もしも彼女が恋をしたなら
「王妃殿下」
屋敷から歩いてきた王妃を見ると、シヴィアと王子達はスッと立ち上がって姿勢を正した。
挨拶を述べる前に、王妃は手でそれを制して言う。
「良い。貴女達は茶会をお楽しみなさい。わたくし達はあちらに居ますからね」
「はい。ご厚情を賜りまして、感謝申し上げます」
姿勢を正したまま、シヴィアだけ膝を屈するだけの小さな挨拶をして、王妃が歩み去るのを見守る。
その後ろからはフローレンスが、第三王子のフランシスに手を引かれて歩いてきていた。
「フランシス殿下、妹のお迎えをありがとう存じます」
「貴女に感謝されるのは嬉しい」
シヴィアの艶やかな目が嬉し気に細められ、フランシスも笑顔でそう答えた。
その隣にいるフローレンスも、慎ましやかな微笑みを浮かべて、フランシスを見上げる。
「殿下、感謝いたします」
「何かあったら、僕に言うんだよ」
交わされた言葉を聞いて、小さな淑女達の心の中に僅かなさざ波が起きただろう。
何気ない言葉ではあるが、姉妹に対しての第三王子の言葉は優しさに満ちている。
そも、王妃が幼い二人の近さに気づかない訳もないのだから。
手を携えて戻ることを許したという事は、やはり、シヴィアだけでなくフローレンスも厚遇されているという事である。
ある程度の知識や処世術がある者は、この時点で姉妹と敵対する事は避けるべきだと学ぶ。
そして、もしかしたら第三王子の相手こそがフローレンスである可能性も。
「フローレンス、もう大丈夫なのかしら?無理をしては駄目よ?」
心配そうな姉の表情と声に、フローレンスは可愛らしくはにかむ。
そして、ふわりとスカートを広げて軽ろやかに膝を折って挨拶した。
「はい、お姉様。心配をおかけ致しましたが、わたくしはもう大丈夫ですわ。怪我の手当てもして頂いたので…」
言いながら、左手に巻かれた包帯の上から手を摩って、少しだけ悲し気な顔を見せる。
誰から見てもそれは、仲直りの抱擁を突き飛ばされた可哀相な少女にしか見えない。
フランシスがそんなフローレンスを優しく見つめ、座るべき椅子の近くに立った。
「ほら、君も参加すると良い」
「まあ殿下、王族の方にその様な事をさせる訳には参りませんわ」
椅子の背に手をかけて引いたフランシスをフローレンスが窘めるように言えば、フランシスは悪戯を企むような笑みを見せる。
「そう思うのなら、早く役目から解放してくれるかな?」
「もう、仕方のない殿下」
まるで恋人かと言わんばかりのじゃれ合いに、小さな淑女達の間に諦観が生まれる。
フランシスもフローレンスも、お似合いの人形のように美しく、可愛らしい。
その姿を眺めるシヴィアは、ほんの少しだけちくりと胸を痛めた。
(もし、本当に二人がお互いを思い合う事があったら、わたくしはその邪魔を出来るのかしら)
既に王妃と王太子妃には、シヴィアの思いは伝えてあるのだ。
納得したあの二人が、今後二人の恋を許す事は無いだろう。
この先もし、恋に落ちた時に……どうしても、と妹に請われるのが一番辛い。
ふと、目を上げれば窓際にはディアドラの影がある。
(その前にお祖母様の手からフローレンスを守ることが先決ね)
祖母の憎しみは今、領地で過ごしているカッツェではなく、目の前にいるフローレンスへと向けられている。
一度憎悪した祖母は、排除するために何を仕出かすかわからないのだ。
(今はまだ距離を置くことで、身を守るしかないのだけれど)




