輿入れの日(2)
輿入れのための車は、いよいよ出発した。まあ、出発したと言っても後代のような発動機で動く車ではなく、牛馬の類いの動物が動力源である、前近代的な仕様であり、更に言えばその車はどちらかと言えば馬車ではなく牛車に近い仕様であった。まあ尤も、相手は皇室であるから、権威ある伝統的な乗り物の方が選ばれた、という事情も、あるにはあったのだが。
「…………」
牛車の中にいる「姫」は、ひどく憂鬱そうな顔をしていた。何故か。前世が男性であり、その前世の意識があるから、同じ性別の人間に抱かれたくない、という意識があったからであるが、とはいえ彼女の外見は、最早女性である。それも、非常に内財豊富な、ああすなわち、とんでもなく可憐な容姿の、顔面偏差値が100は越えてそうな、否、確実に越えているであろう容姿である。当然ながら、彼女は初めて鏡を見た当時、鼻血を吹いて倒れたというほど魅力的な、あるいは蠱惑的な容姿である。自分自身ですら慣れないほどのその容姿は、当然ながら殿方からすれば身の誉れを謳うほどの婚姻相手であった。それが、皇太子に立太子されていないとはいえ皇室に嫁ぐ。まあ、当然の采配といえた。
皇室には現在、複数の親王が存在したが、そのうち彼女が嫁ぐのは側室の中では母親の身分が比較的高い親王である。現天皇の正室が身籠もっている現状、その中の子が男児か女児かが判らないから立太子が控えられているだけで、比較的皇太子に成りうる親王であり、代々外戚を務めている家が正室であるからまだそれに遠慮していたが、今牛車に揺られて清涼殿へ向かっている彼女が嫁いだとあったら、さすがに外戚も黙るだろう、彼女はそれだけの説得力を容姿だけでも有する姫であった。
そんな、かぐや姫すら裸足で逃げ出す容姿を持つ姫は、しかし憂鬱であった。前世の、つまりは殿方としての意識があるから、というのもあったのだろうが、そうであることもだが彼女はその、「外戚を務める家」の影響乃至は嫌がらせを警戒していた節も存在していた。
そして、車が出発して1刻と小半刻が経過した頃、目的地に到着した。清涼殿、すなわち天皇の執務室であり、姫が嫁ぐ本日は婚姻式場でもある御殿であった。