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第14話 聖の回想

 これは私の出会いとも言えない、それは一方的にこちらが知っただけの時のお話です。


 私の名前は『火神かがみ ひじり』、タツミ君と同じ高校に通っている高校2年です。


 私は生まれつきの先天性心疾患を診断されて激しい運動や心臓に負担をかける行動が止められていました。しかし成長するにつれて服薬で症状が安定したので普通の生活には支障は有りません。


 しかし病弱だった幼少期の影響か一緒に運動して遊ぶと言う事が無かった事や、周囲の人もまるで腫物を扱う雰囲気になった結果、私はいわゆる「ぼっち」になりました。


 家族には平然を装いますが、いつも自分の生まれた体や周囲の環境に不満の感情を募らせていました。もっと違う人生が有ったんじゃないかと。


 自分から変わろうとしない子供が与えられるのを待って駄々をこねているだけ……今ならそう思えますが、あの当時の私は一人で悲劇のヒロインの様な思考をしていました。


 そんな表には出さない、後ろ向きな感情を変えるキッカケがその出会いでした。




 あれは忘れもしない中学2年の初夏、文化部だった私は中総体の応援に強制で行くように言われたので、仕方なく室内競技で声を出して応援しなくて良いと言う事で剣道部の応援に行く事になりました。


 向かう際のバスの中は剣道部の面子(もちろん男子のみ)に防具特有の臭いが車内の熱とバスの風によってほんのり臭って、少し選択を間違えたと後悔した記憶が有ります。



 そして大会が始まり、選手達が背筋を正したキレイな礼をして試合が始まります。静寂の後の気合と打撃を瞬時に切り替えて戦う様子は何とも言えない緊張感が伝わって来ました。


 真面目に見ていると顧問の先生が声を掛けて来たのでした。多分私の体調を見るのも兼ねていたとは思います。


 何となく見ていても分からなかった1本の基準等を質問して、より面白く見てみようと思ったのは覚えています。そしてその際に先生から興味深い話を言われました。


 


「剣道で勝った時にガッツポーズをするとどうなると思う?」


「ぇ? 別に普通じゃ無いのですか?」


「一本取り消しで、その場で退場処分だ。」


「退場処分なのですか? 勝ったのに?」


 かなり意外な返答に驚きました。勝ったのに反則負けなのですか?


「剣道は剣術じゃない。人殺しの剣術ならそれでも問題無いだろう。だが剣道の『道』は人間形成の道だ。勝ち負けにこだわらず周りに感謝しなさい、と言う考えだ。礼に始まり礼に終わるだな。」


「でも他のスポーツでも一緒じゃないですか?」


「いいか? 剣道の『道』は人間形成の道だ。『道』とは相手に勝つのでなく、自分に勝つのが最終目的だ、相手はその手助けをしてくれる仲間だ。ともに切磋琢磨する相手への敬意と感謝が無ければそれはただの自己満足だ。」


「相手にではなく、自分に勝つなんですね。」


 奥が深いと思った、自分の生まれつきの体や性格の嫌な面ばかりを考えて相手を妬んでいた自分の心にこの言葉はトゲの様に突き刺さりました。


「ほら、あいつの試合を見てみろ。あいつの剣道は本当にそう言う剣道だ。」


 先生が指さす方向を見ると試合が始まろうとしていました。この試合が私のこの後の行動を決めたと言っても過言では有りません。



 審判が合図すると二人が立ち上がり気合の入った声を上げます。ここまではどれも一緒でしたが違ったのはこの後の瞬間でした。


「「メェェェェンーーー!!!」」


 相手の選手が動いた瞬間に、もう一人の竹刀がそれに合わせて振りました。そして美しい剣閃で相手の竹刀の軌道を撫でる様に弾きながら相手の面へと綺麗に吸い込まれていくのでした。


 素人の私が見ても美しい剣筋だと言う事が解った。まさに一瞬の花火のような美しさがそこに有ったのです。


 私は無意識で拍手を送っていた、ある一種の芸術を鑑賞したような心地でした。


「あれは切り落としと言う技術だ。相手の竹刀の横腹をなぞる様にしながら振り下ろす事で相手の竹刀は剣筋が逸れてこちらの竹刀だけが当たる。説明は簡単だが実際にやるには相当な練習が必要だ。まさに愚直に真っ直ぐに練習を続けた結果だな。」


 先生が説明してくれたのですが、私はすでに彼に見惚れていた。


 一筋の生き方を貫いてまっすぐ進むと言う姿を見た気がしたのです。その剣閃はまるで彼の生き方を体現しているように感じたのでした。


 フェイントも探りも無い純粋な一撃。まるで「言い訳などするな! 真っ直ぐ向かっていけ!」と言わんばかりの情熱を感じました。


 私は俄然と彼に興味が湧いたのです。もしかしたらこれが一目惚れと言うやつでしょうか? そうだとしたら面白です。普通は見た目や性格等から恋は始まるのでしょうが、私は彼の試合に魅了されたのでした。


 誤魔化しなど一切ない純粋な一撃を見て、私も言い訳などせずに今出来る事を全力で生きなければと、不思議な感情が湧いて来たのです。こう、何と言うか素晴らしい物を見た後に湧き上がる感情と言うのでしょうか? 


 あんな風になりたい! とにかく自分も頑張らなければ! 今までの自分を反省し生き方を変えてみよう! そう言った感情を与えてくれる物を見た気がしたのです。



 同じ学校の生徒なのはすぐに解ったのですが、どんな顔なんだろうと試合終わって面を脱ぐところをじっと見つめます。


 現れた素顔は剣道部らしいスポーツ刈りで、若干目つきが鋭かったですが、まぶたが二重のせいでそんなに怖い雰囲気は有りませんでした。


 むしろ仲間と笑顔で語り合っている顔はとても優しそうです。


 彼の剣道はどんな練習や稽古をして得た技術なのでしょうか? 人を魅了する、いや少なくとも私は感動すら覚えた人はどんな人なのでしょう。


 生まれて初めて特定の人と話をしたいと言う感情が溢れて来ました。この前を向いて生きると言う感情を剣だけで私にくれた人と話してみたい。



 そして自分で言うのも恥ずかしいのですが、次の日から私のストーカーまがいの行動が始まりました。


 翌日からまずは昼休みに彼のいる教室を探してクラス名簿で彼の名前を調べます。「工藤 辰巳」君と分かりました。


 偶然をよそって声を掛けてみようと思ったのですが……きっかけが無い事に気が付きました。この前の試合を見て一目惚れしましたとか言ったら変人扱いです!


 悶々としていると、ある事に気が付きました。そもそも彼女が居るかもしれないじゃないですか! まずはそれを調べてからです!


 そして散歩のふりをしながら校内を歩き回り、彼の日常を調べました。結果として解ったのは彼は「フラグ・クラッシャー」だったのです。


 とある女子が屋上に呼び出して告白をしようとしたら、タツミ君は急にお兄さんの話題に切り替えたと思ったらそのまま去って行きました。その時に『俺に告白が来る訳無いんだよ』と言っていたのが聞こえました。


 これは話しかけるのも難易度が高いですが攻略難易度も高そうです。半端なアピールでは無く、ストレートに解る様にしなければいけないでしょう。


 それ以前に神様! きっかけを下さい!せめて同じクラスとか委員会とかで良いのです。ヘタレな私にチャンスを下さい。


 しかしそのチャンスは一度も来ませんでした。


 その代わりと言ってはなんですが、剣道の試合を見る為に補助員をしている時に別の学校の『六波羅(ろくはら) (なぎ)』ちゃんと、タツミ君の幼馴染の『鳴海(なるみ) (れん)』君と友達になりました。


 二人はこんな私の恋愛を手伝うと言ってくれて色々と協力してくれたのですが……結局知り合う事は出来ませんでした。



 そして高校受験になり、レン君から彼は剣道で推薦と聞いたので教えてもらった同じ高校を選びましたがクラスが同じになる事は有りませんでした。


 そして更に困った事に彼の試合で異変が起こったのです。1年の夏から試合で見る事が無くなりました。学校には来ているのは(遠くから)見ているから知っているのですが……。


 何が原因か解らないがケガか何かでしょうか? レン君に聞いても詳しくは知らないとの事でした。


 そんな悶々とした日々を過ごしていたある日、あの台風と地震の事件が起きたのでした。


 

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