美しいものを愛でるだけでいられたら
「目を開けていいよ」
そうカッツェに言われて、シヴィアは目を開ける。
始めに目に飛び込んできたのは光の粒子。
そして、淡い光が照らす光。
光は足下に咲く花々から発せられている。
木々に囲まれた、ぽっかりと空いた空間に敷き詰められたように咲き誇る花々。
淡い青の花弁は外側に向けて白くなり、中央の花粉が発光しているのだ。
それが、花から立ち上る様に光の粒子となって浮かび、空を穏やかに照らしている。
「夜光花……こんな群生地を見たのは初めてよ……」
あまりの美しさに、シヴィアは唇を震わせてそれだけ言った。
今まで見たことがあるのは、王都の植物園と、王城の中の温室。
両方とも夜に見たことは無い。
ただ、これが夜光花だよ、という昼間の顔だけだ。
夜に咲く花だから、蕾さえ開いていなかった。
こんな風に生き生きと、光を発しているところなど、見れるなんて思ってもみなかったのである。
ふわりふわりと浮かんでは消える光の粒も美しい。
「見つけたのは一年前で、君に見せたかったけどすぐに花の時期が終わってしまって」
「……その頃から夜に抜け出していたの?悪い子だったのね」
少しだけ睨まれて、カッツェは苦笑する。
「早く、大人になりたかったんだよ。今も、そうだけど」
「……そうね、それはわたくしも同じよ」
この世界に魔法は無い。
かつて、魔法があったかもしれない、という残滓だけだ。
偶に現れる魔獣や、魔法の様な力を秘めた植物、そして鉱石。
そういったものが、人々の生活に彩を与えている。
癖で、考えてしまう。
美しい花なのに、効能はどうだ、とか、価値は、とか。
「美しい物を美しいと、ただ愛でる事すら困難だわ」
「今だけは、何も考えずに楽しめばいい。色々な事は後から考えよう」
離さないままでいた指先が握られて、シヴィアは花を見つめたまま微笑んだ。
「そうね。こんなに美しい景色を見せてくれてありがとう、カッツェ」
「シヴィと一緒に見たかったんだ」
沢山の花々に囲まれて、淡い光に包まれて。
空を見上げれば、銀色の星々が輝いている。
先程まで、森の音を聴いていたというのに、ここは静かだ。
まるで、世界から切り取られたみたいに。
「……まるで別世界ね」
「シヴィとなら、どんな世界でもいい。君と二人きりで居られたらもっと」
現実には無理だと分かっていても。
穏やかに満ち足りていて、美しくて。
シヴィアは今、完璧な幸せの中にいる気さえ、した。
「今だけは、そうね」
「ああ」
カッツェの手は大きくて暖かい。
きっと、いつかこの手を離さなければならない時が来る。
けれど、今だけは。
カッツェの敷いてくれた織物の上に座り、夜風に当たりながら二人で美しい景色を眺める。
月が中天に差し掛かる頃、漸くシヴィアは帰る決心がついた。
「そろそろ帰りましょう」
「……分かった」
名残惜しそうなカッツェの横顔に、後ろ髪を引かれる思いをしながら、シヴィアは馬へと近づく。
敷物を手に立ち上がったカッツェの背後の花達は、淡く光りながら風に揺れていた。




