第123話 兄の協力者
龍一はタツミ達と別れた後、精霊術「神経伝達」を使った超加速で境界線に辿り着いた。
「さて、戻りますか。」
雷の精霊石を取り出して壁に穴を開けると素早く通り抜ける。目の前には雷雲が空を覆い隠し、日の光が全く見えない光景が広がっている。
それでも世界が見渡せるのは常に何処かしらで雷が落ちて照らしているからだった。世界は閃光と雷鳴に支配されている厳かな雰囲気を醸し出していた。
「やれやれ、結局一周して来てしまったな。以前来た時は雷の精霊界から出る事も無かったのにな。」
感慨深げに龍一は辺りを見回しながら言うと、右手に「精霊殺し」を具現化した。
「お前の弟も元気の様だな……でも、もうお前とは話せないんだよなぁ。」
龍一は寂しそうな目で自分の愛刀に語りかけたが返事は無かった。
「いかんいかん、俺がしんみりしたらタツミが気にしてしまう。アイツが罪悪感を覚えないようにしないとな。」
顔を上げて目の前にいつの間にか居た男に視線を移した。
「相変わらず素直じゃない生き方してるな、もう少し正直に生きても良いと思うぞ?」
龍一の前に立っている男性は、毛先をオレンジ色に染めた男性にしては少し長めのセンターパートの髪型に、清潔感の有る紺のデニムのズボンとジャケットを来ていた。
しかし特に目を引いたのは、中の黒シャツに書かれている白文字の「カマチョ!」だった。
「そんな文字Tを着ている人に言われたく無いんですが?」
「フッ、文字Tはウケてナンボなのだよ。ほれ!背中にはこれだ!」
龍一は目の前の男に呆れた表情で言い返したが、男の方は全く気にする様子は無かった。そしてジャケットを脱いでシャツの背中を見せるとそこには「酒は燃料!」と書かれていた。
「酒を飲んで構えって事ですか? だから彼女出来ないんですよ? ウケる前に引かれますって。」
「甘いな! 楽しく酒を飲んで構ってくれる彼女を探しているのだよ!」
「八雲先輩……そんなんだから彼女が出来ないんじゃ無いんですか?」
「違うぞ龍一! 俺は運命の相手に出逢ってないだけだ!」
「モテない人に限ってそう言いますよね?」
「お前だって似た様な事言ってるじゃないか!」
「俺はモテた上で言ってますから。八雲先輩とは違います。」
「クソがぁぁぁぁ!」
言い負かされて八雲は地面に両手を着いて崩れ落ちた。龍一は冷ややかな目でそれを見下ろしていた。
「八雲先輩。流石にウザいんで立ってください。踏みますよ?」
「お前は……先輩に対しての敬意とかは無いのか!」
八雲はガバッと立ち上がって龍一に詰め寄る。
「無いです!」
「お前は……何で俺にだけそうなんだ!」
「え? 本音で話せるのが八雲先輩だけだからですよ。」
そう言われた八雲は毒気を抜かれた表情で固まってしまった。
「相変わらずの人たらしで安心したよ。しかしもう少し話さなくて良かったのか? 俺は『影潜伏』で隠れ続けれたから気にしなくても良かったんだぞ?」
龍一がいつもの調子に戻ったと思ったのか話を本題に戻した様だった。
「相変わらずお気遣いありがとうございます。しかし本当に気遣いだけなら完璧なのに……。」
「その後が残念とか言うなよ。」
先に釘を刺されて龍一は苦笑いをしている。
「しかし、何で一緒に行動しなかったんだ? 感情的な問題以外の物が有る様に感じたが、タブレスって精霊が居るだけが問題じゃないって事か?」
八雲は何かを察した様子で事実確認をしようとした。
「実は……ですね、神器を作る際に必要な材料が『精霊か人間』と『同属性の結合結晶』と具現化する時に行う『誓約』の3つが有るんですが。今回はこの『誓約』が引っかかりましたね。」
「誓約? それに結合結晶って何だ?」
八雲は不思議そうな顔で聞き返すと先程までのふざけていた表情から一変し、真面目な顔で説明を始めた。
「まず、神器は精霊界と人間界の間に有る扉を開けるのに必要なのは説明しましたよね?」
「ああ、そうだな。」
「その材料と作り方は本当に一部の精霊しか知らないんです。実際に作った事が有る精霊からの口伝のみでしか伝わらないので、神器持ちで無い精霊は詳細を知らされてません。」
「まぁ、この世界は本とか無さそうだもんな……保管にも向く環境とは言えないし。」
溜め息まじりで雷鳴が轟く光景を八雲は見回す。
「ですね、俺はその時レピスと言う精霊に教わりました。結合結晶と言うのは龍穴と言う地下ダンジョンみたいな所の中層以降に発生する鉱石ですね。それを核にした残留思念の塊の集合精霊体になるので、それを倒して手に入れます。」
「何か……どこぞのRPGゲームだな。」
八雲が呆れ顔で言うと、龍一も頷きながら話を続けた。
「そうですね、ただテレビの中で見るのと、自分が体験するのは大違いですけどね。当時は俺も中学生になったばかりでしたけど、興味よりも恐怖の方が勝りましたよ。」
そりゃそうだろうな。と言った表情で八雲も頷く。
「俺だって実際に来てそう思ったさ。コレを楽しみとか言うのは変わり者だけだろうな。なんせ自分の命が掛かっているからな。」
「そうですな。ソウタ殿はずっと精霊術で闇に隠れ続けてましたからな。命を張る度胸は無いでしょうな。」
不意に八雲の中から声がした。ソウタとは八雲の名前で、「八雲 颯太」それが彼のフルネームだ。
「叢雲、お前だって戦闘向きじゃ無いだろう? 俺達は隠密系能力に特化してるんだから、戦闘は龍一みたいなタイプに任せるのが正解だろう?」
「とは言え常に龍一殿の影に潜伏するのもどうかと思いますぞ? 少しは補助とかをしたら如何ですか?」
「いやいや、下手に出たら迷惑かけるだろう。それに龍一がお手上げなら俺なんてもっとだよ。」
「……龍一殿、すみません。こんな主で。」
二人のやり取りを聞いて、龍一は別に気にしないと言った表情をしていた。
「いや、むしろどの精霊とも遭遇しないで居てくれて感謝してますよ。多分ですが、こうやって話す事も含め、秘密裏に行動できる八雲さんの存在は貴重ですから。」
「ほら見ろ、今はこれで正解なんだよ!」
龍一のフォローに八雲が強気で言い返した。
「話を戻しますが。最後の誓約れは神器を使う上での決まり事です。材料となった相棒への強い誓いを元に神器が具現化します。今回はこの誓約がタツミ達との一緒の行動が出来ない原因ですね。」
「ふーん。で、何て誓約を立てたんだ?」
「それは、『人間を害する精霊に対して倒れるまで戦い続ける。』です。なので、人を殺した事が有る精霊に対して『精霊殺し』は勝手に反応してしまうんです。」
「あー、そう言う事か。それだとパーティメンバーに対象が居たら無理になるよなぁ。」
「ええ、ただ俺が誰かに負けると誓約が解除される筈です。なので……アイツには強くなってもらわないとダメなんです。」
龍一の説明に八雲は納得した表情を浮かべる。そして改めて問い直す。
「で、これからお前はどうするつもりなんだ? 多分まだ何か有るんだろう?」
「流石は八雲先輩。お願いが有ります。」
よく解ってくれている。そう言った笑顔を龍一は八雲に向ける。
「タツミに伝えて欲しいんです。レピスに気を付けろと。間違いなくレピスは接触して来る筈です。そしてそれを伝えられるのはレピスに会った事が無い先輩と叢雲だけです。」
「どう言う事だ? 一度でも会った事が有るとダメだと言った言い方だな。」
八雲は不思議そうな表情で問い返すと、龍一はすこし厄介そうな表情を受けべながら説明する。
「レピスは昔に会った時に自分の能力を説明してくれたんですよ。多分子供だからと思って油断したんでしょうね。実際、あの時は既にタツミは自分の精霊の力に耐えられなくて消滅しかけてたし、俺は側で嘆いて途方に暮れていた子供でしたから。生き残るとは思って無かったのでしょう。」
「うん、その部分だけでも前回が酷かった事は伝わるな……。」
八雲が引いた表情になっているのを見て、龍一は話を本題に戻す。
「レピスの能力の一つが『聖龍の瞳』。『直接顔を見て、フルネームを覚えた』精霊の過去の視界を好きなように見られる能力です。つまり、面識の有る精霊から好きなだけ情報を得ることが出来ます。」
「つまりノゾキ放題の素敵な能力と言う事だな。」
「先輩……犯罪はダメですよ?」
八雲はジョークのつもりなのだろうが、龍一は真面目な表情でドン引きしている。
「冗談だよ! それで?」
「えっと、前回帰る時に最後の最後で少しだけ話したんですが、反応したんですよ。」
龍一は「精霊殺し」へと視線を移すと、八雲も意味を理解した様だ。
「レピスは保護派と言っておきながら、大量の人間を殺している。反応の強さだけならタブレスと言った抹殺派の奴の比じゃ無い位でした。」
「え? 保護すると言っておきながら抹殺すると言ってる奴よりも人間を殺しているのか?」
八雲は驚きの表情で問い返すと、龍一は深刻そうな表情で大きく頷いたのだった。
「そしてもっと問題なのが、二つ目の能力です。『真龍の瞳』と言って視界の範囲内の名前を知った物、技、人物の数秒先の動きを把握できると言う物です。こちらは精霊だけでなく人間も対象になります。」
「え? 何だそのチート能力は?」
八雲は呆れた表情と同時に嫌な予感を覚えた。
「つまり、レピスを倒す為には何かしらの名前を隠す必要が有ります。それを伝えて下さい。出来るだけ武器や技の名前を伝えてはいけない。そして『聖龍の瞳』の対象者が居る前でそれを伝えるのも危険です。読唇術を使うので視界に見えて居れば把握されます。」
「名前を知られている精霊が同化していればそれすら筒抜けと言う事か……情報戦でも厄介だな。」
そしてこれまでの説明で龍一の目的も何となく察した様だ。
「お前はレピスを倒す為に弟を利用するのか?」
「利用……になりますね。先輩にもお願いしてますが、俺達の武器や精霊のフルネームは未だに口にしてないのもそれが理由です。最終目的はタツミが俺に勝ってもらってから、俺がレピスを倒すです。」
龍一の言葉に首を捻らせる。どういう意味なのかを考えた八雲は何かに気が付いて納得した様だった。
「ナルホド、ついでに俺はタツミ君に稽古をつけてやる必要が有る訳だな。」
「理解が早くて助かります。」
「後は『何も見えない』所で話せば問題が無い訳だ。確かに俺が適任だな。」
満足気に龍一が頷くと八雲は足元の影に再び沈む様に消えていった。




