主はすぐに理由を教えてくれた。
「アンタ火の精霊使いだろ? つまり、あのはぐれ精霊を消滅させた精霊使いはお嬢ちゃんだろう? ここまで届くような爆音だったからすぐに解ったぜ。だからこれは報酬だ、受け取ってくれ。」
あー、そういう事ね、トドメをさしたのがティルの方と解っていたからこそのオマケか。
「そういう事ならありがたく頂きますね。ありがとうございます。」
そう言ってヒジリは俺の背中に乗ったままイヤリングを受け取るとしっかりとそれを握りしめる。そして俺達はルリの工房へと戻ることにした。
「おかえりなんだよ。楽しんできた……?」
家の中に入るとリビングでルーリアが一人椅子に座って待っていた。ルーリアはヒジリがおんぶされているのを見て固まった。
「どこかケガをした? 大丈夫!?」
心配そうな顔でルーリアが声をかけて来るが、リィムがさっさと椅子に座って説明をした。
「ただ単に、ティルが力を使い過ぎた反動で動けなくなっただけなのですよ。心配しなくてもすぐに良くなりますから安心して下さい。」
それを聞いたルーリアは「えー?」と言う様な顔をして固まっていた。
「お、あんちゃん達、帰って来たかい。」
その時、丁度ルリが工房の方から顔を出してきた。
「こっちは順調だから最後の仕上げに入るよ。後3日で出来上がりそうだ。その間に刀の名前の候補考えておくんだよ? 銘入れもやっちまうから。」
そう言われて俺は頷くと、先程手に入れて来たばかりの原石をルリに見せる事にした。
「さっきこんな物を拾って来たんだが何か使えたりするか?」
そう言ってテーブルに先程の特級原石を並べて見ると、ルーリアとルリは食い入るようにそれを眺めた。
「へぇ、これはまた良いの品を手に入れて来たじゃないか。しかもこんなに有るなら良い品が作れそうだね。」
「ねぇ、これ私が加工して良い? これらを全部使ったアレを作りたいんだよ。」
ルーリアが目を輝かせながらこちらを見て来る。
「一応リィムとヒジリが問題無いなら俺は全然かまわないが。」
そう言って二人を見ると同じく頷いてくれた。それを見たルーリアが凄い笑顔でこちらを見て来たのだった。
「宝石はルーリアの分野だ。私の『大地の加護』は武器用だからね。」
「「大地の加護?」」
俺とヒジリが同時に疑問符を浮かべると、ルリは知らなかったのかと言わんばかりに説明をしてくれた。
「土の精霊と精霊使いは大体持っているが、大地からの産物を加工する際に一定以上の品質の物に加護を付与できる能力さ。アンタらが付けているその装飾品の加護もそうやって付けているのさ。」
あー、それで耐性とかの効果が付与されている訳ね。やっと納得した。
「私は自分の鍛造中の武器に対しての付与は出来るが、他は全然なんだよ。逆にルーリアは宝石系への加護しか付けられない。」
それで街中のお店も装飾なら装飾しかない、武器なら武器しかない店になっているのか。
「で、ルーリアはこれで何を作りたいんだ?」
そう言ってルーリアを見るとにこやかに答えて来た。
「特級原石が5個も有るでしょ、複数耐性の盾を作るんだよ! こんなに贅沢に素材を使うのは初めてだから楽しみなんだよ!」
複数耐性って便利そうな響きだな。そして盾って誰が使うの? 俺の刀は両手持ちだから論外だし、リィムやティル、ハッキネンも盾を持つような戦闘スタイルじゃ無い。ヒジリは戦闘がそもそも無理と言ってるから違う。
「それって誰用の装備なんだ?」
「もちろんルリ用の装備だよ。」
3人とも頭の上に?マークが飛ぶ。ん? 何故ルリ用の装備なのだ? いや、鍛冶の代金として支払うのでも全然問題は無いが……。
「ん? アンタ達何て顔してるんだい? 私もアンタ達としばらくの間は一緒に行動するんだから、ちゃんとした装備が必要だろ?」
「「「え?」」」
3人で声がハモった。そんな話は聞いてないのだから、そりゃこうなるわな。
「言ったろ、成長する武器を作るって? と言う事は打ち直しが必要になるって事だろ? それだったら付いて行った方が、随時治す事が出来るだろう?」
「いやいや、打ち直すって工房が無いと出来ないだろ?」
そこまで俺がツッコむと、ヒジリがまさかと言う顔をして恐る恐るルーリアの方を見る。
「まさか……、ルーリアの能力で工房を丸ごと大地に収納……?」
そう言うとルーリアは無言のまま親指を立てて、その通り! と言いたげなジェスチャーでドヤ顔をしていた。
「噓でしょ……工房丸ごと収納って、どんな規格外の能力なの……」
ヒジリの呆れた声が背中から聞こえて来るが、俺もそう思ったのは言うまでもない。




