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第101話 想い人

 さて、どこから話した方が良いのだろうか?


 俺は剣道が嫌いになった。


 理由こそくだらないが、俺は兄の様になれなかった。理想としていた自分になれない自分を見るのが嫌だったからだ。それでも『何となく』に流されて続けていたのだが、どこかでずっと辞める理由を探していた。


 だって理想の自分になれないと分っているのに努力を続ける事に何の意味が有るのだろうか? 諦める事も重要な事なんじゃ無いのか?


 そう思いつつも、辞めるキッカケどころか辞められない理由だけが増えていく。


 最初のキッカケはレンとの出会いだ。スポ少で初めて出会った頃のレンは、あの頃の俺と同じ目をして語っていたのを覚えている。


「なぁ、お前の兄ちゃんすげぇな! 俺もああなりてぇ! 一緒に頑張ろうぜ!」


 同じ目標を持って、同じく挫折したけど、それでも二人で続けていた。同じ絶望を味わったからこそ変な絆みたいな物で頑張れたんだと思う。一人だったら既に辞めていただろう。誰かが居るからこそ人は頑張れると言うなら、俺はレンが居たから頑張れたのだと思う。


 そして次のキッカケは中学2年の時のバレンタインデーの俺宛に送られたチョコと手紙だった。


『あなたの剣道を応援しています。頑張ってください。』


 たった一言だけのチョコに添えられていた手紙の一文だった。


 『何となく』で続けていた剣道でこんな事が起こるとは思っていなかったのだ。


 家族や友達からじゃない、全く俺を知らない人からの純粋な応援と言うか……チョコ付きでわざわざ家のポストにまで入れて来るんだから好意が有ると思って良いんだよな?


 そして思い出したのが、中総体の帰りに顧問の先生から俺の剣道を見て感動してた奴がいたぞと言われた事だ。例え好意で無いとしても、今まで続けたから発生した縁みたいな物を感じた。俺はこの人に会いたいと思った。


 ちなみに顧問の先生に誰なのか確認してみたら、個人情報だからと言う事で同い年と言う事以外全く教えてくれなかったのだ。


 結果として剣道を続けていれば会えるかもと言う邪念が俺の剣道を続ける行動理由に加わったのは言うまでも無い。


 翌年の中3のバレンタイン。もし今年も来たら出会えるまでは剣道を頑張ろうと決めて一日中ソワソワしながら過ごしたのを覚えている。


 そして夕方過ぎ、兄さんのチョコラッシュが終わる頃、玄関のチャイムが鳴って表に出ると去年と同じく誰も居なかったがポストに1個だけチョコの入った箱と手紙が添えられていた。


『高校でも剣道頑張ってください。』


 この一言だけのメッセージで俺の剣道継続は確定した。ただ、続ける覚悟は出来たが嫌いな物は嫌いだったと明言しておく。モヤモヤした気持ちが残ったまま続けていたのは事実だった。


 高校になって肘を故障して、難治性のテニス肘と言われた。辞めるにはいい口実だ。勉強を頑張れば何とか卒業は出来るだろうし、大学を目指さなくても専門学校と言う手も有る。


 そんな事を考えたりもしたが、バレンタインの人との接点も無くなってしまうと思った……このまま会えないのは嫌だ。その思いの方が強かった。結局は上段の構えという片手で工夫して続けることになった。


 そして高校になってもバレンタインにはチョコがポストに入れられていた。ずっと見てくれているのだなと思う反面、いい加減に会いに来てくれよとも思った。


 ついに高校2年になった俺は今年こそは探し出すと気合を入れ直した。


 今までレンには探す協力を求めていたが、一向に大会の会場も練習場にもそれらしき人は見つからなかった。一体どこから見ているのだろうか? 剣道の観客なんて言い方は悪いが関係者以外は本当に少ないのに。


 そんな焦る日々を送っていたある日、俺は精霊界に飛ばされてヒジリに出会った。


 最初は人見知りが激しい子なんだなぁ……と位にしか思わなかったが、土の精霊界で肘を直して貰った時の一言が引っかかっていた。


(このケガはやっぱり1年生の夏の時に?)


 1年の高総体は出ていたが、その後は肘のケガをしてからは公式戦は出ていない。


(先生に剣道の補助員を大会の度にお願いされてたの。その時に自分の学校の試合を見てて、タツミ君を見たんです。)


 ここまでは問題無いのだが、気になったのは次の発言だった。


(タツミ君の剣道がとても綺麗で芸術的にすら見えたから。それでとても印象に残っていたの。)


 内申点狙いで補助員をやったのなら誰かが説明しない限り1本の概念は全く解らない筈だ。なのに何故に芸術的なものなのかを理解出来るだけの知識が有ったのかと言う所だ。


 あの当時の俺の「切り落とし」の技術は説明が無ければ相打ちなのに俺が何故勝った? と言うのが普通の筈だ。


 つまり誰かが説明したと言う事になる。失礼な言い方だが、ヒジリと同じく剣道部以外の補助員が圧倒的に多い中で説明出来るのは顧問レベルの先生位だろう。中学時代の話を聞く事を忘れたために確証を得る事は難しかった。


 そしてこの前のレンの失言だ。


(いや、『ナギは別の中学』だぞ。)


 ヒジリが俺やレンとも違う中学なら「違う中学だぞ」になる筈なのだ。わざわざ「ナギは」と言う必要は無い筈だ。要するにヒジリは俺達と同じ中学だったと言う事になる。そして先程の三上さんの発言で中学が同じことを確信した。


 そうなると中学の先生が言っていた子がヒジリで、先生から「切り落とし」の技術の意味を説明されて、理解した上で見たと言うなら一連の発言に納得が出来るのだ。


 そしてヒジリの行動も、最初こそ人見知りで照れている様に見えるだけなのかとも思っていたが、行動がどうにも積極的過ぎると思われる所が有る。


 「大いなる再生者(グランド・リバイバー)」を見せない為とは言え、密室で二人きりでの治療とか、土の精霊界での買い物の時のリアクションとかを見れば、人見知りの女性が初対面の男性にする行動ではない。


 自分に都合の良い考え方かもしれないが、何となく確信できた。





「それではクイズ! 中学2年のバレンタインの手紙の内容は!? せーので答えてください! 答えなかったらナギから罰ゲームが待っています! 良いですか? タイミングを合わせてちゃんと答えてくださいね? では行くよ~。」


 パティスの騒がしい声が龍穴内に響いている。何と言うか長ったらしく喋っているせいも有るが、この時間が物凄く長く感じる。


 やかましい筈なのに静かにも感じてしまう。これは緊張しているのだろうか? ずっと知りたかった答えが目の前に有ると確信しているものの、知るのが怖い気もするし、どう接して良いか解らなくて困惑している自分もいる。


 いや、困惑しているのではない……きっとこれは……


「せーの!」


「「あなたの剣道を応援しています。頑張ってください。」」


 俺とヒジリは同じ言葉を紡ぎ出した。


「あ、あああ、あの……黙っててゴメンナサイ……。引かれるかと思ったら、い、言い出せなくて……。」


 答え合わせの後、ヒジリは耳まで真っ赤にしながら恐る恐るこちらを見ている。


「いや、別に引きはしないさ。もしかしたらとは途中から思っていたけど。」


 自分がどんな表情で言っているのか全く理解できなかったが、心臓の音だけはうるさいのが自覚できた。しばらく沈黙が流れると空気を察したのか、パティスが場を動かそうとしゃべり出した。


「ハイ! 大正解ー! では正解の特典として、告白タイムに移れます!? さぁ選択肢をどうぞ! イエス? ノー? と言うかこの場でノーなんて言う選択肢は存在しないと思いますけどね!」


「「な!?」」


 俺とヒジリは同時に視線をナギに移した。パティスがしゃべっている時点でナギがけしかけていると言う事だからだ。


「ホラ、もう今更よ。それにこの場を納得させる行動を取らないと言う事はリィムにも三上さんにも失礼だと思うんだけど?」


 腹を括ったつもりだが、これは何の公開処刑なのだろうか? しかしナギの言う事ももっともなので、決意して言葉を考える。


「ヒ、ヒジリ。あ、あの……俺と……。」

「ちょ、ちょっと待って!」


 言葉を言いかけた瞬間にヒジリが珍しく大きい声で俺を制止した。その様子にナギ達も驚いた表情を見せる。


「わ、私の事を最後まで誰かに任せちゃダメ……、だ、だだだ、だからちゃんと私の言葉で言わせてください。ちゃんと自分の言葉で伝えないと意味が無いから。」


 意を決した表情でヒジリが顔を上げて俺の方を見て来た。強い感情を宿した瞳だった。その瞳を見て俺の意識も変わる。


 そうだ、場の雰囲気で言うんじゃない。俺の……俺だけの言葉でちゃんと素直な気持ちを伝えないといけない事に気が付かされた。


「あ、あああ、あの、ちゃんと聞いて下さい! 変な子と思っても構わないの。自分の行動と感情を伝えます。だってウソは付きたく無いから。」


 ヒジリは顔を真っ赤にしながらも真剣な眼差しでこちらを見ている。俺も真剣な面持ちでヒジリの言葉にうなずいた。



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