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最悪の晩餐

その日の晩餐は、シヴィアにとって、一番最悪な晩餐となった。

ディアドラの足元に跪かされたカッツェの前には、スープ皿にパンが入れられているスープが置かれている。


「さ、お食べなさい」


そう愉悦を含んだディアドラの声で、カッツェは食器を使わずに、皿に顔を近づけてべちゃべちゃと音を立てて食べ始めた。


「わうわう」

「そうね、犬ね」


フローレンスが指さしてきゃっきゃと笑い、リアーヌもディアドラにおもねる様にフローレンスの頭を撫でながら笑う。

満足そうにそれを見て、ディアドラが笑った。


なんて、悍ましい。


父のディーンからすれば、血の繋がった兄の子だというのに。


「ああ、こんな犬じゃ後は継げないなぁ」


満足そうに嗤っている。

自分の地位を脅かす相手だから、安心して虐げられるのだろう。


なんて、気持ち悪い。


祖母も父も母も、全てが気持ちの悪い生き物に見えて、シヴィアは吐き気が込み上げた。

妹もこの人達に囲まれていれば、その内醜悪な怪物へと成長するだろう。


使用人達の中には愉しそうな眼を向ける者、決して視線を向けない者、嫌悪を浮かべる者、様々な反応が見える。

シヴィアは深呼吸をして、一人一人を火にくべて消した一覧の名前と比べる為、しっかりと顔を覚えた。


品がない、と責め立てれば祖母は機嫌を損ねるだろう。

だが、目の前で行われる悍ましい行いを見続ける事は出来なかった。


「気持ち悪い。その犬を廊下に出して頂戴」


冷たい声音で言えば、慌てた様にカルシファーが早足で来て、顔を汚したカッツェを立たせて連れ出す。

だが、ディアドラの機嫌を取ろうと、母が猫なで声を出した。


「あら、いいじゃないの。フローレンスも犬を見て喜んでいるわ」

「お母様はフローレンスをそういう娘に育てたいのですか。でしたら、お母様の望むように人間の形をした犬を買い与えれば宜しいのよ。でもわたくしの前には出さないで。品がないわ、お母様」


ディアドラがやらせたという事は分かっている。

だからこそ、ディアドラを責めずに母を貶める事で、それが品のない行為だと暗に責めた。

だからといって母も、今更他人のせいには出来ない。

父もぎょっとしたように固まって、それから再び食事に手を伸ばした。


「まあ、母に何て口を利くのかしら」

「公爵夫人になる気がないのなら、言いませんわ。どうぞ、お好きなように」


カルシファーに聞いたシヴィアの話を思い出して、ディアドラは口を噤んだ。

直接ディアドラを責めないのは、やはりディアドラに対しての気配りだと思えば、その機知も素晴らしく感じた。


きっと、この子がいれば、社交界でも一目置かれる存在になる。


その直感だけは正しかった。


***


数日の後、晩餐の席である発表が家令のカルシファーによって齎された。


「シヴィア・リスタ・レミントンを次期公爵として指名する。また、カッツェ・ヴァイス・レミントンはその従者とする事に決定する。以上、この書面をもって、明日王城へとシヴィア様を伴われます」


「な、何!?」


「まあ!」


カルシファーの発表に、順番を抜かされて娘に授けられたことになるディーンは驚愕し、しかし、孫娘に受け継がれた事でディアドラは満足そうに歓喜の声を上げた。

「犬」が昇格を遂げた事も気にならない程には喜んでいるようだ。

不満げな父を見て、シヴィアは困ったように言う。


「お父様。わたくしには荷が重うございますが、王城にご挨拶に参りました後は、領地で直にお祖父様に教えを請う事になりましたの」


「そ、そうか。うむ、それは大変だ」


シヴィアに言われた事を、ディーンは二度三度頷いて考え込む。

公爵領は広大だ。

決して王都に留まって、享楽的に過ごしながら管理できるものではない。

少なくとも父はそれを許さないだろう。

譲って貰えるまで、領地で過したならば話は変わるかもしれないが、その間教育三昧になるかと思うと嫌気がさす。

だが、その「嫌な仕事」と共に娘が受け継いでくれるのならば、これは逆に良い事ではないか?と気づいた。

恐ろしい母のディアドラは、公爵位を異母兄の子であるカッツェに奪われたくないのだ。

その為に恐ろしい事に手を染めていたのだから。

思い出して、ディーンはぶるりと身体を震わせた。

今はまだいい。

出来が悪くてもディアドラは息子のディーンを溺愛しているから。

でも、もし失望させたら酷い運命が待ち受けているのは、分かりきっている。

昨夜の晩餐のあの、「犬」のような扱いを受けるかもしれない。

取り繕えなくなる位の失態を犯す危険は避けた方が利巧というものである。

ディーンは満面の笑みで頷いた。


「いずれはお前が継ぐはずだったのだ。順番は違えど、幼い頃から高度な教育を受けた方が良いだろう」

「ええ、その通りだわ。シヴィア、頑張るのですよ」


「はい、お父様、お祖母様。精一杯頑張ります」

手順を踏み、着々と足場を固めるシヴィア。

本当は一刻も早く助け出したいけれど、歯がゆくても安全第一なのです。

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