第122話 兄との対談
「まぁ、今回はヒジリちゃんのインパクト勝ちだな。流石に俺も逃げられたのには気が付かなった。」
兄さんはそう言うと俺の首に腕を回して逃げられない様にガッチリと力を入れて来た。
「別にタツミ達に危害を加えるつもりは無いから安心しろ。おーい! そこのお嬢ちゃんもこっちに来て話そうか? アンタも人間だろ?」
兄さんは離れた位置に居たリィムに気が付いて手を振ってこちらに来るように言っている。タブレスはリィムを視認して影移動でそこまで移動したのち、先に退避したのだった。下手に逃げればタブレスがすぐに追われると理解したのか諦めた様にこちらの方へと歩いて来た。
「本当は室内でゆっくりと話したい物だが、今は仕方ないな。」
兄さんはヒジリの方にも視線を向ける。ヒジリも観念した様にこちらの方へと近づいて来た。
「さて、こちらのお嬢ちゃんの自己紹介からお願いしようかな?」
兄さんがそう言うとリィムから自己紹介が始まる。ヒジリと兄さんも続けて紹介し終わると話が始まった。
「龍一さんは何故に精霊を殺して回るのですか? このままだと精霊界のバランスが崩れて余計に人間界の被害が増えてしまいいます。」
リィムが厳しい視線で真っ先に質問したが、兄さんは毅然とした態度でそれに答える。
「何故にお前達はそんなに精霊よりの意見なんだ? 人間の立場から考えたら精霊の都合で生死を握られているのは変だと思わないのか?」
「だからって無闇に精霊を殺さなくても!」
「だったら全て保守派の様な精霊だけになれば考えなくもない。だが精霊も人間と同じで考え方はそれぞれなのだろう? 俺は人を殺した精霊だけを狙っている。」
淡々とした、それでいて揺るがない意思を感じさせる言葉だ。
「人間が迷い込んだら確実に人間界に返せるシステムが構築されるなら何も問題は無いと思っている。だがそれは出来ないのだろう?」
「そうですね、人間界に戻る為には人間自らが神器を使用して扉を開ける必要が有ります。だから1回ごとに誰かが神器を手にしなければなりません。」
「そうだ、今回は俺が皆を人間界に帰す。だが次はどうなる? この先の人達もだ。結局抹殺派が居なくなれば神器を具現化して帰れる人達も増える可能性が有る。未来の人も救える。ならばこれが正解なんじゃ無いのか?」
兄さんの言う事は正論だ。確かに帰れなくて精霊界に定住する人間が増えれば精霊も増える。数が増えれば争いが起きて精霊の総数が減る。そして再び精霊を補充する為に人間が精霊界に飛ばされて来る。
この流れを断ち切るには確実に精霊界に来た人間を人間界に帰せればいいのだ。だが帰る為の条件が足枷過ぎる。
リィムは伏し目がちに兄さんから視線を逸らした。説得できるとは思えなくなったのだろう。
「だが、兄さん。俺はタブレスには何度か命を助けてもらっている。何とかならないか?」
「俺は自分の行動を曲げるつもりは無い。タツミだって知ってるだろう? 俺の面倒臭い性格を。後は少し別の事情も有るんだが……ここでは話せないだろうな。」
相変わらずの表情だ、こうなった兄さんは説得できる気がしない。しかし最後の『ここでは話せない』とはどう言う意味だろうか? 別の場所なら話せるって事か?
「でも、お兄さんはタツミ君と一緒に行動するつもりですよね?」
ヒジリが困ったような顔で兄さんに声を掛けた。
「ちょっと待ってくれ……何だろう……弟の彼女からお兄さんと呼ばれると……何かこう、急に妹が出来た様で照れ臭いな! いや、むしろお兄ちゃんでも良いかも?」
「えっと……呼び方変えた方が良いですか……?」
「いや、大丈夫そのままで! ちょっと免疫が無かっただけだから。」
おい、何を照れながら言ってるんだ? この変態兄貴は? ヒジリが困った表情をしているだろうが。
「話を戻しても良いでしょうか?」
場の空気に呆れた表情のリィムが話を戻そうとする。妙に浮かれている兄さんも咳払いをしながら表情を戻してリィムの方に向き直した。
「龍一さんはタツミさんと共に人間界に帰るつもりで間違いないのですよね? その際に私達仲間も一緒に人間界に帰るのは問題無いでしょうか?」
「人数制限とかが有るなら話は別だが、俺は別に問題無い。帰れるなら帰った方が良いと思っているからな。」
それを確認して、リィムが一呼吸入れてから説明を続ける。
「そうなると、私達は兄上……先程のタブレスと言う闇の精霊と行動を共にしてますが、龍一さんはそれを容認する気は無いと言う事で良いでしょうか?」
「無いな。これは譲れない……と言うか出来ないと言った方が正しいか。ってちょっと待ってくれ、兄上ってどう言う事?」
うん、予想どうりの質問だったのでリィムの説明タイムが入ります。皆様は少しお待ちを……。
「ナルホドね。根は悪い精霊では無いんだな。」
「なので、今回の件で行動を控えて頂けませんでしょうか?」
リィムの話を聞いた兄さんは少し困った顔をしていた。畳み込む勢いで兄さんを説得するが、兄さんも何かが有る様な態度で困っていた。
「そうだなぁ、スマンが『出来ない』と言う方が正しいな……」
兄さんは困った表情で頭を掻きむしっているが……誰との約束なんだろうか?
「えっとリィムちゃんだっけ? 精霊界に来てそこそこ長いんだろ?」
「え? ええ、100年以上は間違い無く精霊界に居ます。ただここ最近の記憶は私の精霊のハッキネンの方しか記憶が有りませんが。」
急な質問に困惑しながら答えると、兄さんも頭に疑問符が浮かんでいた。
「ここ最近は? どう言う事だ?」
「あー、兄さん。諸事情でそこは今は説明出来ないので、そこはスルーしてくれ。」
俺がそう言うと不服そうな顔をしていたが、大人の対応を見せて無言で納得してくれた。
「確認しないといけない事が有るのだが、『鳳雷』と言う精霊に会った事は有るか?」
「「「鳳雷?」」」
3人の声が同時に響くと、兄さんは残念そうな顔をした。
「あ、でも……。」
何かを思い出した様な声をリィムが出した。
「この前、水の精霊界でリッパーに襲われた時に助けてくれた方の神器が『鳳雷丸』と言っていた様な記憶が……。」
「本当か! そいつはどんな格好をしていた!?」
急に兄さんの顔色が変わってリィムの肩を掴んで真剣な表情で聞く。
「あ、え? いや、あの時は全員マトモに動ける様な状況で無い位にやられていたので、記憶が曖昧ですが……。」
リィムが急に近づかれて困惑した表情で答えているが、お構いなしに質問を続ける。
「属性は『雷』属性だったか? その神器は刀か?」
「確かに一瞬見えた技の属性は雷で間違いありませんでした。武器は会話を聞いてましたが刀と言ってました。」
矢継ぎ早に質問を続けている。リィムは何とか思い出しながら断片的な記憶を答えた。
「そうか! アイツ無事だったのか!」
「兄さん、その鳳雷って精霊って誰なんだ?」
兄さんはとても嬉しそうな顔をしている。まるでずっと探している恋人を見つけたような表情だったので聞いてみると予想外の答えが返ってきた。
「俺の神器になった精霊『白雷』の兄弟精霊だ。」
「兄弟精霊?」
精霊に兄弟? どう言う事だ? ってもしかして?
「そうだ、『鳳雷』はタツミ、お前が具現化した精霊だ。」
「「「はぁ!?」」」
その場にみんなの驚きの声が響いたのだった。
「俺が具現化した精霊? 何で兄さんが知っているんだ?」
「確認するがタツミ、お前は今回この精霊界に来て精霊を具現化出来なかっただろう?」
納得がいかない表情で兄さんを見ると当然のように確認してきた。
「ああ、そして偶然居合わせたヒジリの精霊の契約を半分譲ってもらって何とかなったんだ。」
「偶然? 居合わせただと?」
兄さんは俺の答えに妙な顔をした。しかし押し黙ったかと思うと、改めてヒジリの方を向いて頭を下げた。
「ヒジリちゃん、弟を助けてくれてありがとう。兄として礼を言わせてくれ。そして精霊ちゃんも本当にありがとう。」
何かを察したのかティルが表に出てきた。
「一応出て来たけど……急に攻撃しないでよ? 紹介されたタツミとヒジリの契約精霊のティルレート=アルセインよ。」
偉そうにしながら堂々と手を出すと、兄さんはそれに応じて握手する。
「流石に弟の命の恩人には敬意を払うさ。それに俺が攻撃するのは人間に危害を加える精霊だけだ。」
笑顔を向けてながらそう言うが、これ絶対に最初にハッキネンに襲われたって言えないよな。
「しかし、精霊力のコントロールは最初からは出来なかったんだな。」
兄さんが確認する言い方で俺を見てきたが、最初から出来る訳ないだろうが? 何言ってんのこの天才野郎は?
「ふむ、解った。タツミ、お前は鳳雷を探せ。俺は雷の精霊界に戻る。出会ったら人間界への出口で待ってるから来い。」
「いや? どう言う事だ? 色々と説明して欲しいんだが?」
「恐らくだが、何か意図的なモノを感じるから言わないでおく。それに鳳雷に会えれば分かる筈だ。」
兄さんはそれだけ言うと後ろを向いて歩き出した。
「あ、あの、兄上の件は?」
リィムが心配そうな顔で声を掛けると兄さんは困った様に頭を掻きむしって答えた。
「会ったら殺す。だから俺に会わない様に行動しろと言ってくれ。」
その返事を聞いてリィムは少し安心した様な表情になった。
「ああ、後、中にいる精霊に言っておけよ。まだ人間に害を与えて無いから斬らなかったが、誰かを殺したら俺が必ず殺す。」
それを聞いてリィムの顔が青ざめた。ハッキネンの行動は同化の時に知っていたのだろうが……まだ人を殺す事はして無かったのか。
と言う事はもし、俺が殺されてたら第一号被害者になったと言うことか……ゾッとしないので考えるのは辞めておこう。
「俺の『精霊殺し』は人を殺めた精霊を判断できる。出来れば俺に斬らせないでくれ。」
言い残すと兄さんは一気に走り出すと姿が見えなくなった。
「鳳雷を探せか……ってどうやって探すんだよ!?」
「あの時はナギが居ましたから、ナギなら探せるかも知れませんね。一度合流しましょう。」
確かにナギがニオイを覚えて居れば可能なのか? 取り敢えず移動を開始しようと立ち上がった時、リィムが急に膝を着いたのだった。
「どうした?」
「悪い、私の影響だ。最後の一言の時に私だけに殺気を飛ばしてきた……情け無いが足がすくんで動かない。」
リィムの中からハッキネンが説明してくれた。ハッキネンでも兄さんとは戦えないという事になるのか……。
「つまり、あのお兄さんと戦う事になったら戦えるのはタツミ、ヒジリ、タブレスだけって事になるのね。」
冷静にティルが分析しているが……戦う前提にしないでくれよ。間違いなく勝てないわ。
「後は〜私くらいかしらね〜?」
不意に声がして振り返るとレピスが相変わらずの能面みたいな笑顔で立っていた。
「いつも急に現れますね……今回はどこから盗み聞きしてたんですか?」
「タツミちゃんの〜精霊さんのお名前の辺りからかしらね〜。」
とぼけた顔でアゴの下に指先を乗せて答えて来たが、何気にこの人が一番何を考えているのか謎な気がする。
「で、レピスは鳳雷って精霊の事は知っているのか?」
「知ってるわよ〜私が知らない事の方が少ないわよ〜。」
ダメ元で聞いてみるが、予想通り知ってる訳が無いよな……って今なんて言った?
「は? 今なんと?」
「だから〜知っているわよ〜。あの子も〜保護派の精霊ですもの〜、面識位有るわよ〜。」
「ちょっと待て、では俺が具現化した精霊って知ってたのか?」
何で面識があるんだよ? 俺来てから何処で会ったんだよ!? いや待て、何て言った? 保護派の精霊だと? という事は
「その言い方だと、ずっと前から鳳雷君は精霊界に居た様に聞こえるんですが……?」
ヒジリも同じ疑問を持ったようで、不思議そうな顔で聞き返していた。
「そうよ〜さっきの話を聞いて~思い出したんだけど〜タツミちゃんは〜精霊界に来るのが〜2回目だったのね〜」
「「「は? 2回目?」」」
3人の声が同時に響く。全く記憶に無いんですが?
でも兄さんの話ぶりからすると、レピスの言うことが真実なら辻褄が合う。
「そうよ〜人間界で言う〜確か10年程前に〜二人の子供が〜人間界に帰った記憶があるわ〜。大きくなったから〜解らなかったけど〜。扉を開けたのは〜お兄さんだったわね〜。」
そうレピスが淡々と説明するが、俺の頭はドンドンと混乱していく。
どう言う事だ? 何故俺は全く覚えてないんだ? それに10年程前? 5~6歳前後と言う事だから覚えてなくても仕方ない? つまり、俺は12年前に契約精霊を置き去りにして兄さんと人間界に帰ったと言う事なのか?
「た、タツミ君? 大丈夫? 顔が青いよ?」
「い、いや。大丈夫だ。取り敢えず思い出せないのなら鳳雷に会うしか無いだろう。」
ヒジリが心配そうに俺の顔を覗き込んで来て我に返った。考え過ぎても答えは出ないのは間違いないのだから今出来る事をやるしかない。
「まずは〜みんなと〜合流してから考えましょうか〜?」
「そうですね、まずは移動しましょうか。」
レピスがヒジリに道案内を促して来たので歩き出すと、ヒジリが俺の横に来て俺の手を握って来た。
「ちょ!? ヒジリ?」
俺は急な行動にドキッとしたが照れ臭さはすぐに消えた。ヒジリの手は汗が凄く、そして外からは分からない程、芯の方が震えていたのだ。
ヒジリが怯えている? 誰に? 変化が有るとしたらレピスが現れた事だ。つまり、ヒジリはレピスを警戒しているのか? それを隠しながら伝えようとしているのだろう。
俺は何となく理解してヒジリの手を握り返して微笑みながら頷いて見せた。ヒジリもそれで察してくれたのか少し安心した様な表情に変わり、手の奥の震えが落ち着き出したのが解った。
「あらあら〜、あの二人は〜いつから〜あんな関係に〜なったのかしら〜?」
「つい数時間前ですよ。出来立てホヤホヤですから目の毒です。」
レピスが後ろから生温かい視線を送ってきた。リィムは不機嫌そうな顔で教えると、その様子で何か察したのかイタズラを楽しむ様な顔をした。
「あらあら〜もしかして〜羨ましいのかしら〜? リィムもそう言うお年頃なのね〜。」
その一言にリィムの不機嫌は加速した。頼むから後ろでケンカを始めないで欲しい。
「レピス? 口を凍らせますよ?」
「出来る様に〜なってから〜言いましょうか〜?」
この二人、前も思ったがあんまり仲良く無いよな? リィム的にはウザいお姉さんと言った所だろうか?
「さぁ、行きましょうか。」
後ろの喧騒を無視しながらヒジリは俺の手を引っ張って小走りに駆けて行く。二人の不安を落ち着かせるかの如く、俺達は手を強く握り合ったのだった。




