第113話 運命をねじ伏せる
私とハッキネンが現状を理解して絶望感に打ちひしがれていると、二人は矢を弾かれるのを数度繰り返すと、無意味と思ったのか接近戦を仕掛けようと近づいて来ました。
「ハッキネン! しっかりしなさい! 悩んだままだと二人とも死ぬわよ!」
ナギの声が響くと同時に反射的に二人の短刀を手甲の鍵爪で捌いていきます。
しかし先程の様な精細は無く、逆に男性の集合精霊に手甲に挟まった短刀を利用して手を捻じられてそのまま一回転して地面に叩きつけられたのでした。
直後に目の前に女性の集合精霊が現れたかと思うと、短刀でこちらの喉元目掛けて短刀を振り下ろして来ました。
「やらせるか!」
気合を入れ直すと同時に空いている手甲で、短刀が喉に届くよりも早く女性の集合精霊を横から殴り飛ばして男性の集合精霊を巻き込ませて吹き飛ばしました。
すぐに立ち上がって二人と対峙します。が、心の乱れが治りません。いくら力で優っていても心が一致しなければ本来の実力は発揮できない事は分かっているのですが……流石に今ばかりは難し過ぎます。
「何でだ……何で今頃出て来る!」
私がモヤモヤと考えていると、急にハッキネンが大声で出すと同時に二人に斬りかかりますが、感情のままに突っ走ってしまっています。これは相手に避けろと言っている様な動きです。
「何で! あの時は出て来なかったクセに!」
段々とハッキネンの感情が怒りと悲しみだけに変わっていくのが解ります。私の意識が無くなっていた間に何か有ったのでしょうか?
ハッキネンは叫びとつぶやく様な声を出しながら斬りかかりますが、直線的な動きだけになってしまい相手に避けられ続けます。そして反撃は何とか防いでいますが、先程までの安定した戦いからは程遠い状況になってしまいました。
あまりにもハッキネンの方が取り乱しているので、逆に私の方が冷静になって来ました。しかし今の状態では止める術が有りません。入れ替わるにしても優先権はハッキネンの方なので意図的に入れ替われないのです。
「何でリィムが起きなくなった時に! 探していたのに! もしかしたらアンタ達に会えば目が覚めるかと思っていたのに! 探しても出て来なかったクセに……」
段々とハッキネンがずっと溜め込んでいたであろう感情をしゃべり出しました。そうですか……私が起きれなくなった時、龍穴に来て探していたのですね……
「何で! 今更敵として出て来る! どこまで苦しめれば気が済むんだ!」
叫びながら振り回す鍵爪は空を斬り続けます。それでもハッキネンは叫ぶことを辞めません。
「何でこんなに残酷なんだ……神様とやらはどこまで嫌がらせをすれば気が済むんだ!」
叫ぶと同時に鍵爪を交わした男の集合精霊の蹴りが腹部に当たると、私達はキレイに後ろに吹っ飛ばされました。すぐに起き上がると同時に目の前に氷の矢が二本飛んで来るのが見えます。体勢が悪くて防御も回避も間に合わないと思った瞬間でした。
「だったら、私は幸運を運ぶ女神様にでもなろうかしら?」
聞き慣れた声が聞こえると同時に目の前の矢に横から飛んで来た火球が当たって爆発したのでした。
声の方を見ると、そこには小型爆裂弾を打ち出したであろうティルと月虹丸を構えたタツミさんが立っていました。
「タツミさん! と……ティル……ですよね?」
ティルなのですが、外見は全く一緒ですが……感じる精霊力が桁違いに大きくなってます。この力は進化したのですか!?
「そうよ。さっきの告白イベントで進化したのよ。もうハッキネンに大きい顔させないんだから。」
自慢気にティルがこちらに近づいて私達にデコピンを喰らわせました。
「痛! 何をする!」
呆けていたハッキネンがティルの方に文句を言いますが、もっと厳しい顔でティルが
「しっかりしなさい! アンタがそんなだとリィムが巻き添えで死ぬわよ!」
「な! お前にだけは言われたくない! いっつも無茶ばかりする奴に!」
「だったら行動で示したら? ハッキネンはいっつもクールで冷静に戦うんでしょ? 熱くなるのは私の仕事。アンタはカッコよく冷静に決めなさいよ!」
そう言ってもう一回デコピンをしてきました。ちょっと痛いですが、ティルなりにハッキネンに喝を入れてくれているのでしょう。
「な、なななな、何だぅと! 解った! や、やってやりゅ!」
(((激しく噛んだな……)))
ハッキネンは照れた表情を浮かべながら立ち上がって両手で顔を叩いて気合を入れ直します。そして二人の集合精霊の方を見ると、今の気合入れの時間をタツミさんが稼いでくれていた様です。
と言うか、私達が八寒地獄を出すまでは苦戦した二人にタツミさんは器用に月虹丸で受け流し、反撃し、そして更に返し技と流れる様な剣技をしています。いつの間にあんな動きを……って、アレ? ティルがここに居ると言う事はタツミさん誰とも同化してないですよね!?
「ティル、4層なのにタツミさんは誰とも同化しないで大丈夫なのですか!?」
慌てて聞くと、ティルは黙って見てなさいと言わんばかりの表情で返事をしてきました。
「大丈夫、タツミも強くなったのよ。多分、過去イチで絶好調だと思うわよ。コレが愛の力かしらね。」
(流石にリバイバーの力で欠損していた生命力が補填されて絶好調とは言えないからなぁ……どう説明した物かしらね。愛の力でどこまで誤魔化せるかしら。)
「そ、そうなんですか……ティルが二人の感情で進化したらなら、それに伴ってタツミさんやヒジリも恩恵を受けたと言う事なのでしょうか。」
精霊が進化すると契約主にも基礎能力の恩恵が有るのは知っていましたが……あの動きは流石に強くなりすぎてませんか?
「フハハハハ! 軽い! 体が軽いぞぉぉぉぉ! そしてよく見える! 『身体強化』と『発熱』で前のハッキネンと戦った時みたいに手が冷たくないぞぉぉ!」
タツミさんが妙なハイテンションで集合精霊の二人と戦っています。しかも剣技だけで押しているから驚きです。あの動きのキレが本来のタツミさんの実力なのでしょうか?
「ティルとヒジリちゃんが来たところで、作戦会議が有るんだけど良いかしら?」
私達が驚いて見ていると、いつの間にかナギが隣に来ていました。
「多分だけど、アラスティアとユキの方が断然に不利な状況の様だわよ。こちらもあんまり時間を掛けられないわよ。」
緊迫した表情でナギが伝えて来ました。確かに相性が良いとは言え油断は出来ません。早くこちらを終わらせて助けに行かないと。
「ハッキネンとリィムは倒せるの? 自分の親でしょ? 無理ならティルとタツミ君に任せなさい。」
ナギの言葉にハッキネンが黙ってしまいました。色々と複雑な感情が入り混じっています。これでは無理でしょう。でも私は覚悟を決めました。
「分かりました。私がやります。ハッキネン、変わって下さい。」
「リィム!?」
ハッキネンが驚いた顔をしていますが、私はもうハッキネンのあの感情を見て覚悟を決めていました。
「アレは残留思念だけど、お父さんとお母さんじゃない。見た目はそうだけど、あの時に感じた温かい感情は湧いて来ません。多分ですが人格みたいなモノは無いのだと思います。」
そう言うとハッキネンが確かにと言う顔になりました。
「それに、お父さんとお母さんなら私達に刀を向けない筈です。だから私はお父さんとお母さんがもし結合結晶に取り込まれているとしたら、そこから解放します。アレを砕いて二人を自由にしてあげるんです! 誰の為でもない私自身の為に!」
覚悟を決めると私が表に出ました。ハッキネンが具現化した装備は消えましたが、それでもしっかりと色んな覚悟が出来ました。
この世は理不尽な事ばかりです。
良い事よりも悪い事の方が多く起きます。
心が削られるような出来事だって起きます。
今日も初恋が終わったり。
両親と戦ったりと散々です。
人生の楽しい事って何だろうと思っちゃいます。
それでも私は生きて行きたい。
それでも真っ直ぐな自分でいたい。
変わらない過去を否定したり目を背けたくない。
過去が有るから今の自分になったんだ。
自分を否定する人間になりたくないから。
自分を諦めたくないから。
大事な家族や仲間が居るから。
そんな人達に胸を張って誇れる自分でいたいから。
だからそんな理不尽に真っ向から向き合うのです!
現実に打ちのめされてもそれは自分を曲げる言い訳にしてはいけない!
その先に見える景色にこそ本当の価値が有るのだから!
私は私らしく生きる為に覚悟を決めるのだと!
「私は負けない! 最悪の運命だろうが、私は自分が幸せだと思って生きれるように運命をねじ伏せてやります! 神様が邪魔をするならそれですら叩き伏せてやります!」
気合を入れて立ち上がると、私は氷の槍を具現化して残っている冷気を全て槍に集めました。
「ハッキネンが辛い思いをしているのは嫌ですからね。私は大丈夫です。今はタツミさんやヒジリ、それに皆が居るから寂しくありません!」
そう、私の心からの本音だ。今の私はあの頃の私ではない。人間界の時の独りぼっちだった私ではないのです。精霊界に来てからの兄上とハッキネンだけの家族じゃない。もっとたくさんの大事な友と呼べる仲間が出来たのです。
だから大丈夫!
そう覚悟を決めると、体の中から何か力が湧いて来るようでした。ハッキネンから感じる精霊力が大きくなっていきます。
「リィム、今の強い感情でなんか進化した様な気がする。」
不意にハッキネンが進化したと言って来ましたが……そうですか今の様な感情が精霊にとっても進化する程の強い感情なのですね。
私は目をつぶって大きく深呼吸をします。そして目を開くと同時に決意を新たに集合精霊体へと視線を向けます。あそこに居る両親を開放する為に。
(やっと起きても大丈夫のようだね!)
同時に聞いた事の無い声が頭に響いたのでした。




