表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

120/122

第118話 精霊殺し(エレメンタルキラー)

「さて、これだけ離れれば問題無いかな?」


 最初こそ歩いていたが、距離をさっさと稼ぐために、一度タブレスの方を見てから走り出した。それに合わせてタブレスも走り出す。


 しばらく走ると、先に龍一が足を止めて振り返る。先程の家からは十数キロは離れただろう。これ位離れなければ巻き添えになると二人とも判断したのだろう。


「さーて、一応剣士たる者礼儀は大切にしないとな。改めて俺の名前は工藤 龍一だ。雷の神器使いにして精霊を狩る人間だ。アンタの名前は?」


 龍一はそう言うと一本の刀を具現化して納刀したまま左手で持つ。そしてタブレスの返事を待った。


「礼義か……どうでも良いが答えてやろう。俺の名前はタブレット=ヴェネガー。闇の精霊で神器使いの抹殺派の精霊だ。」


 抹殺派との言葉を聞いて、龍一の顔がピクリと反応した。


「そうかそうか。お前は精霊界や人間界の為と信じて人殺しをする精霊か。」

「ああ、そうだ。それが結果的に多数の人間の命を救うと信じているからな。」


 非常に嫌味を込めて言うが、タブレスは龍一の言葉に動じる事も無く平然と返す。


「それで、その為に死んだ人間は尊い犠牲でしたと言って納得させるのか? 何でそんな考えの貴様が人間と行動を共にしている?」


 言葉と行動が一致していないと思ったのだろう。何故に人間を殺すことに肯定的な癖に人間と一緒に行動しているのか。


「それは精霊達の中でのルールだからだ。保護派が見つけた場合は人間界に帰す手伝いをする。精霊界で暮らすなら集落まで案内すると言った具合にな。」


 タブレスが淡々と答える様子を見て、龍一は理解出来ないと言った顔をする。


「そもそも、そのルールとやらが意味が解らない。何故そうなる?」

「それが、精霊同士の争いも減らしつつ人間の被害を最小限にする為だ。これが一番合理的な判断だからだ。」


 合理的な判断と言いたげなタブレスの顔を見て、同じく合理的に精霊を神器化したと言った龍一は、同じ合理的な考えでも水と油の様な物だと理解した顔をする。


「ヤッパリお互いに理解し合うのは無理の様だ。」

「貴様はもう少し全体を見た方が良い。」

「違うな。俺が言いたいのはそう言う事じゃ無い。視点の高さが違うんだ、お前達精霊の視点が低すぎるんだ。」

「どう言う事だ?」


 今度はタブレスが不可解な顔をする。


「そうだな、これが最後の問答にしようか。何故に同じことをくり返す? 何故根本的な問題を探ろうとしないんだ? これで理解できないなら本当に水と油の存在だな。」


 質問を聞いてタブレスは少し考える。


「精霊は恒常性の高い存在だ。現状維持が一番安定していると考えている。下手な事をして取り返しのつかない災害が起きたらだれが責任を取れると言うのだ?」


 返事を聞いた龍一はヤレヤレと言った表情をする。


「じゃあ、問答はこれで終わりだな。そして俺から最後に一つ言わせてもらおう。」


 刀を脇に構えて居合の構えをを取る。それを見てタブレスも両手に闇の球体を具現化した。


「何で貴様らが人間の生殺与奪の権利を握ってやがるんだ!」


 怒りのこもった声と共に龍一が一気に懐に飛び込むと、そのまま居合一閃で喉元へと刃先を向かわせる。


「やはり速い!」


 タブレスは龍一の速度について行けずに喉元への一撃に反応が遅れる。何とか上半身だけをのけ反りながら紙一重でそれを避ける。


「遅い!」


 龍一は居合の一撃を避けられると、鞘を投げ捨ててそのまま振り抜いた刀を両手に持ち直し、再び踏み込んで袈裟斬りをくり出す。


 タブレスは追撃の刀が目前に迫ると、闇の球体を一枚の板の様にして自分の前方へ展開した。すると龍一の刀が磁石に反発する様な目に見えない力で後ろへと押し戻されたのだった。


「何だ? 磁力? 違うな……斥力か。」


 龍一はすぐに体勢を立て直して間合いを取り直すと同時に、闇の板は姿を消して再びタブレスの姿が視界に映った。


「その動きは……雷の精霊術の『伝達強化』か? 使える奴は極稀だが。」


 タブレスは少し困った様な表情を浮かべながらも異常な速度から、使用している精霊術を推察した。しかしそれはすぐに否定された。


「ああ、神経や筋肉への電気信号を強化して超人的な動きをする『伝達強化』か。確かに使えるけど今のは俺自身の動きだ。」


 言うと同時に龍一は正眼の構え(※相手の目の位置に剣先を向けて中段に構える一般的な構え方)をすると再び踏み込んで、今度は一直線に脳天めがけて刀を振り下ろす。


「く! シナイの外套、解放!」


 反応できない速度で踏み込まれたタブレスは、身の危険を感じて咄嗟にシナイの外套を開放して死神の様なマントを身にまとう。そして全身に斥力場を発生させて刀の速度を下げると数歩後方へ下がって間合いを取り直した。


「何だよそれ、全身斥力場だらけか。まだこっちは精霊術も使って無いのに神器を使うのかよ。」


 龍一は刀の峰を肩に乗せて呆れた様子で言い放った。その様子をタブレスは苦々しい表情で睨みつけながら口を開いた。


「貴様のその速度は何だ? 精霊術無しの人間の動きじゃないだろうが。」

「ああ、これは呼吸の間の取り方だよ。相手が一番動きが鈍くなる呼吸の瞬間を狙ってこちらは逆に動きやすい呼吸を合わせて動き出す。ほんのコンマ何秒の世界だが間合い次第ではそれで十分だろ?」


 何を当り前な事を言っていると言う表情で龍一は説明してきたが、タブレスには何を言っているのか見当もつかない。


「呼吸の間だと? 息の仕方一つでそんなバカげたことが起きるのか?」

「お前さ……力だけで今まで生きて来たんだろ? 相手を理解しないから分からないんだよ。」


 悠然と刀を肩に乗せたまま間合いを詰め直す。一瞬の間を置いて再び刀がタブレスの右肩口へと迫る。タブレスは斥力で速度が遅れ始めた時にやっと認識して後方へ下がろうとするが肩先を刀が少しかすめたのだった。


「ついでに今のは意識の隙ってヤツだな。まぁ、蛇足で説明してやるが、相手との呼吸を合わせるってのはこれが正しい意味と俺は思っている。」


 タブレスは肩口の血を手で触って確認する。薄皮一枚で済んだと理解して再び龍一の方へと視線を移す。


「俺の動きが悪い瞬間に貴様の良い動きを合わせているだけだと?」

「そう言う事、だからさっさと本気を出しな。俺は神器どころか精霊術すら使って無いんだぞ?」


 タブレスの顔に冷汗が流れて行くのが見える。言葉通り龍一は神器を出してはいるが能力を使っている様子が無い。その上精霊術すら使っていないのにこの有様なのだ。


 流石のタブレスと言えども神器を使っても回避しきれない攻撃がただの通常攻撃と聞かされては驚きを隠せなかった。


「そうだな、技術では貴様に勝てそうにない。だったら俺らしく力押しをさせて貰おう!」


 タブレスは「天命圧殺崩壊トゥプシマティ・カタストロフ」を両手に発動させる。それを見て龍一は不敵な笑みを浮かべた。


「おうおう、良いねぇ。久しぶりに楽しめそうだ。ずっと《《敵》》と呼べる相手が居なくて人生退屈してたんだ。少しは本気を出させてくれよ!」


 再び刀を構えると二人はジリジリとお互いの間合いを詰めながら次の一手を撃ち出そうとする。


 タブレスが悪魔の様な両手を大きく広げて構える。それに対する龍一の様子は平然としていた。まるで何の脅威も無いと言った表情だ。


「それがアンタの本気か? それともまだ切り札が有るのかな?」


 探りを入れる様な言動を入れるが、タブレスの表情はピクリともしないまま龍一を見据えていた。


「随分とおしゃべりだな。兄弟そろってやかましい連中だ。」


 言うと同時にタブレスは足元と地面に斥力を発生させて一気に加速して龍一へと向かう。右手を突く様に前に出して掴もうとするが……


「だから呼吸でバレバレだって。タイミングが解ったら回避なんて簡単だろう?」


 龍一は見切ったかの様な動きでタブレスの右側に移動していた。突き出した右手の分、そちら側は完全に無防備だった。


 声に反応してタブレスは咄嗟に自分の右側に黒球を発生させると斥力場を作り出した。斬りかかろうとした龍一は斥力場の力で体勢を崩し後方へと下がると、微妙に面倒臭そうな表情を浮かべていた。


「本当に厄介だな、その斥力の力。闇の精霊は全員が使えるのか?」


 ウンザリとした口調で龍一がたずねると、タブレスは肝を冷やした様な表情で答える。


「コレが出来るのはごく一部だけだ。と言うか、貴様のその動き……本当に人間なのか?」


 先程から油断している訳でも無いのに押されているタブレスは疑問を抱き続けていた。


 おそらくだが、精霊力も基礎能力も精霊である自分の方が上の筈なのだ。なのに精霊界に来たばかりの人間に何故こうも圧倒されるのか。自分に比べたらほんの一瞬しか生きていない人間にと。


「言ったろ? 呼吸の合わせ方だって。自分の最大を相手の最小に合わせるだけだ。基本中の基本だろうが?」


 当然の様に言うそれを出来るのかと、タブレスは呆れと畏怖の念を持つしかなかった。再びタブレスは斥力場と引力を利用して不規則な動きの加速をして龍一を掴もうとするが、ことごとくそれを回避された。


「だったら力押しと言ったからには本当の力押しをさせていただこう!」


 何か吹っ切れた様子のタブレスが両手を広げて辺り一帯に黒球を大量に作り出すと全てが板に変形する。大量の板はお互いを引き寄せ合うと次々にくっつきだし、二人を中心としたドーム状の空間を作り出したのだった。




「コイツは……本当に真っ暗闇だな。」


 中に閉じ込められた龍一が周りを見渡すが、光一つ無い本当の闇の中に閉じ込められたのだった。そしてすぐに体の違和感を覚えた龍一は何が起きたのかを察した。


「ぐ……これは重力が強くなっている?」


 強くなっていく重力に耐えきれずに龍一は膝をついて刀を杖代わりに何とか体を起こしている。


「ここは闇の深淵、重力の檻の中だ。入ったら最後、押し潰されるだけだ。」


 タブレスの声が闇の中からどことも無く響いて来た。龍一はその声を聞いて不敵な笑いを浮かべた。


「ははは、やっとだ。やっと『敵』に会えたって感じがするな。お前になら精霊術を使えそうだ!」


 歓喜の声が聞こえた。やっと自分が力を出せる相手を見つけたと言わんばかりの、子供が新しいおもちゃを見つけて興奮している様な声だった。


「楽しむ時間は無い。お前はここで押し潰されろ!」


 タブレスは妙な焦燥感を覚えて決着を急ごうと重力を強くする速度を上げて行く。しかし次の瞬間、強大な精霊力を感じて恐怖を覚えたのだった。


「闇は光で打ち消せるんだろう! 見せてやるよ俺の精霊術『落雷』!」


 龍一が叫ぶと同時に天井の闇を突き破って一筋の落雷が龍一を目掛けて落ちて来たのだった。雷を受けた龍一は雷光を体に纏うと精霊力を上げていく。


「馬鹿な!? 落雷が俺の結界を貫通するだと!? しかも落雷は基礎レベルの精霊術の筈、重力の結界を貫く事など……。」


 有り得ないと言った表情のタブレスは穴の開いた天井を新しい板を生成して塞いだが、龍一がまとっている雷光は一向に消える気配が無かった。


「ふむ、雷光をまとえば光の影響か重力を無効化出来るようだな。さて、気配は……ダメか闇に溶け込んで気配はしないのか。流石だなぁ。」

「雷光で無効化される程に俺の重力場は弱くは無い。貴様が異常なだけだ……。」


 タブレスは気配を察知できないと褒められたが、むしろ自分の重力場を無効化する雷光に異常性を感じていた。考えられるのは神器の能力なのだろうかと考えている様子だった。


「あー、スマン。面倒だから『コレ』破壊するな。」


 龍一は身にまとっていた雷光を辺り一帯に弾ける様に飛ばすと雷光は結界を破壊しながら遠くへと消えていった。


 視界が元に戻ると、そこには悪魔の様な手で先程の雷光をガードしたタブレスと、雷光を脱ぎ捨てて元通りになっている龍一の姿が確認できたのだった。


「今のは神器の力なのか? 普通の精霊術だけで出来る芸当とは思えん。」


 頬にピリッとした痛みを覚えながらタブレスが納得いかない様子で訪ねるが、龍一は楽しそうな表情で答えて来た。


「教える訳無いだろ? 自分の技を教えるのはバカか酔狂な奴だけだ。それにちょっと楽しくなって来たんだ。もう少し頑張ってくれよ。」


 龍一は再び刀を構えて一気に踏み込んで来る。速度も先程より明らかに速かった。


「そちらが速度重視なら、こちらは重力球の力だ!」


 速さ勝負では勝てないと判断してタブレスは再び大量の重力球を作り出す。今度は浮かせたままだが、各自がデタラメな引力と斥力を発生させると、真っ直ぐ進む事すら不可能な奇妙な重力場が辺り一帯に広がった。


「うっわ、気持ち悪い。何だこの感覚!」


 龍一は文句を付けながらも真っ直ぐにタブレスの正面に近づいて喉元目掛けて最も動きが少なくて済む突きを繰り出す。


「流石に貴様でもこの空間は動きが鈍るな。」


 タブレスは冷静に天命圧殺崩壊トゥプシマティ・カタストロフで刀を正面から受け止める。そしてそのまま刀の存在を消し去ろうとするが、刀は消える事が無かった。


「何か変な事やろうとしているな。」


 警戒した龍一はすぐに刀を引いて距離を取ると再び構え直す。


「「やはり神器同士の力では消滅させられないか……。」」


 二人が奇しくも同じ発言をする。


「ほう、その手に掴まれると重力場か何かで消滅させられると言う事か。」

「貴様の刀……精霊力自体を斬る能力なのか?」


 二人が同時にお互いの考察を言い合った。しかし内容としてはどちらも正解だったのだろう。そしてバレても問題無いと言った表情が二人から伝わっている。


「そうだ、俺のこの天命圧殺崩壊トゥプシマティ・カタストロフは名前の通り存在自体を破壊する。」


 それを聞いた龍一はさらに楽しそうな表情になって行くのが見える。


「俺のこの神器は『精霊殺し(エレメンタルキラー)』だ。理不尽な運命を突きつけて来るお前達を倒す為だけの、全ての精霊力を斬り裂ける刀だ。」


 タブレスが「精霊殺し」をよく見ると、確かに何かうっすらと刀身から何かが漏れ出ている気がした。


「つまり、俺のこの手以外で受けていたらやられていたと言う事か?」


 冷汗が頬を伝って落ちて行く感覚をタブレスは感じていた。神器だから触れられるが、他の精霊術では触れないと言う事になる。


「正解とだけは言ってやるよ。斬られたらどうなるかは自分の体で試しな!」


 龍一は不安定な重力の空間の中、再びタブレスに向かって斬りかかって行くのだった。


(神器の能力を精霊を殺す事だけに特化しただと? いや、コイツの剣技ならそれが正解なのか!?)


 タブレスもその刀を悪魔の様な黒い大きな手でさばきながら、二人の戦いは一進一退の攻防を繰り広げたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ