王子との出会い「君は何も悪くない」
翌日、レミントン公爵は孫娘のシヴィアを伴って王城へと赴いた。
久しぶりの登城に国王は喜び、彼の申し出を快く承認すると予定通り子供達を会わせる。
第一王子のアルシェンは7歳で、キラキラと輝く金の髪に、賢そうな水色の瞳をシヴィアに向けた。
神秘的な紫水晶の瞳に、闇のような黒髪の少女を見て、思わずハッとする。
中々王城では見かけない濃い色に少しの驚きを感じたのだ。
「庭を案内せよ」
「はい、父上。行きましょうか、レミントン嬢」
「はい、殿下」
礼儀正しく差し出された腕に掴まって、二人は庭に出ていく。
その姿を微笑ましく見送りながら、国王とその友であるエルフィアは久しぶりに胸襟を開いて語り合った。
「君は、公爵家を継ぐのかい?」
「その事で、殿下にお願いがあるのですけれど、お聞き頂けますか?」
年下だがしっかりした視線を向けられて、アルシェンは目を瞬いた。
「私で叶えられる事ならば……約束はし兼ねるが」
言葉を濁したアルシェンに、ふわりとシヴィアは微笑んだ。
案内された椅子に腰かけて、続きを話す。
「わたくしが爵位を継ぐのは、従兄にきちんと公爵位を継がせる為なのです。伯父と伯母が事故で亡くなって以来、後妻の祖母によって従兄は酷い扱いを受けておりました」
「……後継争いで虐待が横行しているとは耳にしている。内部の告発が無い限り罰する事は難しいが、証言できる者がいるのなら、告発をすればいいのではないか?」
すぐに助け出さなければならない、命の危険がある場合はそうかもしれない。
シヴィアは少しだけ視線を庭に向ける。
「カッツェには傷を付けずに、全てを渡したいのです。今告発すれば元凶の祖母は排斥されても、その息子である我が父は罰せられないでしょう。そうなったら、祖母は手段を選ばず祖父を攻撃して、すぐにでも公爵位を空位にするはずです。わたくしはまだ、独り立ちできる知識もありません。ですが、父もまた無能ですから、親類縁者から公爵が選ばれるとして、その方がカッツェが成人した際に爵位を譲るかは賭けです。もっとひどい場合は父が受け継ぎ公爵家は没落し兼ねません」
「それは弱ったな……」
眉を顰めてアルシェンが腕組みをする。
内情を赤裸々に語りながら、シヴィアはその大人びた仕草が可愛いな、と笑顔をほんのり浮かべる。
「更にもっと最悪の事態になれば、わたくしに公爵位を継がせず、妹に継がせて婿を取ると思います。母は妹を溺愛しているので、わたくしから奪えるものは全て奪うでしょう」
「複雑だな、それは……」
「ふふ。ですので、防波堤として祖母が必要になるのです。祖母はわたくしに継がせたい、母は妹に与えたい、その二人が対立してる間に、わたくしとカッツェが成長して力を付ければ良いのです」
笑うシヴィアを見て、アルシェンは悲しそうな顔をして見つめる。
「悲しくないのか?」
「……悲しいと思えるだけマシだと、従兄を見て衝撃を受けたのです。殿下、恥を忍んで申し上げますが、従兄は犬と呼ばれていたのですよ。床に置いた皿から、食器を使わずにご飯を、犬の様に食べさせられて。実の祖母がそれを行い、実の父と実の母と実の妹がそれを嗤っていたのです。わたくしの悲しみなど吹き飛びました。ですから、殿下、全てを彼に返したいのです。これから祖父と領地で彼を療養させ、きっと正しく育てて、殿下の側に置いて頂けたらと思うのです」
絶句したまま、アルシェンは穏やかに告げるシヴィアを見ていた。
そこまで酷い話を、聞いたことが無かったのだ。
酷い家族に囲まれながらも、正しくあろうとするその強さにも驚いて言葉を失う。
「わたくしはですね、殿下。伯父と伯母の事故にも疑問を持っておりますの。調べたいけどその力が無いのです。きっとお祖父様ならその件も含めて陛下に奏上なさっているはず。いつか、彼が無事に成長したら、全ての罪を暴いて贖わせたいと思います」
「君は何も悪くないのに」
シヴィアは力なく微笑んだ。
本当にそうだろうか?
母と少しの確執はあれど、シヴィアは幸せに生きて来た。
まだ幼いのに、虐げられている従兄を知らないまま、不自由なく暮らしていたのに。
それが罪でないと言えるだろうか。
「殿下はお優しいですね。でもそれは、どうか、わたくしの従兄の為に」
「……分かった。力を尽くすと約束しよう」
いつかの為の、約束。
明日、短編のグレイシアシリーズ更新します!