第124話 兄弟の精霊
「さぁ、俺達に名前をくれないか?」
龍一は昔の白い空間で起きた出来事の夢を見ていた。
12年前のゴールデンウィークに家族で父の実家に遊びに行った時の事だった。
父の実家はかなりの田舎だった。普通に川でも遊べるし、道路は有るけど車は大して通らない。むしろこの時期はトラクターが堂々と道路の真ん中を進んでいる。
信号機も片手で数える位しかなく、夏の夜には家の明かりにつられてカブトムシが軒先に居る様なド田舎だった。夏休みに泊まると毎回数匹はカブトムシかクワガタを持ち帰っていた。
両親は農作業の手伝いをしていた。田んぼに張られた水が太陽の光を跳ね返して独特なコントラストを描く。まだ水が張られていない田んぼも有り土が掘り返されているせいか、この時期特有の独特な土の香りを漂わせていた。
父の実家の縁側にはタオルと麦茶が日差しを浴びている。その向こうには田植えの手直しをしている両親と祖父母の姿があり、まさしく田舎と言った風景が広がっていた。
龍一とタツミはお昼を食べ終わると家から徒歩10分程の川で釣りをして遊んでいたのだった。両親も中学生になった龍一となら弟を任せても大丈夫と判断したのだろう。
それに川も深くて20㎝程度の小川だった。目を離すなとだけは言われており、実際に目を離すことは無かったのが幸いしたのだろう。
その日は午後から少し曇って来たのだったが、偶然にもその日はゲリラ豪雨に見舞われてしまったのだ。二人の兄弟は最初こそ楽しんでいたが、中々雨が止まず川の水の量が増えて行くのが理解出来た。
龍一はヤバいと判断して弟を抱えて川から離れて家に帰ろうとした次の瞬間、雷鳴と共に目の前が光に覆われて気を失ったのだった。
龍一が目を醒ますと腕の中には小さな弟が居た。弟の生きている姿に一安心して周りを見回すと辺り一帯は白い空間に覆われていたのだ。
(ここは何処だ? でも俺もタツミも生きている。この暖かさは死んじゃいない。だけどここは病院でもじいちゃんの家でも無いぞ……。)
龍一は周り確認しながっら冷静に自分の置かれた環境を考える。声に出さないのは弟が起きてパニックにならないようする為だった。
そして弟をゆっくりと地面に寝かせると白い空間を少し歩き回ってみる。そして何か見えない壁が有る事に気が付いた。
「コレは……壁? この白い空間から出れない? 出入口も見当たらないよな。」
龍一は段々と焦っていく。現状が理解できないのもだが、これ以上ここに居て弟に何か有ったら一大事だ。
「どうにかしないと……せめてタツミだけでもここから出してやらないと。恐らく俺達は死んじゃいない。だけどここは何処だ?」
しばらく弟が見える範囲で探索すると、白い空間は円状になっていて出口が無い事が分かった。そして焦る龍一の横で弟が目を醒ましたのだった。
「兄ちゃん、ここ何処?」
あどけない顔の弟の声を聞いて龍一は落ち着かせようとするが、自分が余計に焦っている事に気が付く。
「これは新しい遊びだ。脱出ゲームって知ってるか?」
「謎解きして出口探すやつでしょ? テレビでやってたのをやるんだ!」
咄嗟に弟を不安にさせない様にウソをつく。弟は元気に立ち上がって辺りを走り回る。そして見えない壁をペタペタと触りながら楽しそうにしている。
「むむむー、難しいねぇ。ヒントは無いのかな?」
無邪気に信じて考え込んでいる弟を見ながら龍一は現状把握に努めるが結論が出ない。そして時間と共に焦る気持ちと何とかしなければと言う感情が膨らんでいく。
(何とかするんだ! 俺は兄ちゃんなんだ! タツミだけでも助けないといけない。神様が居るんなら何でも良いからヒントだけでもくれ!)
幼い弟を守りたい。そんな強い感情に空間が呼応するように一カ所に光が集まり出す。そしてそれは人の形となり、黄色の髪と瞳をした龍一そっくりの『何か』が具現化したのだった。
「俺に名前をくれないか?」
具現化したそれは龍一に向かって声を掛けて来たが、当の本人は意味が理解できずにただ固まっていた。
「誰? 兄ちゃんそっくりだけど髪とかカッコいい!」
弟はいきなり現れた兄そっくりな何かをまじまじと見つめて居る。
「いいなぁ! 正義のヒーローみたくてカッコいい! ボクもそんな風にカッコ良くなりたい!」
弟は無邪気に言っているが、恐らくテレビで見たヒーロー物の主人公の髪が黄色だったからだろうと兄は呆れた表情をしていた。
「そしたらボクも強くなって悪者を倒すんだ! 皆を守るヒーローになるんだ!」
そう言って弟はパンチやキックの仕草をしている。本人からしたら大真面目にやっているのだろう。
そして子供の大真面目な感情に空間が反応し、再び光が集まると同じく弟そっくりの黄色の髪と瞳の子供が居た。
「ボクに名前をくれないかい?」
今度は子供の方が弟に声を掛けた。弟はビックリしながらも無邪気そうな顔で自分そっくりな何かを観察して回った。
「兄ちゃん! ボクそっくりの何かが出て来た! これって手品!?」
どこまでも能天気な弟を見て呆れている龍一だが、下手にパニックを起こされるよりはマシかと思ったのか、笑顔でそうだなと答えていた。
「なぁ、お前達は何だ? 名前ってどう言う事だ?」
龍一は弟に聞こえない様に目の前の自分そっくりの何かに質問する。
「俺はお前の『弟を守りたい』と言う強い感情で具現化した『雷』の精霊。俺に名前を付けて契約してくれ。そうでないとこの精霊界では二人とも生きていけない。」
「ボクは君の『皆を守るヒーローになりたい』と言う強い感情から具現化した『雷』の精霊だよ。相棒としてボクに名前をちょうだい!」
二人のそっくりな精霊が次々と言って来た。それを見て喜んでいるのは弟だけだった。
「精霊界? 生きていけないとはどう言う事なんだ?」
龍一は自分のそっくりな精霊に質問すると、精霊は精霊界の知っている事を伝えたのだった。
「じゃあ、お前達に名前を付けないといけないのか。」
龍一が考え込むと、弟は楽しそうに兄の服の袖を引っ張って語りかけて来た。
「兄ちゃん! この前アニメで見たホウオウとハクタクの名前にしない?」
「確か徳の高い王様が生まれる時に現れると言った霊獣の話か……麒麟が仲間外れの様な気もするが……。」
龍一はこの前一緒に見たアニメのおとぎ話を思い出した。確か「鳳凰」・「白拓」・「麒麟」のお話だったと思ったが麒麟だけが仲間外れもどうなのかと言った表情だった。
「麒麟は首の長いのキリンさんのイメージが有るから無しで!」
「うん、正直で宜しい。」
弟の言葉に納得している龍一だが、そのままのネーミングも安直過ぎると考えた様だった。
「では雷の精霊なんだから、もうちょっとカッコ良くして『鳳雷』と『白雷』にしようか。それにその方が兄弟っぽくないか?」
「兄ちゃんスゲー! うん! そうしよう! ではキミの名前は『鳳雷』ね! ボクの名前は『クドウ タツミ』! ヨロシクね!」
弟は自分そっくりの精霊を指差す。
「ボクは『鳳雷』だね。宜しくねタツミ。」
二人は握手すると、鳳雷はパチパチと電気を帯びたかと思うと光になって弟の中へと吸い込まれるように消えていった。
「凄い! 合体だね! カッコいい!」
弟ははしゃいでいるが、龍一は本当人大丈夫なのか心配そうにしていた。それを見た龍一の精霊は同化の説明を龍一にしたのだった。
「そ、そうか……何と言うか不思議な事だらけだな。」
説明を受けて安心したのか龍一は一呼吸おいて自分の精霊と向き合う。
「お前の名前は『白雷』だ。俺の名前は『工藤 龍一』。宜しく頼む。」
「分かった。『白雷』だな。龍一、これから宜しく。」
二人の握手で契約が成立する。それと同時に後の物語が始まりを告げたのだった。




