2話 精霊と人間
「貴方は……私?」
「いいえ、私は貴方の強い感情から生まれた精霊よ。貴方の彼と生きたいと言う感情から具現化した精霊。」
「貴方と契約したとして、彼を助けてくれるの?」
「残念ながら、彼は精霊を具現化する程の素質が無いようね。感情が弱い人間は精霊を具現化できないし、精霊界で意識を戻すことも難しいかな。」
「では私は貴方に半分の名前を付けるわ。残り半分は彼から付けてもらって。そうすれば私も彼も生き延びれるでしょう?」
「貴方がそう望むならやってみるわ。でも貴方も精霊界には慣れてないので下手すると死んじゃうわよ? ってこれは一体?」
「説明している時間は無いようだから、彼を起こして契約して。」
「後、彼には私の事は絶対に秘密にして。自分で全部話したいから……、約束よ。」
「解ったわ絶対に秘密にする。彼との再会の時の楽しみだものね。」
「後はお願い……彼を守って……」
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不思議な夢を見た。誰かが話しているのだが全く知らない声だ……とても悲しそうだが同時に希望に満ちた強い意志を感じる声だった。コレは一体……?
不思議に思っていると目が覚めた。体を起こして辺りを見回すが……見慣れない荒野が広がっている。
木々は少ないし緑も少ない。乾いた空気が頬を撫でるのを感じる。そして不自然な人魂みたいな白い玉が、まばらに浮いているのが見えた。
空を見上げると太陽みたいなものが照りつけて暑い。しかし不思議と汗も出てないし喉も乾くような感じは無かった。
「さっきのは夢? やっぱり死後の世界か?」
「だから、ここは火の精霊界と言ったじゃない。」
つぶやくと同時に頭の中で声が響いた。同時に呆れた顔をしたティルレートの顔が頭に勝手に浮かんできたのだった。
「ぇ? どこから話しかけられた?」
まさかと思い辺りを見回すが誰もいない。頭に直接声が響いた?
「今はあなたの体に同化して精霊力を調整しているの、そんなに困惑しないでくれる?」
「ん? 同化……だと?どういう事だ?」
「前に話した通り、人間は精霊界では行動できないから精霊が内部から調整することで体の負荷を無くすようにしているのよ。」
「つまり、俺が死なない様に中から補助してるって事か? 夢じゃ無かったのか……」
自分の置かれている現状を再確認する。本当に周りに人も建物もない。夢じゃ無いと言う現実を突きつけられた。これからどうすればよいのだろう? 漠然とした不安が襲ってきた。
「とりあえず、私が居るからそんなに不安にならないでもらって良いかしら? 不安の感情は美味くないんだから……」
舌を出したティルレートの表情が浮かぶと同時に物凄く不満そうな声が聞こえる。
「何? 感情って美味い不味いあるの? やっぱ食ってない? 気のせい? それに心も読まれてるのか? さっきからティルレートの顔が勝手に浮かんでくるんだがこれは一体?」
「感情が共有されているだけで考えている事までは分からないよ。私の顔が浮かぶのは感情の共有化によるものかな? 私の強い感情も貴方に伝わる筈よ。」
流石に考えた事までは伝わらないらしいと聞いて一安心する。流石にそんな環境は嫌だからな。
「美味しい不味いは比喩表現だけど。分かり易く言うと精霊が植物なら成長の元になる感情は水のような物ね。植物だって良い水が欲しいじゃない! あ、ちなみに味覚は精霊ごとに好みが違うからね! 契約者の心が良いと思う感情が美味しくて、不快な感情は基本的に不味いからね。」
要するに、俺が不快な感情はティルレートも不快だと言う事か。
「で、ティルレートの……てか長いな……そのうち噛みそうだな。」
「自分で付けておいて言う!? 酷くない!?」
物凄い怒られた。顔を真っ赤にして怒ってる。そりゃ名前を付けたのに、早々に当の本人から長すぎると言われたら誰でも文句はつけたくなるだろう。
「ほら、あだ名と言うか愛称で呼ぼうかなと。一応ほら契約者だし! その方が特別感がないか?」
「なんか誤魔化しの感情しか感じないけど……わかったわよ。」
頭の中に頬を膨らませて拗ねているティルレートの顔が浮かんでくる。リアルに表情が伝わってくるので面と向かって話している感覚になるのが不思議だ。
「では、ティルで良いか? 呼びやすいし可愛らしいだろ?」
「何のひねりも無い……まぁ良いけど、可愛いは絶対本心じゃ無かったわよね?」
まぁ感情が共有化されているから嘘ついてもすぐにバレるんですけどね! 気にしたら負け!
「そう言えばあなたの名前は何? いい加減に教えて貰って良いかしら?」
「確かに名乗って無かったな、俺は工藤 辰巳。辰年と巳年の切り替わる時に生まれたから辰巳だそうだ。」
名乗りながら自分の名前の由来も軽く説明するが……干支とか知ってる訳ないか。
「なるほど、干支からね。ではこれからはタツミと呼ぶね?」
「おい、何で干支なんて知ってるんだ? 前に生まれたばかりだからとか言ってなかったっけ? 後、同化してると言ったが具体的にどうなってるんだ?」
「同化については何と言うか完全に隙間と隙間を精霊力がぶつからない様に重なっていると言った方が正しいかな? つまり溶け合って同化してるのではなく噛み合わさっている様なものね。」
「噛み合わさっている?」
「つまり、組木細工の様なもので今の私達は組み合わさって一つの物になっているの。なので分解すればお互い別々の元の姿に戻るわ。コーヒーとミルクの様に混ぜると分離できない状態では無いと言う事だから安心して。」
良く解らないが納得しておこう。分離も出来ると言う事らしいので、多分深刻な問題にはならないだろう。むしろ別の疑問が湧いてきて質問をしてみる。
「何で組木細工とかコーヒーとか人間界の知識が有るんだ? さっきの説明だと精霊としての生存本能的知識しか知らないと言ってなかったか?」
「ああ、それは同化の際にタツミの無意識の表層に触れたからね。感情の共有化のオマケみたいなものよ。」
「また難しい単語が出た……どういう事?」
「要するに、タツミの中の無意識にやっている常識的な行動とか、一般的な知識を共有できると言う事ね。あくまで表面的な物なので深層心理的な所までは解らないけどね。」
微妙にドヤ顔のティルの顔が浮かんでくる。まぁ、いちいち人間の常識を教えなくて済むという事は助かるから良いのだが。
「一応聞くけど、精霊として知ってる事を教えてくれないか? 俺の方の簡単な知識を手に入れたならお互いの違いは分かる筈だろう?」
「精霊と人間の大きな違いは精霊は物理的な肉体を持たないわ。あくまで自然エネルギーの結晶体と思って。」
肉体は無い? 精神生命体みたいのものか? よくあるファンタジーのお約束の設定だな。
「後、先程も言ったけど人間の感情が精霊の栄養源になるの。精霊としての成長する為には契約者の感情をもらい続ける必要があるわ。」
「さっきの植物の例えで言うと、同化さえしていれば観葉植物を育てているような感じか? あれって特に世話も要らないし楽だよな。」
「世話が要らないという部分は否定するからね! 放置は駄目! 会話も貴重な感情源だから! 私が困るから!!!」
ティルがふくれっ面の涙目で訴えかけてきた。いや、流石に放置なんてしませんよ? むしろ俺の方が知らない世界で放置されたら不安になってしまう。
「放置はしないから安心しろ、むしろ居ないと困るのは俺の方なんだから……。後は何か有るか?」
「後は、この世界は精霊力に満ちているので、人間でも常時エネルギーが補給されるので飲まず食わずで活動が可能ね。ただし、肉体の疲労は有るので睡眠はとらないと体を壊すのでちゃんと休んでね。」
「精霊力ってよく解らんな……ずっと点滴をうたれている様なものか? で、その量をティルが調整してくれているという感じかな?」
「そうね、その考え方で大丈夫! 後は練習して自分で精霊力の調整が出来るようになれば単独で行動が出来るようになるから、まずはそこを目指しましょう。」
「つまり、少しづつ水圧に体を慣らしていくような感じと思えばいいのか?」
「その考えで大丈夫。後は……精霊力の行使の仕方かな。」
「精霊力の行使?」
「そう、契約主は契約した精霊の属性の力を行使することが出来るの! 私は火の精霊なのでそれに属する精霊術が使えるわ。」
うん、何かすっごいドヤ顔のティルが頭に浮かんでくる。
「火属性だとどんな精霊力が使えるんだ?」
「火属性の能力は『発火』、『発熱」、『爆発』、『身体強化』が主な能力になるわ。基本的な能力しか無いから扱い方もシンプルよ。」
「発火や発熱、爆発は何となく解るが、何で身体強化?」
「火は熱エネルギーの特性を持つからよ。寒いと動けなくなるでしょ? 逆に適温になると運動しやすくなるのと一緒よ。」
なるほど、確かに寒いと動きは鈍くなるからな。
「さて、では実戦しながら練習しますか!」
「ぇ?実戦?」
ティルの物凄く不敵な笑みが見えて、俺は不安に襲われたのだった。