3話 初めての実戦
先程から付近に見えてた白い人魂みたいなモノが急に変化し始めるのが見えた。
「ちょうど下位精霊が具現化し始めているわ。」
「ぇ? あれって大丈夫なのか?」
「契約出来なかった精霊が下位精霊として具現化したのよ。全ての精霊が私達みたいに無事に契約できるとは限らないから。」
白い塊が段々と犬型のようなものに変化していく。
「あれって犬か? 精霊って感情で具現化するんだよな? 何で犬の形?」
「多分、精霊界に来た犬から生まれたんだと思う。精霊は基本的に具現化のきっかけになった生物と同じ種族になるからね。」
人間以外も精霊界に来るのか、この犬も可哀想に。
「ちなみに、あの犬の精霊は強い生への執念で具現化してるようだね。契約前にも言ったけど、契約できなかった精霊は自分の存在を維持できなくなると言ったけど覚えてる?」
「言ってたな……。」
「契約できなかった下位精霊は存在エネルギーが無くなって行くから存在を維持するために他の精霊を取り込もうとするの。あ、ちなみに契約できなかった場合は基本的に知性は無いから安心して倒して!」
うん、嫌な予感的中。さっき言っていた実戦訓練ってこれの事かい!
「これは俺が狙われていると言う認識でOK?」
「OK!!」
物凄い笑顔で親指立てるポーズまで見えやがる! こいつ! 説明無しにいきなり実戦だと!? ふざけんな!
「さぁ、もう少しで具現化が終わりそうね。精霊力の使い方を説明するね。」
焦る俺を無視してティルが楽しそうに説明を始めた。絶対に今の俺の感情で楽しんでやがるな……
「精霊力の調整は全部私がやるから安心して。タツミは精霊術を頭でイメージして、それに感情を乗せて放出すれば使えるはずよ。」
「説明がザックリ過ぎんだろ! イメージするは何となく解るが、感情を乗せるってどういう事だよ?」
「感情は感情でしょ? 敵を倒したいとか、もっと早く動きたいとかそう言う簡単なモノで良いのよ。イメージや感情が弱いと精霊術は発動しないからね?」
話しているうちに犬型の精霊がこちらを見据えていたのに気が付く。普通の犬よりも明らかに大きいオオカミの様な造形になっていた。
「くそ! やってみるよ! あれを倒すイメージだろ!」
まだ遠くにいるオオカミ型精霊に向かって右手を広げて火の玉を飛ばすイメージを頭で描く。すると手のひらが熱くなるのを感じた。
そして当たれ! と強く念じて発射のイメージをすると。
ポン……
物凄い小さい火の玉が申し訳ないレベルで出てきてすぐに消えた。
「「…………。」」
沈黙が流れているとオオカミ型精霊が敵意をむき出しにしたまま凄い勢いで走って来た。
「何でだよ!」
俺は叫びながら逃げ出した。大型のオオカミの迫力が半端ない。怖すぎんだろ!
「下手過ぎよ! イメージが弱すぎるのよ! 逆に今の方が『身体強化』がしっかり発動してるよ!」
今の方が発動してる? そう言えば俺ってこんなに足が速くなかったよな? オオカミの速度に負けてない? 怖いとか逃げたいと言う感情で早く走る『身体強化』が発動してるのか!
「イメージしやすいモノか……」
走りながら自分の右手に火の玉を握るイメージすると手が熱くなり、野球ボール位の大きさの火の玉が出来上がった。
そして立ち止まると、オオカミ型精霊の方に向きなおして投げつける。
「当たれぇぇぇ!」
今度は勢いよく火の玉が飛んでいく。イメージをしっかり乗せた玉はホーミング機能が有るかのようにオオカミ型精霊に吸い込まれるように直撃したのだ……が。
「全然効いてない……?」
一瞬だけよろけた位で、オオカミ型精霊はピンピンしていた。そしてまた追いかけられる。
「ちょっ! ティル! 全然効いてませんが!?」
「火の精霊界で生まれた精霊なら相手も火属性に決まってるでしょ? 単純な火球じゃダメージなんて無いわよ……。せめて着弾してからの『爆発』の特性位は付与しないと。後、精霊は精霊力でしかダメージが与えられないから、ただの殴る蹴るは通用しないからね。」
「お前!先にそういう大事なことは言えよ! 絶対に今の状況を楽しんでるだろ!?」
「気のせいよ、状況は楽しんでないよ? 色んな感情が出てきて、そっちが楽しいのは事実だけど。」
こいつ! 頭を思いっきり叩いてやりたい! 精霊とはいえ女の子にこんな感情を持つ日が来るとは思わなかった!!!
気を取り直してもう一度火の玉を作り、当たったら爆発する手榴弾の様なイメージをして再度投げつけた。
火の玉が再びオオカミ型精霊に命中すると、驚くほど勢いよく爆発して跡形もなく消し飛んだのが確認できた。
「爆発の威力だけはそこそこね……何で爆発のイメージだけそんなに上手なの?」
「多分、テレビとかネットで見る機会が有ったからイメージしやすかったんだと思う。」
「ふ~ん、そう言う物なのね。あ、休んでる暇は無いよ。周りに下位精霊が湧いてくるわ。」
周りを見ると、今度は複数体の下位精霊が具現化しつつあった。今度は猫やカラスの様なモノも具現化してる。どれも普通のに比べて相当でかいんだが。
「なぁ、精霊界ってこんなに物騒なの?」
「生まれたばかりの私が普段の精霊界を知ってる訳ないでしょう?」
こういう時に肝心な情報が無いから困る!
「あ、ちなみに具現化しきる前に攻撃しても無駄だからね? 具現化が終わるまでは契約空間として完全に隔離されてるから、外部からの影響は全く受け付けないから。」
「先制攻撃もダメなのか……面倒な世界だなここは……。」
諦めて両手に火球を準備して戦闘開始に備える事にした。
火球で攻撃をしつつ身体強化で逃げながらのヒット&ウェイの戦闘を続けていた。精霊力はティルが供給してくれるからか、いくら使っても威力も精度も落ちない。それよりも俺の肉体の疲労が先に限界を迎えそうだった。
「ティル! 体力の消耗が厳しい。どうにか出来ないか?」
「湧いてくる量は少しづつ減っているようだからあと少し頑張って! もしくはもっと広範囲の攻撃手段をイメージして!」
思考を巡らせてどんなことが出来るかをイメージし直す。広範囲攻撃? 全く想像がつかない! 爆発をこれ以上大きくすれば自分がケガする未来しかイメージ出来ない!
「なぁティル。自分の精霊力で自分がダメージを受けることは有るのか?」
「全く受けない訳じゃないけど軽減はされる筈よ。」
「では、俺が肉体にダメージを受けた場合は治す方法は有るか?」
「普通の肉体なら自然治癒を待つしかないけど、火属性の『身体強化』で『自己治癒力』の強化が有るから治るのは早い筈よ。」
ヤッパリダメージは受けるよな……ん? 身体強化は使えているんだよな? だったら……
「なぁ、『発熱』や『発火』を俺自身に付与することも可能か?」
「可能ね、付与する量にもよるけど『身体強化』で防御力を強化すれば問題なく使えると思うよ。って何を考えてるの!?」
「よし、では試してみますか! このままだと体力切れの方が先に来るのが明白だからな!」
俺は走るのを止めて『身体強化』のイメージをもっと強くする。
固くどんな攻撃も防ぐイメージを。そして、両手を握って拳に『発火』と『発熱』をイメージする。
「まさか…走るのは止めて真正面から防御強化して殴り合うの!? 確かに精霊力は余裕あるから無駄に体力を使わないのはこの戦い方だけど……」
「素手で殴るのは専門外だけど剣道部で鍛えた反射神経を見せてやる!」
そして最初に向かってきた猫型精霊……いや、もはやトラ型か? 振りかぶって来た爪を掻い潜って正面から殴りつけ、インパクトの瞬間に相手に『爆発』を付与する。
次の瞬間、大きな爆発音と共にトラ型精霊が爆散した。
至近距離の爆発なのでこちらも被害が有るが『防御力強化』でダメージを抑えて『自己治癒強化』すぐに傷を治す。
「よし、思った通り拳に付与すると直接殴れるな!」
「確かに、肉体的な攻撃は通用しないと言ったけど……もっと別の広範囲精霊術でまとめて一掃するとか思わなかったの?」
「そもそも広範囲精霊術なんてイメージ出来るわけ無いだろうが! 見た事も無いものを具体的にイメージするってどんな天才だよ!」
文句を言いつつ次々と襲い掛かってくる下位精霊を殴って爆散させていく。
オオカミ型やトラ型は所詮知能が無いせいか直線的な動きだったので、被弾覚悟で踏み込んで殴りつけた。多少のケガはすぐに治ったし、当たってもそこまでのダメージは受けなかった。
面倒だったのは鳥型だ、こいつは素早くて殴るのが困難な上に圧倒的に数が多い。突撃してきた時につかんで爆破していたが、最後の方はつかむ時に指先でも触れれば爆発は付与できると解ったので、ほぼビンタの要領で撃ち落としながら爆発させた。
地道に指先が一番痛かったのはお約束である。
暫くすると見渡す範囲全ての下位精霊が消え去った。
「ティル、どうだ? 敵の反応は有るか?」
「下位精霊の反応は全部無くなったね。お疲れ様。」
その言葉を聞いて俺はその場にへたり込む。流石に最初からハード過ぎだろう。
「しかし、タツミって精霊力の使い方が上手いのか下手なのか全く解らないわ……」
「いやいや、最初の方はお前が悪いんじゃね? ちゃんと説明しろよ!? 自分の常識は他人の非常識と言うだろうが!」
「この場合だと、精霊の常識は人の非常識が正しいと思うんだけど。」
「いや、そんな冷静なツッコみ要らないから!お前最初から最後まで楽しんでやがるな!」
感情の共有化でこいつの感情は全部伝わってくるのだが、こっちが焦っている時も必死こいている時も常に楽しそうなのだ! こっちは死ぬかもと思っていたのに!
「だって、これ位じゃ全然大丈夫って解ってるのに焦る必要ないじゃない? それにタツミの感情が色々伝わって楽しかったんだもん。」
「ん? まて、これ位、全然……大丈夫……だと……?」
「だって、私達契約完了したから私は上位精霊に進化してるんだよ? 流石に下位精霊が致命傷を与えられる訳ないじゃん。同化中のタツミもそれに準ずる訳だしね。」
「それって、精霊の常識?」
俺はわなわな震えながらティルに問いただす。
「そして人の非常識!」
「親指立ててドヤ顔するのをやめろぉぉぉぉ!」
辺りに俺の怒りの絶叫が虚しくこだました。