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第16話 辰巳の現実

「辰巳、そろそろ大会だろう。少し稽古をつけてやるよ。」



 この夢は……中学2年の時のか? 最近よく謎な夢を見るな。



「相変わらず軸が弱いな。簡単に崩せてしまう。それじゃダメだ。」


「兄さんが異常なんだよ、俺は全国レベルの選手じゃないんだから。」


「何を言ってるんだ、お前は素質が有るんだから後はそれを開花させるだけだ。俺が強くなるって保証してやる!」


 そうやって俺を励ますが、全国優勝常連の兄さんに言われても説得力が無い。


「お前は素振りだけなら俺よりも必死に毎日やっていただろう? だったら自分がやって来た練習を信じろ。」


「素振りだけだよ、結局俺はまっすぐ攻めるしか能が無いし。」


 そうだ、兄さんの様な芸術的な動きをしたいのだが自分には出来ない。


「まぁ、お前は相手との駆け引きが下手過ぎるからな。もっと相手の呼吸、目線、心理を読まないと……。そうだ、1個だけ良い技を教えてやる。むしろこれは俺よりもお前向きだ。」


 お互いに面を打ち合うと次の瞬間、俺の竹刀は兄の真っ直ぐな剣閃に押し負けて竹刀の軌道が逸れる。そして兄の竹刀が俺の面に吸い込まれるように当たる。


「今のが『切り落とし』って技だ。簡単に言うなら相手よりただ真っ直ぐ力強く撃ち抜くだけだ。相手の竹刀に沿って流すと言う払い技の1種でもあるが。」


「切り落としね……、兄さんだから出来るのであって、俺が出来る訳……。」


 兄さんは天才だ、だから出来るのだ。俺は努力しても一生そこには辿り着けないと解っている。


「やる前から出来ないとか言うな。俺だって最初から全部できた訳じゃない。全部練習と努力を繰り返して身に付けたものだ。簡単に才能とか天才とかと言う言葉で片づけるんじゃない!」


 確かに兄は努力家でも有るが、凡人からしたらその努力で超えられる壁の高さが違うのが才能だと思っている。だから天才にはこの言葉は響かないのも知っている。


「解ったよ、練習してみるよ。」


「そうだ! よし、次の大会までには出来る様に特訓だ! あれだけ真面目に素振りを毎日してたんだ、絶対に出来る筈だ。」



 その結果、形だけでも出来る様になり、先生に褒められたのを覚えている。


 

 「愚直に自分を信じて鍛え抜かれた良い剣筋だ。お前の生き方の様だな。」


 先生はいつも朝の自主練や稽古後の居残りで素振りをしていた俺を見ていたそうだ。だからこの一直線に迷わず打ち込んでいくスタイルを俺の生き方の様だと言った。


 俺からすると素振りは嫌な事を考えたくなくてやっていただけだ。


 今日は何故こう出来なかった。どうやったら兄さんの様な足運びや竹刀の動かし方が出来るのかと言った事を考えたく無いからやっていただけだ。


 昔から理想像を見過ぎたせいか、理想の追い付かない自分が嫌になる。どんなに頑張っても追い付けない。




 そして中総体の後、先生が一言俺に声を掛けて来た。


「今日のお前の試合を見て、観客で感動してた奴がいたぞ。もっと自信を持て!」


 俺の試合を見て感動? 誰だ? そんな物好きな奴は。それに俺の剣道は人を感動させるような物じゃない。兄さんとは違うんだ。


 現実を知って絶望したんだ。今辞めてしまうと今まで自分を全部否定する気持ちになるから辞められなかっただけだ。先生も勘違いしている。辞めたいのに辞められないだけだ。



 俺はただ中途半端なだけだ……



――――――――――――――――――――――――――――――




「起きろ! ポンコツ!」


 リィムの声で目が覚めると同時に体中が恐ろしい倦怠感に襲われた。上下左右も解らないような気持ち悪さだ。俺の上に倒れているリィムと地面の感触だけが感じられると言ったところだ。


 さっきまでの悪夢と相まって気分は色んな意味ですこぶる悪い。しかし現状把握を急がなければ命に関わる事態と言う事も思い出した。


「状況は? ミノタウロスは何処に?」

「居ない、落下の際に違う地点に落ちたのだろう。」


 ミノタウロスが居ないと言う事を聞いてひとまず安心する。そして強引に体を起こすと、上に倒れていたリィムが力無くゴロゴロと転がるように俺の上から転がった。


「動けない精霊に酷い仕打ちだ、鬼畜と呼べばいいか?」

「今のは不可抗力だろ、って動けないって怪我したのか?」


 立ち上がる事も出来ないので、這うようにリィムの方に近づいて確認するが大きな怪我は見受けられない。


「怪我ではない。ここの精霊力が濃過ぎるせいで体が動けない。」


 そう言われて周りを確認すると明らかに1層よりも蓄霊石の光り方が異常に明るい。


「恐らくこの光り方はここは4~5層、私が過去に見た3層よりも光が強い。」

「道理で倦怠感が凄いわけだ。」


 そう言うと俺も酷い目眩で平衡感覚が無くなり十字になるようにリィムに倒れ込んでしまった。少し「ぐぇ」っと言う声が聞こえたのに罪悪感を覚えた。


「重い、鬼畜。動けないとなると二人とも共倒れか。」


「相変わらずの毒舌ありがとう。でも、もう感覚が無くなって来てる……死ぬのか……。」


 冷静にリィムが言ってくるが俺の方はもう完全に感覚が狂っており、声が聞こえる位で他はすべて朦朧としている。


 死ぬのかと思ったら、ふとリィムのフルネームを知らない事を思い出す。死ぬ時にそばに居る人の名前を知らないのも気持ちが悪いなと思ってしまった。


「そう言えばリィムのフルネームってまだ聞いた事無かったな。苗字は何て言うんだ?」


 死ぬ間際まで一緒にいた人の名前くらいは知っておきたいよな。そう思って聞くと、リィムはヤレヤレと言ったいつもの口調で話してくる。


「そう言えば名乗って無かった、私はリィム=ハッキネン。これが冥途の土産と言うやつか?」


 最後まで毒舌で言って来る。らしいと言えばらしいなと思って笑いが込み上げて来るのが解った。


「リィム=ハッキネンか、死後の世界が有ったらヨロシクな。」


 皮肉交じりに言うとリィムも同じく返してくる。


「そうだな、そんなものが有るならよろしく頼む。」


 そう言うと次の瞬間、謎の現象が起こり始めた。リィムから淡い光が出て来たのだ。そして光は無数の氷の粒に変化して俺の中に流れ込んでくるのが解った。




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