輿入れの日(3)
「さーて、清涼殿に着きましたよ、姫」
まだ、表情が硬いままの「姫」。普段は化粧どころか紅すらひかないほどの化粧嫌いであったが、この日は婚姻の儀式の日取りである、侍女達が整えたその容貌は、どこに出しても恥ずかしくないほどの、否、嫁いだ相手先が彼女の美貌に対して恥じらう程の、玉藻の前でも化けるには力量が足りず身震いし嫉妬する容姿であった。恐らく並の者であればその場で組み伏し襲うか、それすらも思いつかず茫然自失とするほどの容姿を持つ彼女は、しかしその人外級に整った儘固まって震えており、周囲が促しても「触れてはいけない何か」に見えるほどの、ある種の神に似たものとなっていた。
だが、気丈にもある侍女が姫に声を掛けた。あるいは侍女もまた「美形は三日経てば飽きる」とでも言いそうな、それとも同性だからだろうか?
「……まだ、表情がほぐれていませんねえ……。相手は皇室です、いつもみたいにシャキっとしてくださいな」
相手は皇室であり、この世界で一番尊い家柄であり、本来の女生であればそこに嫁ぐことを生涯の目標とし、達成できれば極上の身の誉れとして生涯自慢するであろう相手だというのに、姫は相変わらずぷるぷると震えながら僅かにかぶりを振るのみであった。
「……あ、まさか酔いました?」
かぶりを振って顔色が悪いまま硬い表情をしている姫に対して、その侍女は見当違いな心配をしたが、勿論そうではない。否、あるいはそうだったかもしれないが、これは車酔いほどの単純な理由では無かった。というか、まあ、単に前世意識が残っているから殿方との交渉を嫌がっているだけだとは、さすがに気づきようも無かった。
「……私、そんなに荒っぽい運転しましたか……?」
御者が、その御者も姫に比べれば劣るとはいえ激萌少女であった、若干の謝意と共に姫を気遣ったが、それでも車酔いをしやすい姫のために、と車の中に無造作に置かれた鍋の、そのまたその鍋の中に無造作に置かれた豆腐が崩れないほどの運転技量を誇るその御者は、まあそもそも速度の出づらい牛車であることもあって、それは荒っぽい運転とはほど遠いものであった。勿論、車酔いが理由ではない。
そして、清涼殿の近くに止められた牛車から這い出るように出てきた「姫」は、案内人に導かれよろよろと、しかし確かな足取りで一歩一歩親王の元へ歩き……、歩かされていた。だが、彼女の脳裏はといえば……。