王太子妃ルディーシャの憂鬱
王太子妃ルディーシャは、深くため息を吐いた。
フローレンスを守る為に、フローレンスの心配をするシヴィアの心を軽くするために最善の人間を選び抜いたのだ。
ディアドラに全てを奪われ、妹を亡くしたミカエル・アーリソン。
彼ならば、フローレンスを文字通り命がけで守るだろう。
残る問題はもう一つ。
もうすぐ、社交期間が終わる。
王都に詰めていた貴族達は、領地に戻って行くのだ。
一部を除いて。
領政に関わらずに王都で暮らしたい貴族や、王城に勤務する者達。
シヴィアとフローレンス姉妹は、王都から領地へと帰る事になっている。
次期公爵として……建前はそうであるし、もし次期公爵となるカッツェが望めば補佐としても働けるように。
でも、シヴィアは誰かと将来を共にする気はない。
悲しい決意をルディーシャと王妃イレーヌは聞いていた。
少なくとも、王室への嫁入りは本人が誰より頑なに拒否しているし、その理由も意志も尊重している。
悪の種子を、王家で芽生えさせてはいけない。
忠心と憂国。
臣下としての美徳を幼くして持つシヴィアは、誰より王妃に相応しいとルディーシャも思っている。
けれど、それは許されないのだ。
今回の園遊会で国中の令嬢を集めたけれど、息子達は見向きもしなかった。
誰もがシヴィアの美しさや教養の高さに敵わなかったのだ。
それは半ば予想通りだったけれど。
だから、シヴィアに恋する息子達を部屋に集めた。
珍しく王妃の執務室に集められた王子達は、正装を着て連れ立って入室する。
第一王子のアルシェンは少しだけ警戒する顔をしているし、第二王子のエルキュールは頬を染めて意気揚々としていた。
末子のフランシスは何時も通りの柔和な笑顔だ。
ルディーシャは執務机から、長椅子に移動して、息子達を呼び寄せる。
「お座りなさい、三人とも」
思ったよりも厳しめな表情の母の様子を見て、三人は長椅子に座ると姿勢を正した。
母がそういう表情をする時は、王太子妃としての注意や意見を述べる時だと分かっているからだ。
ふ、と軽くため息を吐いた後で、覚悟を決めた様にルディーシャは話し始めた。
「数日後には、シヴィアとフローレンスがレミントン公爵領へと旅立ちます。王家からも護衛を数人付ける予定よ。アルシェン、貴方の希望は通りました」
ルディーシャの言葉に、不思議そうにエルキュールがアルシェンとルディーシャを交互に見遣る。
アルシェンは嬉しそうに瞳を輝かせて答えた。
「幸甚に存じます。旅にかかる時間分、勉強は怠らず邁進致します」
「ええ。そうなさい」
旅にかかる時間と言われた事で、エルキュールの顔色が変わった。
長椅子から伸びあがる様にして、ルディーシャに質問を投げかける。
「母上、まさか、兄上だけレミントン公爵領へと行くのですか?!」
「ええ、そうよ」
「何故ですか!レミントン公爵に婿入りするなら私でしょう!?」
とんでもない事をエルキュールが焦ったように主張するが、想定内だった。
アルシェンがため息を吐くが、ルディーシャは静かに答える。
「いいえ。誰もレミントン公爵家への婿入りは出来ません。シヴィアもフローレンスも公爵位を継がないのです。継ぐのは正当な後継者のカッツェとなるでしょう」
「……は、で、では……」
エルキュールは声を詰まらせた。
あれだけの才智と優美さに富んだ女性など王国中の何処を探してもいないだろう。
公爵位を継がないのであれば、妃候補だとしか思えない。
彼女を娶るには、王になるしかないのだ。
優秀な兄のアルシェンを越えて。
昔はそんな野望を持った事もあったし、今でも燻る気持ちは持っているけれど、エルキュールが落ち着いた自分の未来図は、臣籍降下して女公爵となったシヴィアと共に歩む人生だった。
今まさに、それが崩れてしまって、混乱した。