王妃と悪女
応接室に訪れ、耳打ちした侍女の話を聞いて、王妃は鷹揚に頷いた。
「さて、レミントン公爵夫人。本題ですけれど」
「謹んで拝聴いたします」
二人の間に見えない圧力がぶつかりあうような空気だった。
家令のカルシファーも緊張した面持ちで壁際に控えている。
「貴女の過去の愚行のせいで、シヴィアの評価が芳しくなかったのはご存知ね?」
「……若気の至りとはいえ、ご迷惑をおかけ致しました」
今振り返れば、酷く拙い行いであった。
権力を握って浮かれて、好きなようにそれを振り回した結果、多くの醜聞と敵を作ったのだ。
だからこそ、フローレンスが似たような性質を持っているのが気に入らない。
過去の自分を重ねて、苛々も募っていく。
「本日のような催しも、今後シヴィアの手で行う事となりましょう。でも、その場に貴女が立つことは許されません」
「………それは、存じております」
悔しい気持ちはあるが、シヴィアの人生に泥を塗ってしまえば、今後の人生で成り上がる事も出来ないどころか、安泰な生活も手放す事になり兼ねない。
特に、王族を配偶者に迎える可能性があるのなら、醜聞など以ての外だ。
値踏みするように王妃は、殊勝に目を伏せたディアドラを見つめる。
「彼女が公爵位を正式に継ぐまでは、妹共々わたくしの保護下に置きます。そちらも宜しいですね?」
「主人が了承し、シヴィアも受け入れているお話を、どうしてわたくしが覆す事が出来ましょう。無論、仰せの通りに致します」
心の底からフローレンスの存在は邪魔だし、取り除きたくはある。
だが、王城の警備をかいくぐれる刺客などそうはいない。
いたとして事故に見せかけて殺すほどの手練れが、簡単に雇える筈もなかった。
狙うなら領地にいる時と、ディアドラは心に定めていた。
今は、何を言われても伏して機会を待つしかないのだ。
王妃は、しおらしく答えたディアドラを信用する事は出来なかった。
礼儀を身に着け、老いたとはいえ、フローレンスに恐ろしい暴力を振るい、自らの夫に毒を盛った女である。
手段は選ばないし、気に入らない人間を排除するのを止める気はないと分かっていた。
ディアドラにとって大事なのは、自分の容姿に似ている二人。
息子のディーンと孫娘のシヴィアだ。
それも執着しているだけで、愛とは違う。
自分の命と秤にかけたのなら、迷わず自分の命を選ぶのがディアドラだ。
利用価値の高いシヴィアのことは、決して傷つけもしないし手放しもしない。
だが、フローレンスを排除する事を、ディアドラが諦めるとは思えなかった。
「そう。その言葉を忘れないように」
釘を刺すように言って、王妃はぱちりと扇を閉じた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「わたくしはフローレンスの部屋に行きます。貴女も自分の部屋に戻ると良いわ。見送りは結構よ」
侍女に耳打ちされた通り、フローレンスは私室で顔を冷やしているという。
ディアドラが女主人として権限を振るう公爵家とはいえ、自由に動き回らせたくはなかった。
王家の息のかかった使用人達を送り込んでいるとはいえ、この屋敷では何もかもが安全という訳ではない。
シヴィアはそれを良く分かっていて、どんなものであれ屋敷内で提供されるものは口に入れてはいけない、とフローレンスに言い含めていた。
それ故に、口にする物は全て城で吟味した安全な物を持ち込んでいる。
一瞬、何かを言いたそうにして、それでもディアドラは従順に淑女の礼を執った。
「此度のお茶会が成功する事を祈っているのはわたくしも同じです。どうぞよろしくお願い致します」
「ええ、そうね。全力を尽くすと約束しましょう」
同世代二人の静かな対決。祖母といってもまだ40代なので元気!




