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1話 異世界? いいえ精霊界です

「ほら、お兄ちゃんの試合が始まるわよ。」


 母が指差して俺に教える。目の前では兄の試合が始まるところだ。兄さんは7歳年上で俺が物心ついた時には兄さんの剣道の試合をよく両親に連れられて見に来ていた。


 言われなくても見てるし見逃さない。いや、見逃せない。


「メェェェーン!」


 兄さんは試合が始まると剣先で相手の竹刀を払いながら振りかぶり、そのまま綺麗に相手へ一撃を決める。


 無駄のない払い技だ。一連の動きが淀みなく流れる様に決まっていく様は最早芸術だと小さい俺でも理解出来た。


「流石はお兄ちゃんだ!凄いね!これで全国大会ってのに出場するんでしょ?」


 俺は両親に無邪気な笑顔で声を掛ける。兄さんの剣道は身内と言う目線を抜いても異常な程の強さだった。中学2年で全国大会出場を決めたのだ。


「タツミも剣道をやるか? お兄ちゃんも小学1年生から始めたんだ。お前もそろそろ始めて見ても良いだろう。」


 父が笑顔で言って来る。俺も兄さんの様になれるのだと、あの芸術の様な剣道をできるのだと信じて疑わなかった。 


「うん!僕もやる!絶対お兄ちゃんの様になるんだ!」


 やめろ! やめておくんだ!

 お前は天才じゃない! ただの凡人だ!

 覚めない悪夢が始まるぞ!


 心の中で叫ぶが記憶の中の俺は無邪気に喜んでいるだけだ。


「お前もお兄ちゃんの弟だからな! きっと強くなれるぞ!」


 記憶の中と解っているのに父の笑顔が眩しくて見ていられない。結局俺は誰の期待にも応えれない、兄の背中に憧れ続ける凡人でしかないと痛感させられるのだから。

 



――――――――――――――――――



「………き……て……。起き…………くだ……。」


 誰かが俺をゆすって起こそうとしている。


 助かった……たまに見るこの悪夢から覚まさせてくれるなら天使や悪魔だって構わない。いい加減俺を解放してくれ。


「いい加減起きろー!」


 激しい衝撃と共に俺は自分が転がるのを感じて目が覚めた。俺は驚いて目を開けて体を起こすと綺麗な薄紅色の瞳と髪をした少女の顔が間近にあった。


「やっと起きた! さぁ、私に名前をくださいな!」


 何がおきたのか解らず数秒ほど惚けていたが、段々と頭が現状を理解……出来る訳無いだろ! 誰だよこの人!


「アンタ誰だ? それに……ここは?」


 警戒しながら逃げる様に立ち上がり、少女から少し離れ改めて周りを見渡すとそこには半径数メートル程の真っ白な空間が広がっていた。


 背中の真ん中で一本に纏めている腰まで伸びた綺麗な薄紅色の髪をふわりと舞う様になびかせながら少女は立ち上がると、ゆっくりと俺の方へと歩きて来た。


 俺より少し小柄な体で背伸びしながら、再び顔を間近まで近づけて俺を見上げげる。そして首をかしげながら不服そうな顔をしている。


「あの~聞いてます? 言葉通じてますか?」


 この見た目は明らかに日本人じゃないよな? つか、顔近すぎんだろ! 距離感バグってないかこの子! 彼女いない歴=年齢の俺には刺激が強い!


 と言うか……名前をください? 


 全くもって理解が追い付かない。そもそも俺は今どこに居て、何をしているのだろう……? 冷静になる為に深呼吸をして一歩引いてから目の前の少女に声をかける。



「言葉は通じている、と言うかここは何処で君は誰?」

「ここは火の精霊界よ? そして私は強い感情によって具現化した火の精霊!」

「火の…精霊界? 強い感情による具現化?」


 何のファンタジーのお話だろうと自分の首をかしげる。そして何が起きたのか少しづつ記憶をたどってみる。


 まず、俺の名前は工藤くどう 辰巳たつみ16歳の高校2年生。


 彼女なし=年齢なのはお約束。いや、単純に出会いが無かっただけだからな?

 

 高校は部活の推薦で入ったから部活三昧の日々を送り、剣道部だが女子部は無いのでむさ苦しい男だけの汗臭い青春を送っていました。


 そして……今日は台風が近づいて来ていて、さっさと家に帰ってから夕飯を食べて、自分の部屋で台風の雨音と雷が凄いなぁ……と思いつつゲームをしていた。ここまでは思い出せた。


 それから……そうだ!


 大きい地震が起きて時に、倒れたタンスで頭を打ったんだ……。


 で、最後にうっすら記憶が残っているのはテレビがショートしてるのか火花を出していて、窓ガラスが割れたのか外れたのか解らないが雨が顔に吹き付ける感覚があった。


 そして煙と何かが燃える音が聞こえてきて……

 あ、家が火事になっていたんだ……

 そう、地震と台風と火事のコンボで家が燃えていたんだ!

 で、俺は頭を打って意識が朦朧としていて……その後は……



「ここって死後の世界!?」


 自分の頭で出した結論を叫ぶ。それ以外考えられない。助けられたのなら病院のベッドの上だろうし。目の前には見た事のない美少女が居るんだぜ? どう考えても死後の世界の流れだろ?


「死んでないから! ここは精霊界! 精霊は生者の強い感情によってしか具現化しないから!」


 目の前の自称精霊の少女がこちらに負けない勢いで叫できた。中々元気の良い精霊さんだな。


「死んでないのか? じゃあ何故、俺は精霊界と言う所にいるんだ?」


「貴方が精霊界に来た原因は私では解らないし。そもそも私は具現化したばかりの精霊よ。なので精霊としての生存本能的なこと位しか解りません。」


 つまりこの子は生まれたばかりだから何も知らないって事か?


「じゃあ、精霊の生存本能的な事って何だ?」


「んっとね……精霊は元々は各精霊界に漂っている空気みたいなモノで、基本的には具現化する事も無いし、ただそこに恒常的に存在するモノなの。ただ、それに強い感情が反応すると、今の私みたいに意思を持って具現化するの。」


 説明がよく解らないが、何かの化学反応物質か?


「で、具現化した精霊は人間と契約しないと自分の具現化が維持出来なくなってしまうの。」


「契約って?」


「契約は人間は精霊に名前を与え、精霊が成長するのに必要な感情を与え続けるのよ。その代わり人間の方は精霊界での行動が可能になるって訳!」


「ぇ……感情を与え続けるって何? 感情を食って成長するの精霊って? 契約したら俺はそのうち感情無くなって廃人になるとか無いよな?」


「別に感情を食べたりしないよ。契約主の感情を共有する事で色んな事を学び、成長して行くの。別に契約主の人格が変わるだとか感情が無くなる事は無いし、そうなったら精霊も感情を貰えなくなるので困るわよ。」


「ちなみに契約しないとどうなるんだ?」


「ん~この場合、私は自我を無くして精霊界に取り込まれると言った方が正しいでしょうね、元に戻ると言う所かしら。そしてあなたは死んじゃうよ?」


「どう言う事だ?」


「さっき言ったわよね? 契約の代わりに人間は精霊界で行動できるようになると。逆を言えば契約しない場合。あなたも精霊界に取り込まれてしまうのよ?」


「俺が取り込まれる?」


 全く理解が追い付かない俺に少女は少し早口で説明を続ける。


「そもそも精霊界と人間界では精霊力の濃さが違うの。今は私がここら辺の精霊力を集めて具現化したので一時的に薄くなっているけど、普通の人間が精霊界の濃度の精霊力に晒されたら数分で潰される様にこの世界に取り込まれちゃうわ。」


「つまり人間界が陸の上で精霊界は深海みたいな所と言う事か? 理解した。契約はどうしたらいいんだ?」


「さっきも言ったけど私に名前をくださいな。『命名契約』する事で私はあなたの精霊として契約が成立するの。もう時間は無いから。急いで!」


「急いでと言われても……」


 急に名前なんて思いつかない。そもそも精霊だから日本の名前が似合うような外見でも無いし……。そんな事を考えてると急に体が軋むような感覚に襲われる。気が付くと周りの白い空間がほとんど無くなっていた。


 精霊力が元に戻っているのか、じわじわと物凄い力で体が押し潰されていくのを感じる。


「早く名前を! そろそろヤバいわ!」


 もう時間が無い、こうなったらぱっと浮かんだ名前だ!


「ティルレート……お前の名前はティルレート=アルセインだ!」


 自分でも何故そうなったか解らない名前を呼んだ。


「ティルレート=アルセインね! ありがとう! これで契約は成りました! 今後ともよろしくお願いします!」


 満面の笑みを浮かべたティルレートの顔見た所で俺はまた意識を失った。


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