悪女の被害者ー騎士ミカエルの半生
目線を王太子妃に戻したシヴィアは、おずおずと聞きにくい質問を投げかけた。
それは、ミカエルが新たな被害者であり、協力者であり、もしかしたら敵なのかもしれないのだから。
「ミカエル様は、お祖母様が犯人だと……?」
「ええ、残念ながらその疑念はあるでしょうね。でも貴女達が被害者であることや、フローレンスの酷い怪我の事は知っているわ。……侍女達も騎士達も、初めて城に来た時に貴女達の姿を見ていますからね」
「そう、ですか」
今はもうその痕跡すらないが、フローレンスの怪我は酷く痛々しかった。
人形のように小さな少女の手が赤や紫のまだら模様になっていたのだから。
子を持つ騎士も侍女も多く、怪我を見て怒りに震える者も涙を浮かべて憐憫に浸る者もいた。
それまでシヴィアと距離を取って来た者達さえ、親切になっていった切っ掛けでもある。
ディアドラという悪女とは違うと肌で分かりつつも、警戒していた人々だ。
シヴィアは行動でも言葉でも、違うという事を証明し続けていたけれど、それは生活の一部として築き上げていく信頼感でしか払拭できない。
けれど、彼らの認識を変えたのは、『悪女の係累』ではなく『悪女の被害者』であるという事だ。
幼い者への目に見える暴力の痕は、何よりも強烈に彼らの意識を塗り替えた。
排除されるべき対象ではなく、保護するべき対象なのだと。
それはミカエルも同じだったかもしれない。
同じく、妹を持つ身として考えても、彼の心情を思い測れば、心が痛んだ。
シヴィアにとっては、妹が暴力を受けたのを見ただけでも、憤懣やるかたなかった出来事である。
たとえ、自分への評価を覆す日々の努力がどれだけ必要だろうとも、どれだけ大変でも、フローレンスが傷つくよりはましだった。
「アーリソン子爵領は領主の人柄も良く、栄えていたの。ミカエルは見習い騎士として騎士団にも入団していて、相談を受けた騎士団の上役から団長へ話が伝わり、陛下に急遽奏上されたのよ。望みは、爵位と領地を親類へと譲渡して、彼が騎士爵を戴く事。……新たな領主は、領地管理人をしていた先代子爵の弟、ミカエルにとっては叔父にあたるわ」
それは、ディアドラの妄執を避ける為の有効な一手だ。
シヴィアも国内貴族の権利の委譲や、相続についても学んでいる。
大体は直系の嫡出子に継がれるが、この国では長子相続だとか、性別による禁止事項などは無い。
直系の子孫がいなくても、三親等以内なら書類上の手続きだけで許可されるし、六親等以内なら家系図と軽い身辺調査の後で受理される。
叔父であれば、問題なく委譲する事が出来た。
けれど、直系の子孫が居る中で委譲する際は流石に王室の許諾がいる。
この場合も事件の背景から、すぐに承認されただろう。
流石に一目惚れだといっても、格下の身分の者にみすみす自分の庇護する家の令嬢を嫁がせる訳にもいかない。
高慢なディアドラが、それを許す筈はなかった。
とはいえ、国王と子爵家の決定に口を挟む権利もなく、ただ見送るしかなかったのだろう。
「でもその叔父にご子息がいらしたりは……」
もしその領地までも狙っていたのだとしたら、ディアドラが嫌がらせも兼ねて魔手を伸ばしたかもしれないとシヴィアは形の良い眉を寄せた。
その様子に王太子妃は元気づけるよう微笑みを浮かべる。
「ええ、でも既に妻子がいたの。お相手は元男爵令嬢ですから、貴族籍を戻して次代の子爵夫人となるわ」
「それなら、ようございました」
ほっとしたように、シヴィアはほう、とため息を零す。
流石にディアドラでも子供のいる家庭ごと再び葬ることは出来ない。
監視の目も厳しい中で、犯罪行為を行わせるほどの利点はないのだ。




