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第18話 私の名前は?

 眠るとたまに昔の夢を見ます。


 思い出したくないモノも多いのに夢とは何でこうも思い出させる様に見てしまうのでしょうか? もうどれ位経ったか思い出せない程の昔の事なのに。




「おい!いつまで寝てるんだ!さっさと起きて水を汲んで来い!」


 木の引き戸が勢いよく開けられると同時に朝の日差しと共に男の大きな声で起こされました。


 同時に体を蹴り上げられて木造の壁にぶつかります。衝撃で肺の空気が押し出されるのを感じ、呼吸をしようと試みるが上手く空気が入って行きません。


「はい…、すぐに……行きます。」


 私は何とか声を出して立ち上がり、急いで土間に降りて外への戸を開ける。表に出て水瓶の横に置いてある桶をもって山道を駆けて湖に水を汲みに行きます。急がないともっと酷いことが起きるのを知っているからです。


 これが私の毎朝の日課だ。今日は起きるのが遅れたせいで余計なケガが増えてしまいました。明日は早く起きないと。


「本当に、《《アレ》》は使えねぇな。仕方なく面倒を見てやってると言うのに。」


 先程まで居た茅葺屋根かやぶきやねの家から男の声がしました。一応私を育ててくれている人です。


 面倒を見てるとは言いましたが1日の食事は全然足りなく、水汲みや洗濯、柴刈りで山や川に行くときに隠れて木の実を取ったり、魚や昆虫等を焼いて食べるのが日課でした。


 しかし食事はともかく、ここは寒冷地です。夏はまだしも冬は野宿しようものなら確実に凍死してしまう。凍死しない寝床が有るだけまだマシでした。


 一度、秋に木の実が豊作の時に食べ過ぎて少し血色が良くなった時期が有ったのですが、その際はバレて酷い目に遭わされてしまいました。


「隠れて何を食っている、贅沢をするなんて世話してもらっている分際で!」


 と食事をしばらく貰えず部屋に水だけで数日軟禁されて大変な事になった事もあります。それ以来、食べるものは必要最低限にして、後は冬に備えて隠したりして保管する事にしました。


 とにかく、生きるのに必死だったのは覚えています。




「アンタ、《《アレ》》ももうすぐ16歳だ、やっと世話が終わるねぇ。」


 男の妻の声が聞こえた。そうか、私はもうすぐ16歳になるのか。年月の進みが灰色の様な感覚で過ぎてゆきます。


 私の両親は私がまだ3歳位の時に雪崩に巻き込まれて亡くなったらしい。運よく先程の父方の弟夫婦に一時的に預けられていた私だけが生き残ったのです。


 あの夫婦は世間体が有るから最低限の世話をしているだけと言っていました。それにこの集落には数年に一度、山神様に生贄を捧げる風習が有ります。


 身寄りの無い子供は格好のターゲットです。なのであの夫婦は私を生かさず殺さずに生かしているのだと知っています。逃げ出さない様に食事の量も調節しているのでしょう。


「今年の冬で全て終わる……。」


 やっと解放されると言う思いでつぶやく。


 何から解放されるのだろうか?

 この暴力の恐怖から?

 飢えと共に生きる毎日から? 

 それとも希望の無い未来から?

 苦痛を感じるこの肉体から?

 解放されると心も体も楽になるのだろうか?

 楽になるとは何だろう?


 自問自答しますが答えは出ません。


 そもそも死後の世界が有るなら私は天国に行くのでしょうか? それとも地獄? 良い事をした記憶は無いし、人に悪い事をした記憶も無いです。ただ生きていく為に色んな生物を食べた事位でしょうか?


 魚や昆虫たちも私に命を奪われているのだ、私も誰かに命を奪われる。それも運命なのだろう。そう自然に考えていました。



 そうして最後の冬を迎えました。


 誕生日の3日程前に夫婦から生贄の件を聞かされた。知っていたのでさして動揺もしませんでした。この時ばかりは夫婦は上機嫌でした。


 話の後は穢れを払うためと神社に移動して清めの儀式の祭壇に飲まず食わずで3日程軟禁すると言われました。最後は穢れを持ち込ませないために断食とか面倒な作業が有るものです。どうせ殺すなら楽に死なせて欲しいです。


 そして私の誕生日。

 その日は雪が夜まで激しく吹雪いていた。


 お腹も空いて喉もカラカラです。入り込んだ雪を手で溶かして少しは水を飲めましたが、早くこんな世の中とさようならをしたい。そんな事を思っていると夜になって私は神輿みたいな物に乗せられて山へと運ばれました。


「よし、ここで大丈夫だ。俺達も早く戻るぞ。この猛吹雪で生贄を運んで遭難するなんて洒落にもならんからな。」


 生贄の祭壇に私は運ばれたのですが、移動中の時点で既に寒くて手足の感覚がありません。置かれてすぐに顔が雪に包まれました。


 猛吹雪が誕生日プレゼントとは神様が居るんだとしたら粋な計らいです。ダラダラと苦しんで死ぬよりすごく楽ですから。


 ああ…眠くなってきたな……、これが『死』なのか…? 思ったより苦しくないな……。






 ふと気が付くと私はいつの間にか真っ白の世界に居た。

 これは夢の世界? 死後の世界? 何だかとても暖かい……


「……い……」


 何処からか声が聞こえる。誰だろう。優しい声だ。


「まだ…いき……さい。」


 段々とハッキリと聞こえて来る。聞いた事が有るが思い出せない声だ。


「まだ死なないで……」


 温かい声が頭に響く、そしてハッキリとその声を聞いた。


「まだ死なないで、生きたいと願いなさい。貴方は望まれて、幸せになる為に生まれて来たのだから。」


 二人の声だった。そして何故かその声の主を本能的に理解した。


「父さん!? 母さん!?」


 何もない空間に私は身を起こす。周りを見渡すが、しかし誰も居ない。


「願いなさい、強い願いが貴方を生かしてくれる。」


 父と母の声が聞こえた気がした。

 胸の奥が熱くなるのを感じる。

 そして思い出した強い私の願い。

 私がずっと欲しいモノを思い出す。

 そしてずっと思い続けて溜め込んでいた激情を虚空の空間にぶつける。


「私は本当の『家族』が欲しい! 楽しくて暖かい、辛い事や悲しい事も全てを分け合える作り物なんかじゃない、本当の『家族』を私に下さい!」


 そう叫ぶと私は泣いていました。いつ以来でしょう、枯れたと思っていましたがこんな感情が自分の中にまだ生きていたのです。


 次の瞬間、白い空間の中に一人の少女が現れた。いや、それは《《私》》でした。


「初めまして、私に名前を。」


 無表情で淡々と話してくる私が居る。髪は綺麗な白金色で瞳は水色だ。私が見とれてボーっとしていると、もう一人の私が再び声を掛ける。」


「私に名前を。そしてお前の名前を教えろ。」

「私の名前……?」


 そうだ、私は《《アレ》》とか《《オマエ》》としか呼ばれてないので自分の名前を知らないのだ。


「私の名前……ゴメン、解らない。」

「そうか、では今ここで決めよう。」


 この子は何を言っているのだろう?

 名前を決める?

 私の名前を私で決める?

 それは違う、それだけは絶対違う。

 そう思った瞬間、私は激情に任せて叫んでいた。


「今? ここで? 名前なんて決められないよ。だって本当の名前が有る筈なんだもん!お父さんとお母さんが私にくれた最初の贈り物を勝手に変えられるわけ無いじゃない!!!」


 そう、ずっと思っていた事だった。名前とは親からの最初で一生物の最高の贈り物なのだ。あの夫婦は知っていた筈だが絶対に教えてくれなかった。


「では、聞いて見ろ。先程からお前の周りに二つの思念がいる。多分その二人は知っている。」


「二人の思念……?」


 そう言われて周りを見渡すが私には見えない。でも先程聞こえた声を考えると近くに今居るのだろうか? やっぱりここは天国か何かなのだろうか?


「ギリギリ思念が残っている状態。早く聞いた方が良い。」


 そう言われて、微かな希望をもって見えないが声を掛けてみる。


「お父さん、お母さん? 居るの? 居るなら私の名前を教えて?」


 そして耳を澄ます、しばしの沈黙の後にうっすらと、でも確かに聞こえて来た。


「リィム。名前はリィムだよ。」


 二人の声が聞こえて来る、そして聞こえた自分の名前を心の中で何度も繰り返す。心が何かで満たされていくのを感じる。今、初めて自分と言うものが生まれたような気さえした。


「ありがとう……最高の贈り物だよ。」


 自分の名前を確認する。そして涙を拭いてもう一人の私と向き合う。


「貴方は私の望みから生まれたの?」

「正確には、私はお前の強い感情から生まれた。家族が欲しいと言う感情に対して私は具現化した精霊。」


「私の感情から具現化した……精霊?」

「詳しい事は名前を付けたら全部話す。」


 淡々ともう一人の私は話す。表情も感情も無い。昨日までの自分はこんな感じだったのだろうと思ってしまう。


「解ったわ、私の名前はリィム! あなたの名前は……白金色はっきんいろの髪をしているからハッキネンでどう?」


「最初の部分しか被ってない。でも良い名前。リィム、今後ともよろしく。」

「こちらこそ、家族として宜しくね!ハッキネン!」


 私は相変わらず淡々としているハッキネンに上手く出来ているか解らない笑顔を向ける。


「家族として? 契約者としてではなく?」


 ハッキネンが小首をかしげます。


「だって、貴方は私の家族が欲しいと言う感情で具現化したと言ってたでしょ? だったら家族じゃない?」


「家族と言うものが私は解らない。」


 ハッキネンが困惑してますけど……私だって本当の家族と言うものが解らないから手探りです。


「取り合えず、一度同化する。リィムが見ないといけないモノが有る気がする。」


 急にそう言うとハッキネンは私の手を掴む。そして淡い光が溢れて来たかと思うと、無数の氷の粒に変わり私の中に消えて行きました。


「ぇ? ハッキネン!? どこ?」


 私が困惑しているとハッキネンの声が頭に響く。


「リィムの中だ、それよりも後ろを。」


 混乱しつつも後ろを見ると、そこには二つの人影が有りました。そしてその人影が誰なのかすぐに悟りました。


「リィム、大きくなったな。まさかお前までこちらに来るとは。」

「精霊界に来てしまったのは残念かもしれないけど、最後にあなたに会えてよかったわ。」


「お父さん、お母さん!」


 私は急いで二人に駆け寄り抱きしめようとした、だが私の腕は二人をすり抜けてしまった。


「残念だがもう時間の様だ、私たちは既に精霊界に取り込まれているんだ。」

「偶然にリィムがこちらの世界に飛ばされた時に精霊力が濃くなって、一時的に消えかけていた私達の残留思念だけが具現化したの。」


「偶然? 一時的に?」


「もうすぐ私達は再び精霊界に取り込まれる、最後に会えて良かった。」

「さようなら、愛してるわ。私達のリィム。」


 そう言うと二人はゆっくりと霧散していった。


 どんな奇跡的な偶然なのだろうか、もし神様が居るとしたら今回ばかりは感謝しようと思う。大切な忘れ物を届けてくれたのだから。


「今回は凄い偶然に会えたって事なのかな?」


 ハッキネンに問いかけてみる。


「他の精霊に聞けば分かるかも。私はまだ知識不足。」


 相変わらず淡々としている。でも何となくわかる。ハッキネンはもう一人の私だ。昨日までの全てに絶望を抱えて、感情や表情の出し方が解らないで戸惑っていた私なのだ。


 でも今は違う。

 無くしたモノを取り戻した。

 忘れてた愛情を確認した。

 私は今から変わるんだ。


 そう、ハッキネンと言う新しい家族と前を向いて生きていくんだ!


「でも、リィムの今の感情はとても心地良い。この感情が家族?」

「そうだね、家族ってこう暖かいんだと思う。」

「家族……悪くない。」


 ハッキネンが随分と穏やかな優しい顔をしているのが解ります。


「これからは家族して宜しくね!ハッキネン!」


 ハッキネンがぎこちない笑顔を頷くのが見えた。そして私の心も生まれて初めて感じる幸福感と満足感で満たされたのでした。


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