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第32話 真剣の時間

「さて、まずはアンタの得意武器は何だい? 手のマメを見る限り刀かい?」


 流石は鍛冶師だ、手を見ただけで普段使うものが判るようだ。


「普段使ってるのは木刀と竹刀だな。今の日本は平和だから刀を使った事が有る人なんてほとんど居ないさ。」


「そうなのかい、確かに戦争にでも行かない限り真剣なんて持たないだろうからね。今の日本が平和だと言う事の証拠だね。良い事だよ。」


 ルリがとても満足そうな顔をしている。そう言えばいつ位にルリはこちらの世界に来たのだろう? 聞こうか悩んでいると昔話を話し始めてくれた。


「私は太平洋戦争の頃にこっちに来たんだ。元々刀鍛冶の家系だったんだが、戦争用の武器を作らされててね、顔を知らない奴の為の鍛冶ってのが凄く嫌だったんだよ。でもアンタの話じゃ今はそう言う物騒な事も無いのだろうね。良かった良かった!」


 ルリは本当に嬉しそうだ。鍛冶師としての喜びなのか戦争が無い平和への喜びなのかは判らない。でも多分両方だろうと信じたい。


「じゃぁ、まずはこれを振ってみな。」


 そう言って棚から一本の日本刀を取って俺に投げた。俺は受け取るとその重さに驚いた。


「結構重いんだな。2キロ位は有るのか?」


「そうだね、刀身までの長さにもよるが、実際のよりもさらに重く感じる筈だよ。」


 初めての日本刀を鞘から引き抜くと、美しい金属音を奏でながらその刀身をあらわにした。


「凄い、キレイ……。」


 刀身を見たヒジリが感嘆の声を漏らした。俺から見ても美しいと思う。鉄の光沢、波紋、曲線美全てが一つの芸術としてそこには有った。


「さぁ、とりあえずこれを切ってみな。」


 ルリはそう言うとルーリアに合図する。今度は地面から巻藁まきわらを出してきた。


「試し斬りと言ったらこれだろう? さぁ、その刀で斬りな。」


 そう言われて俺はゴクリと唾を飲んで巻藁に向き合う。


 初めての日本刀だ。斬り方が悪いとケガをすると聞いた事が有る。しっかりと基本どうりの動きをイメージする。そして大きく振りかぶって袈裟斬りに振り下ろす。



 ガゴ!



 鈍い音と共に日本刀が巻藁の途中で止まった。そして俺は右肘の激痛でその場にうずくまってしまった。


「し、しまった……ケガを忘れてた……、」

「タツミ君!? 大丈夫!」


 ヒジリがすぐに駆け寄って来て俺の右肘の様子を見る。


「だ、大丈夫だ。つい浮かれてケガの事を忘れてた……もう一度だ。」


 そう言って俺は立ち上がってヒジリに下がるように言う。今度は自分のスタイルを思い出して左上段に日本刀を構え直す。


「ほう、先程とは違って綺麗な構えだね。だがそのケガで満足に振れるのかい?」


 ルリが後ろで挑発的な声援を送って来た。しかし大丈夫だ。ケガをしてからずっと練習して来たんだ。努力は俺を裏切らないと心の中でつぶやく。


 そして普段のイメージ通りに袈裟斬りで振り抜く。右手は添えるだけで無駄な力を入れない。叩くのではなく斬る力の入れ方だ。


「大丈夫。」


 そう言って刀を振り下ろす。スパッという滑らかな音を立てると綺麗な断面を見せた。


「うん、基礎は出来てるね。そうだ。刀は相手を叩き斬る物じゃない。急所を斬る物だ。力任せの振り方じゃすぐに刀が刃こぼれしちまう。」


「急所を斬る物? ってどういう事なのですか?」


 ヒジリが言い方の違いが判らなくてルリに質問する。


「要するに、刀は相手の鎧や兜ごと斬る代物じゃ無いのさ。鎧の隙間、人体が露出している場所、首回り等をピンポイントで斬るための物なのさ。」


 それでもヒジリはよく解らない様だったので俺が補足する。


「俺達が映画やアニメで見る様に、日本刀の切れ味が良いからと言って豆腐みたいになんでも切れる訳じゃ無いのさ。」


 そこまで説明してヒジリはやっと納得したようだった。


「問題はその右肘だね。日本刀は受けの動作は全て右腕を使って受け流すんだ。真っ向から鍔迫つばぜり合いなんてしたらすぐに刃こぼれしちまう。」


 右腕を使って受け流すは兄から聞いたいたが、理由までは知らなかった。よく兄さんに右で相手をいなして左で斬るとは言われていたが、これは真剣を使っていた時の名残だったのかと納得した。


「そのケガもヒジリちゃんの精霊術で治せないのかい?」


「ふ、古傷だと……試してみないと解りませんが時間は掛かると思います。タツミ君、ああ、あ、後でやってみましょう。」


 ヒジリが妙にやる気を出してルリの提案に乗って来た。


 このケガが治るなら助かるが、自己治癒ではこれ以上は治らない気がする。ヒジリの事だから『大いなる再生者(グランド・リバイバー)』を使いそうで不安だ。


「よし、タツミのあんちゃんなら普通の日本刀で大丈夫そうだ。では材料は結合結晶以外にもこの高純度の火の精霊石も使わせてもらうからね!」


 そう言ってルリは材料を選別し始める。正直俺は自分専用の武器と言う言葉に期待で胸を高鳴らせたのは言うまでもない。


「さて、炉に火を入れて玉鋼たまはがねと合わせていくよ。他の皆は隣に有る家の方で休んでな! 空いている部屋は勝手に使っていいよ。」


 そう言ってルリは準備を始める。それを見たルーリアが俺達を手招きして隣に有るルリの自宅へと案内してくれた。





 工房の角から伸びている細い廊下を進んでいくと扉が見えて来た。その先には簡素ながらもこだわりを感じる木造の家だった。どちらかと言うと2階建ての別荘のロッジみたいな雰囲気だ。


 ロビー部分のリビングが有り、2階まで吹き抜けになっている。階段の先には部屋の扉らしきものが並んでいるのが見えた。


「おしゃれなおうちだ~素敵。」


 ヒジリが内装に見惚れながら楽しそうに言うと後ろでルーリアがドヤ顔をしている。これってルーリアが作ったわけじゃ無いよな? 


「家は私がこだわって作ってもらったんだよ。ルリは寝れれば良いとかしか言わなかったから、あのままだと大変な事になってたと思うんだよ。」


 なるほど、設計はルーリア担当だったのか、しかしルリの発言には驚いた。寝れれば良いって工房の方しか興味が無かったのだろうか?


「ルリは神器級の武器を作る事しか興味ありませんからね。仕方ないと思います。」


 リィムは納得した様な表情でうなずいていた。


「とと、と、取り合えず治療をしてみましょう。ルーリアさん、集中してやりたいので部屋をお借りしますね。」


「好きに使っていいんだよ、後、名前は呼び捨てで良いよ。私もヒジリって呼ぶんだよ。」


 何故かルーリアはヒジリにはよく喋るな。俺達には頷くだけとかの方が多い様な気がする。


「ルーリア、ありがとう! タ、タツミ君。じゃあこっちの部屋で治療しましょう。」


 そう言うとはヒジリは2階に上がった先の最初の部屋へ駆け足で階段を登って手招きしている。俺はゆっくりと階段を上りながら後を追いかけた。




「さて、ではケガした右肘を見せて。」


 そう言うとヒジリは部屋に一台しかないベットに腰をかけて、隣をポンポンと叩いた。え? 椅子とかじゃ無いの? ヒジリを見るとやる気満々の顔だし、変な雰囲気なっても嫌なのでここは素直に指示に従うか。


「ではすまないが頼む。無理に《《あっちの能力》》を使うなよ?」


 念の為にクギを刺しておく。いくら人目の無い部屋でも細心の注意を払うべきだろうし、発言にも気を付けないといけない。


「わ、解っているわ。とと、とりあえず自己治癒強化の付与を試しますね。」


 そう言って俺の右肘に両手を当てて精霊術を使用する。


「しかし、自己治癒強化の付与って全部言うと長いな。何か略称みたいなの付けないか?」


 何かデジャブな発言をした気がするが普通に能力名が長すぎるんだもん。


「そ、そうだね、名前を付けた方が解りやすよね……なな、何か良い名前付けてもらえるかな?」


 ヒジリはこちらに笑顔を向けて来る。少しだが口調の硬さが抜けて来たか? ティル程サバサバした感じじゃないが普通の口調に近くなって来た様な気がする。


「ん~回復術じゃ無いからヒールとかだと変だよな。自分で治すの手助けだから、豊穣ハーベストでどうだ?」


「は、豊穣ハーベスト……フィーリング的にも合ってるね。ありがとう。」


 満足そうな顔をしてくれたので良かった。しかしネーミングする様な能力で良いな。俺の能力なんて基礎的な物しか無いからなぁ……何かこう必殺技みたいな物が無いものかと思ってしまう。


「でも、このケガはやっぱり1年生の夏の時に?」

「ああ、1年の夏に兄さんと稽古してた時にな……って何で知ってるの?」

「え? あ、いや、あの……。」


 ヒジリが顔を真っ赤にして慌てふためいている。この前も俺の勉強の誘いの件とかを知っている様だったし……


「もしかして、俺が気が付いてないだけでどこかで会ったか? 俺って人の顔覚えるのが苦手ですぐに忘れちゃうからさ。」


 もしかしたらとても失礼な事をしているのかもしれないと思って念の為に確認する。するとヒジリは首を大きく横に振って説明する。


「あ、あの、わわ、私、か、体が弱いじゃないですか。高校では文芸部で暇をしてたので、せ、先生に剣道の補助員を大会の度にお願いされて、そそ、その時に自分の学校の試合を見た時にタツミ君を見たんです。」


 確かに剣道の補助員は椅子に座っている事も多いし見てるのがほとんどだから体に負担も無い。内申点で釣られてやる人も多いと聞いている。


「確かに、それで俺の試合を見たのか。でも1年の時なんてインハイ予選しか出てないのによく覚えていたな。」


「だだ、だって、た、タツミ君の剣道がとても綺麗に見えたから。そ、それでとても印象に残っていたの。だだ、だから学校で見かけると、あ、あの人だ。って思ってつい見ちゃってたの。」


 ヒジリは相変わらず顔を赤くしながら俺の剣道を褒めてくれた。普段ならそんな事無いと否定してしまうのだが、何故かヒジリの言葉は素直に受け入れることが出来た。


「ありがとう。そう思って貰えたなら、素直に嬉しいよ。」


 多分、無意識に笑顔になっていただろう。心にわだかまりが無い様にヒジリの言葉が響いたのが自分でも感じる。


「い、いえ。わわ、私も何かに興味を持つほどの衝撃的なモノを見れて良かったです。色んな意味で人生の景色に色が付いた気がしましたから……。」


 そう言うと沈黙が続いた。何だろうこのいかにも青春っていう感じの空気!? 俺はこういうのに慣れていないんだが!? こういう時は何と言って会話を続けたら正解なのだ? 誰か教えてくれ!


「やはり、豊穣ハーベストだけでは無理の様ですね。」


 空気に耐えきれなくなったのはヒジリも同じようだ。そう言うと一瞬だけ力を使ったのが解った。


「こ、これでどうでしょう?」

「お、おい! 体調は大丈夫か?」

「だだ、大丈夫です。あ、ある程度までは治せてましたから。」


 ヒジリの顔色は特に変化も無く大丈夫そうだが……急に使わないで欲しい。どれくらい消耗するのか解らないのだから心配になってしまう。


「ありがとう、今度何か俺をしないといけないな。」


 素直な気持ちを伝えるとヒジリは驚いた表情をした後、すぐに笑顔で返して来た。


「では楽しみにしてますね!」


 そう言ってヒジリは部屋を出て行った。


 そしてしばらくしてから気が付く。しまった! 《《中学時代の話》》も聞いておけばよかった! 確認し損ねた!





「はぁ……つい口がすべちゃった……気を付けないと。」


(私の真剣な気持ちもいつかは必ず伝えないと……そして全部を笑い話として話せる時が来たら良いな。後は《《中学の頃から見てた事はバレてない様》》よね?)


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