フローレンスの仕返し
その頃、シヴィアとルディーシャの挨拶する傍らで、フローレンスも一緒に挨拶を繰り返していた。
ふわふわのフリルとリボンで、桃色のドレスと髪を飾られたフローレンスはお姫様と言われれば皆が納得するほど、可愛らしく輝いている。
騒動を起こしたお茶会にいた子供達ですら、再会してその姿を見れば思わず頬を染める程。
可愛らしく謝罪と、参加してくれたことへの礼を口にすれば、皆が皆顔を綻ばせた。
フローレンスの横にいる実姉のシヴィアもそれは美しく、その身には公爵位を戴くことになっていて。
更にその傍らには王太子妃ルディーシャもいるのだ。
容姿と権力に恵まれたフローレンスは、たちまちその立場を回復したのである。
そこへ、騒動の元凶ともなったコーブス伯爵家のビアンカもやってきた。
じっ、とフローレンスを睨むように立っているビアンカに、伯爵夫人が挨拶を促す形で漸くビアンカはシヴィアを見上げる。
「本日はお招きくださいまして、ありがとう存じます」
「こちらこそ、お招きを受けて頂けて嬉しく存じます。顔の傷も残らなかったようで安心致しました」
ふと、シヴィアに微笑まれ、優しく額を撫でられて、ビアンカは嬉しさとフローレンスへの嫉妬が胸の中で渦巻いた。
何でこんな悪い子に素敵なお姉様がいて、王太子妃様にそのお姉様のおかげで可愛がられてお茶会を開けるの!
きっと毎日、美味しい物を食べて、優しくして頂いているんだわ!
私はあれから怒られてばかりで、友達だっていなくなったのに!
キッとフローレンスを睨めば、フローレンスは申し訳なさそうに謝罪した。
「あのお茶会では申し訳ありませんでした。お祖母様ではなく、公爵家と伯爵家を侮辱されたと思って、怒ってしまったの。許してくださる?」
「……………」
絶対嘘だ、とビアンカは思った。
そんな高尚な理由ではない。
ただただ、男爵令嬢の悪魔みたいな婆と一緒にされた事を怒っていたのだ。
「ビアンカ」
後ろから母に背を押されて、威圧的な声を聴いてハッとビアンカは意識を戻す。
許したくなくても、許さなくてはいけない。
何故なら、身分社会に反した事を言ったのは、ビアンカの方なのだから。
フローレンスの暴力による傷はもう、影も形もない。
やったという事実が残るだけ。
でもその前にビアンカの犯した公爵夫人への罵倒の方が大問題なのだ。
「謝罪を受け入れます。わたくしも名誉を傷つけるような事を口にした事を謝罪致します」
「ああ、良かった。仲良くしてくださいませ」
満面の笑顔でフローレンスが抱きついてきた。
もしかしたら、これで仲直りできるのかしら?と少しだけビアンカも思ってしまった。
だが、耳元で囁かれたのは。
「わたくし貴女が大嫌い。一生許さないわ」
耳朶に息がかかるほどの距離、恨みの籠った言葉と呪う様な低い声が放たれ。
その気持ち悪さにぞわりと背中に悪寒が走り、ビアンカは無意識にフローレンスを突き放してしまった。
大した力でもなかったはずなのに、フローレンスは大袈裟に後ろに倒れて、大声で泣き始めたのだ。
「ビアンカ!!貴女なんて事を!」
そう母の声が降って来た時に、気づいたのだ。
自分が今何をさせられたのか。
フローレンスは少しだってビアンカを許してなんかいないし、許す気も無い事を。
だから、今、大勢の観衆の前でわざと転んで泣いているのだ。
「わ、わた、わたくしは悪くありません!」
「ごめんなさい、フローレンスが悪いのです……っ!嬉しくて思わず抱きついてしまったから……うっ…うっ」
周囲から見れば、仲直りは済んでいた。
嬉しくて抱きついた令嬢を、突き飛ばしたのだ。
シヴィアは泣いているフローレンスを抱き起こして、侍女達が慌ててドレスに付いた土を払う。
どうしたものか、とシヴィアが一瞬の逡巡をしているうちに、ルディーシャが動いた。
「まだ、ビアンカ嬢のお加減が良くないようね?今日はお帰りになって休んだら如何かしら?」
「っは…はい。その様です。大変申し訳ございませんでした。……正式な謝罪はまた後日させて頂きます」
顔を蒼くした伯爵夫人は、急いでビアンカの手を引いてその場を立ち去っていく。
フローレンスは涙で頬を濡らしながらも謝罪した。
「わたくしがはしたない真似をしたせいで、ごめんなさい」
「次からは気をつけるのですよ、フローレンス。貴女も少し顔を冷やしてきなさい」
涙ながらの謝罪を受けて、シヴィアはその髪を優しく撫でて促した。
確かに、フローレンスが言ったように人前で抱きつくのは同性といえど、はしたない。
けれど、子供同士が仲直りをする分には、微笑ましいものである。
フローレンスに他意があったのかどうか、シヴィアには判断がつかなかった。
それでも、コーブス家の令嬢は暴言を吐き、謝罪をした相手を突き飛ばした令嬢という醜聞がついてしまったのは誰の目から見ても明らかだったのである。
恨みを忘れない系女子が二人。




