第109話 記憶の追走
目の前に広がった光景は……これは誰の記憶でしょうか? 目の前には見知らぬ人が普通の生活を送っている光景が映っています。
そしてその映像はまるで映像の早送りの様に次々と切り替わっていきました。男の子、女の子、老若男女関係無しと言った具合に次々と……。
(これは私が肉体に仮住まいさせて貰った人たちの記憶です。)
「コレが……一体何人分の記憶なの?」
(数え切れません。私の力は人間には毒らしく、精霊界に行かなかった宿り主は全て数年以内に亡くなりました。)
その言葉に違和感を覚えました。私の心臓は先天性とは聞いていたが、症状の確認は2歳の頃なので両親が不思議がっていました。まぁ、小さい頃は見逃しても仕方ないのかも知れない程度と考えていた様でしたが……。
(ええ、そうです。私の力がアナタの心臓に負担を掛けていたせいです。)
「え? 私の体質ってリバティのせいだったの?」
(あのー、すみません。その呼び方はやめて欲しいのですが……)
「じゃあ、リバちゃん?」
(えっと……リバイバーの方でお願いしたいのですが……)
「分かった。リバちゃんにするね。」
(……人の話聞いてます?)
そんなやり取りをしていると、今度は見た事の有る火の精霊界の光景が見えました。
「ここは火の精霊界よね……? またリバちゃんの記憶かしら?」
周りを見渡すと、これは先程までと似た感覚ですね。
「リバちゃん~? 目が覚めたかしら~?」
声がした方を見るとレピスさんが居ました。そして目の前には一人の少女が困惑した表情で立っています。
「あ、あの? アナタは誰ですか? 私は何でこんな所に?」
「私よ、レピスよ~。解らないの~?」
間延び口調は相変わらず変わりませんね……。そして話しかけられている少女は段々と恐怖にひきつった表情になっています。
「だ、誰ですか? ここは? 私を家に帰してください!」
「また肉体の主導権を取らなかったのね〜。そうなると〜アタナには興味無いの~。アナタの奥に眠っている子を起こしたいだけなのよ~。」
レピスさんはそう言うと少女の肩を掴んで、ゆっくりと語りかけています。
「あなたは〜強い精霊を具現化出来なかったのね〜、だったら用は無いから〜肉体をあの子に渡して頂戴~。その程度の~精霊じゃ~もう二度と帰れないのだし~。」
言うと同時にレピスさんは指先から光が収束した熱線を少女の足先に打ち込みました。
「ヒィ! 痛いぃぃぃ!」
「リバちゃん~? 早く出て来なさいな~。そうしないとこの子が~死んだ方がマシな目に合ってしまうわよ~? それとも~この子の精神が摩耗するまで~放置しちゃうの~?」
痛みで倒れた少女の額に指先を当てて言葉を続けます。
「肉体を壊し過ぎると~あの子もまた違う宿り主に行っちゃうから~。どうしたら外側から感情だけを殺せるのかしらね~? 便利な方法は無いかしら~?」
冷徹な目で少女を見下ろしていると、少女は首を小刻みに左右に振って何かを訴えようとしています。
「今まで~、精神の摩耗が終わるのを待ったりしてたんだけど~。その場合って時間が掛かって面倒なのよ~。その間に人間の肉体と言う器が~リバちゃんの力に耐えられなくて~会えないまま終わる事も有るのよね~。」
表現できない様な冷たい眼差しで少女を見つめます。少女は恐怖で余計に震えあがっています。
「拷問でもして~、強引に精神を壊してしまえば良いのかしら~? ねぇ~? アナタはどう思う~?」
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
今度は耳を撃ち抜きました……飛ばされた耳が地面に落ちると同時に熱で焼け焦げたニオイが立ち込めました。
「時間をかけて~ゆっくりと絶望するのと~。今、生きるのを諦めるのと~どっちが良いかしらね~?」
怖い怖い! 怖すぎですよ! 何その目! まるで人を何だと思っているのです!? まるで実験動物を見る科学者の様な目です。
「た……たすけ……。」
額に当てている指に力が入って行くのが伝わります。レピスさんは次々と急所以外の場所を何度か撃ち抜いていきます。レーザーで撃ち抜いているせいか出血が無いので、見てて拷問以外何物でも無い様に見えます。
そしてついに少女の意識が消えたのが解りました。恐怖と痛みで精神がやられたのでしょうか?
もしくはリバティが肉体の主導権を強引に奪ったのかも知れません。これ以上精神的にも肉体的にも拷問を受けさせるぐらいならと。そして肉体が炎に包まれて段々と形が少しづつ変わるのが解ります。
「レピ姉! 何てことするのよ!? 何でこんな酷い事が出来るの!」
少女の肉体の炎が消えたと思った時には、少女はリバちゃんの姿に変わりました。そしてとても憤慨しています。
「言ったでしょ~? 大事なのは家族であるリバちゃんとミスト、それにクロちゃんだけよ~。他がどうなろうと私は興味が無いわ~。」
「それって、他の人の命を大事にしないのとは違うでしょ! 何でそうなったのよ……昔のレピ姉はもっとみんなに優しかったじゃない!」
嬉しそうな表情のレピスさんをリバティは泣きながら罵声を浴びせています。しかしその声を無視してレピスさんはリバティに近寄ると優しく抱きしめます。
「リバちゃん~。誰にだって命の優先順位が有るの~。みんな平等には救えないの……だから~私は私の手の届く範囲のアナタ達だけは絶対守るって決めたの~。」
「そんな……こんな事を望んであの時二人を助けた訳じゃないのに……。」
リバティはそのまま悔しそうな声でレピスさんの腕の中で泣き続けていますが、これって正解は有るのかしら? 確かにレピスさんの行動は問題が有りますが、全部を否定する事は難しいです。
私には見えました……少女の意識が死んだ時、レピスさんはとても悲しそうな目をしていました……そして小声で呟いていました。
「帰れる見込みが無い子が~時間をかけて絶望していくよりも~いっそ~今、安楽死の様に~してあげた方が~幸せよね……やっと帰れても~時代だけが過ぎて~また絶望しちゃうんですもの……。」
その言葉は抹殺派の思考に近い気がしますが……レピスさんは保護派でしたよね? どう言う事なのでしょうか?
いや……タブレスさんから聞いた話はあくまで精霊界主体の考え方でしたね。今のレピスさんはリバちゃんの件も有るのでしょうが、人としての視点からの発言の気がします……私もどちらが正しいかと言われたら自信が有りません。
でもこの場合は犠牲になった少女に罪は有りませんし、そもそもの体質を作る為に特異点へ変化を使ったリバティを責めるのもあの映像を見た後では違う気がします。簡単に言えば精霊界に飛ばされた運の悪さ……が元凶なのでしょうか?
色々と考えていると再び白い空間に戻されました。
(彼女は愛が深すぎて段々と狂ってしまいました。)
「でも、一回肉体を得たならそのまま精霊界で過ごせないの? 体が耐えられないって。」
精霊界では人間も年を取らない。肉体が変化しないなら最初の被害者だけで穏便に暮らせたのではないだろうか?
(残念ながら、普通の人間の肉体では特異点変換した私達の力に耐えられないのです。神器2つ分の力が強すぎて、ある程度の時が経つと体が崩壊してしまいました。)
「ではレピスさんも?」
(いえ、レピスだけは最初の宿り主のままです。)
「ん? どういう事? 説明がかみ合って無いように聞こえるんだけど?」
(レピスは最初の時に消耗が酷かった為か、眠りが深すぎて暫く起きなかったそうです。そして宿り主が精神の摩耗で精霊に取り込まれてから起きたのです。そしてその精霊は神器化まで済ませ、十分に成長した希少な龍将位精霊だったので、器として無事に耐えられたのだと思います。)
「ちょっと待って? そしたら私も耐えられなくて体が崩壊するの? 折角タツミ君と付き合えたのに!?」
話を総合すると、このままだと私は短命が確定してしまうではないですか! 流石にそれは御免です!
(多分大丈夫です。ティルレートとタツミさんを使えば皆が無事で切り抜けれるかも知れません。)
「どう言う事?」
(二人の存在は特殊です。先程ティルレートは龍将位精霊に進化しました。これならば私の力を彼女を経由してタツミさんにも分散すれば何とかなると思います。)
「アルセインがそこまで進化したの? それにタツミ君も何か関係しているの?」
タツミ君にも力を分散って……どう言う事でしょうか?
(宿り主の精霊にも力を移せますが、最終的には一つになります。でもティルは命名契約を二人と結んでいます。それを利用してタツミさんにも力を分散すれば負担が相当減る筈です。心臓も負担が減れば通常になる筈です。)
「アルセインをパイプ役にして、一人では耐えられない力を分担させるのね……って私の心臓も治るの?」
(私の力の負担での症状ですから。むしろ私が宿って人間界で10年以上生きたのはアタナが初めてですよ。)
何かとても物騒なセリフが聞こえた気がしますが……想像すると怖いので止めておきます。
「それって喜んで良い事……なのよね?」
(そうですね、前の宿り主は……あなたの親戚の子供でした。その子は数年しか耐えられなくて……)
「もしかして叔母さんの……」
(さぁ、お話の時間はここまでです。まずはティルレートと同化してください。力を彼女に渡します。)
「わ、解ったわ。ありがとうリバちゃん。」
(後、今見た話は他言無用です。多分レピスはティルレートが強い精霊と見て、私の器として様子を見ようとしてます。なので私との接触をレピスに気が付かれると危険です。彼女はフルネームと顔を覚えた精霊の視界をどこからでも監視できます。充分に気を付けて。)
その声を最後に再び光の空間から意識が移動していくのが分かる。
(それと……アナタの側にいる私の可愛い妹、ミストを宜しくお願いします。)
ぇ? 最後に何かとんでもない事言って無かった!? 誰の中に隠れてるの!?
意識がしっかりと戻った時、目の前には閃光弾らしき光の球体を手の平の上に作り出して今まさに投げようとしている三上さんの姿が見えました。
そして再び視界は白い世界に包まれましたのでした。




