第98話 ユキとアラスティア
「ちょっと! 何でこんなに吹雪くのよ! こんなの聞いて無いんだけど!」
「知るか! そもそも確認も取らずに無鉄砲に精霊界を移動するからだ!」
氷の精霊界の吹雪の中、一人の少女が大声で自分の中に居る精霊と騒ぎながら歩いていた。
「何よ! 人の恋路の邪魔をするつもりなら許さないんだから!?」
「別に邪魔はしないが、無計画に進むのは違うだろう? もう少し考えて行動したらどうなんだ? そんなんだから意中の相手にもフラれるんだろう。」
「やっかましいわよ! 当たって砕けろと言うでしょ。人生トライ&エラーが大事でしょ!」
「トライ&エラーのレベルが問題だと思うんだが!?」
少女は荒々しい口調で自分の精霊に文句を投げかけているが、どちらかと言えば正論を言っているのは精霊の方だと思われる。
吹雪の中を歩く少女の姿は黒髪黒眼で胸元まで伸びた髪をおさげに結っていた。目は活発さが分かる程に大きく見開かれていた。
「そこまでして会いたいと思う男が居る事は素晴らしいと思うんだが、それってユキの世界ではストーカーとか言うものじゃ無いのか?」
「誰がストーカーよ! この純愛がストーカーと言われてたまるもんですか! それに私はコソコソとしてません! 何度もアタックをくり返しているんだからね!」
外の温度とは裏腹に二人の会話の熱はヒートアップしていく。
「いくら言ってもユキは止まらないのは知っている。好きにしろとは言うが、人様に迷惑をかけるのだけはやめてくれ……。」
「ちょっと! アラスティア! 普通はご主人様を励ますもんでしょ!? いつ人様に迷惑をかけたって言うの!」
「いや、契約主では有るがご主人様って関係じゃ無いと思うのだが……。私の方が変なのか?」
アラスティアと言われた精霊は契約主のユキと呼ばれた少女に圧倒されていた。と言うか一方的に言い負けている様だった。
正論を言っているのはアラスティアなのに理不尽さを感じる会話が辺りに響くが、吹雪の音で遠くまでは届いていなかった。
「しかし、あのレピスと言う精霊の言う事を全部信じるのか? ウソはついていないだろうが、勘違いと言う可能性も有るのだぞ? もしくはユキが知っている人物と偶然に特徴が一致しているだけと言う可能性も有るのだぞ?」
「だから確かめに行くんでしょ? 恋に障害は付きものなんだから! アンタは黙ってついて来なさい!」
ユキと呼ばれた少女はそのまま吹雪の雪原を突き進んでいく。
「いや、流石に光の精霊石での暖は取れているが……そろそろ耐久的に限界じゃ無いのか?」
アラスティアが困ったような声を出すと、ユキは立ち止まって深呼吸をしてから話し始めた。
「アラスティア……今更だから言うけど。」
「どうした?」
「今更この吹雪の中をどうしろって言うの!? 何か良い案が有るなら言ってみなさい! この頭でっかちの発言ばっかりで役に立たないくせに!」
ユキの怒りがこもった怒声が響いた。
「な……や、役立たずとは失礼な! そもそもこうなる前にもっと考えて行動すれば良かったのでは無いのか? 人のせいにするな!」
負けじとアラスティアも言い返すがこの二人の大声は辺りの雪に吸い込まれて誰にも届く事は無かった。
「はぁ!? だったら移動する前にもっと具体的にアドバイスしなさいよ! 『本当に大丈夫か?』 しか聞かなかったくせに! 精霊界ならアンタの方が詳しい筈でしょ!」
「アンタって何だ! そもそも私だって長生きしている訳じゃ無いんだぞ!? 色々とトラブルを想定するのはお互いの仕事だろうが! 私ばっかりに責任を押し付けるんじゃない!」
「じゃあこの状況でグダグダ言わないで頂戴! 大事なのは今に文句付けるよりも、この反省を生かして次に生かす事でしょうが!」
「その失敗を何度も繰り返して成功しないからこうやって文句を付けているのだろうが! ユキの言葉は言っている事は真っ当だが行動がともなって無いだろうが!」
二人のやかましいケンカは続いている。ユキは意識を自分の中に向けてアラスティアと話しているせいか、足元の雪原には注意が一切向いていない。
「うっさい! その反省を一緒に行かすのが相棒って言うも……って! うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
何かを言いかけた瞬間、悲鳴と共にユキの足が雪原の奥深くへと飲み込まれて行き、姿が全く見えなくなった。
「またオマエわぁぁぁ! 何でいっつもそうなんだあぁぁぁぁ!」
アラスティアの涙声の悲鳴が一緒に響いていたのは言うまでも無かった。
「イタタタ……何なのよこのヘンテコな大穴は?」
雪がクッションになったおかげか、ユキは大きな空洞に落ちたのだがケガはしていない様だった。そして周りを確認するが、そこはまさに洞窟の中と言った感じだった。
地面は全て分厚い氷で覆われており、壁も氷と言うか、つららの太い物が大量に壁に張り付いていると言った感じだ。洞窟の中は冷気で満たされていて、下手をすれば吹雪いている地上よりも寒いかも知れない。
「これは……もしかしてウワサに聞く『龍穴』か? 雪と吹雪で入り口が隠れていたのか……。」
アラスティアも周囲を観察すると精霊力が濃くなっているのに気が付いたようだった。そうなると特性上、ここは龍穴なのだろうと答えを出した。
「で、どうやって出る? 落ちてきた穴はかなり上の方だから流石に登るのは現実的じゃないか。」
ユキも冷静に周りを見渡して現状を把握しようとする。しかし落ちて来た穴の入り口は遥か頭上で、とてもでは無いが登れないであろう。
「取りあえず……頭上に閃光弾でも打ち上げて助けを求めてみるのはどうだろうか? 運よく誰かが見てくれれば救助に来てくれるかも知れないぞ。」
「いや、この吹雪の中で閃光弾上げたって見えないでしょうが? それに真っ当な精霊じゃなくてはぐれ精霊が来たらどうすんの?」
二人の虚しい言い合いは続くが結局は適切な答えは出なかった。
「ハァ……ハァ……で、アラスティアは取りあえず閃光弾撃ちあげてじっとして居ろって言うのね?」
「そ……そうだ……、ユキは移動して出口を探すと言い続ける訳だな。」
言い合いは平行線をたどり、既に1時間は経過していた。何という時間の無駄使いと言わんばかりの程度の低い言い合いであった。
「じゃあさ……あそこに出現しようとしている、下位精霊はどうすんの? 倒すにしても逃げるのしても、移動しないと言う選択肢は無いと思うんだけど?」
「くっ……そうだな、待つにしても龍穴内は下位精霊が湧くのだったな……仕方ない。今回はユキの言う通りに移動して出口を探すことにしよう。」
二人の周りに下位精霊が複数体具現化していくのが確認できた。そして下位精霊達はユキ達を目標に定めて襲い掛かろうと準備する。
「仕方ないわねアラスティア、いつもどうりやるわよ。」
「了解、初手は任せた。」
ユキはそう言うと両手の掌を肘の高さにして上を向けると、拳大の光の弾が両手の前に出来上がる。
「さぁ! ユキ様お手製の閃光弾よ!」
光の球を具現化させるとボールを投げる様に下位精霊に向けて投げつける。そして球はぶつかる前に炸裂して眩い光を発生させる。ユキは次々と閃光弾を投げつけると辺り一帯が純白の世界に包まれた。
閃光弾の光に包まれるとアラスティアが表に出て来る。ユキの瞳と髪は金髪金眼へと変貌する。アラスティアは閃光の中に手を突っ込むと一振りの光の剣を取り出した。
「行くぞ! 無限の光に飲まれて消えろ! 『閃光の刃』!」
そう叫ぶと同時に、光で目が潰されている下位精霊達を「閃光の刃」で立て続けに斬り裂いていく。光を圧縮させた剣は高熱を発しており、斬り裂いた相手の切り口は熱を帯びて真っ赤に焼けただれていた。
そして閃光弾の光が収まって行く頃には下位精霊達も光となって霧散していったのだった。
「この程度の敵なら造作も無いが、出口を探すに越した事は無いようだな。」
「だから言ったでしょう。さっさと探しましょう。」
アラスティアはユキと交代して裏に下がると、氷の龍穴の中を出口なのか、深部なのか解らない方へと歩を進めて行ったのだった。




