主人の格は使用人の躾にも左右される
侍女から訴えられたディアドラは、家令を部屋に呼びつけて叱責しようと待ち構えていた。
何しろ女主人である自分を差し置いて、勝手に人事を進めたのである。
「お呼びでしょうか」
「ええ、呼んだわ。勝手にわたくしの侍女の仕事を取り上げるとはどういう事なの!」
カルシファーはちらりとディアドラの背後にいる侍女を見るが、権力を笠に着た侍女は薄笑いを浮かべている。
他に居並ぶ小間使いも、上司が叱責されるのが楽しいのか、ニヤニヤと笑う者すらいた。
「シヴィアお嬢様に、無作法を叱責されまして。謝って済む問題ではないから、すぐに担当を変えるようにと言い付かったのです。大旦那様もお認めになられました」
「………無作法、ですって?」
叱責された内容までは伝えてなかったのだろう。
扇をギリギリと握りしめるディアドラに、ヒッと侍女は短い悲鳴を上げた。
「た、大したことではないのですっ!……ノックをして、返事を頂く前に部屋に入っただけで…」
それ自体は実際、大した問題ではないとしても、無作法である。
高位貴族でないディアドラがその位、と流す可能性も考えて、カルシファーは侍女の言葉を遮って伝えた。
「他の貴族家の御客人の前で同じことをしたら、侮られるとお嬢様はお怒りに。……公爵家の使用人としての躾がなっていなければ、主人の格が落ちてしまわれるのをご心配なされたのかと」
「……ま、それはそうだわ」
自分の事を心配された、とディアドラは受け取った。
実際に、社交界ではあまりディアドラは活躍できていないどころか、爪弾きに近いのだ。
元男爵家の出自で、小間使いとして仕えた公爵家で、公爵の御手付きになり、後妻として嫁に入ったのである。
伯爵家の養女として迎えられてはいるが、高度な教育は受けていない。
礼儀作法は年月を経て、それなりに身に着いたのだが、今までに散々やらかした後である。
会話や言葉遣いも、昔は酷かった。
疎遠になった貴族は数知れない。
更に、継子を虐待しているのでは、という噂もあり、先妻を殺したという疑念まで持たれている。
優秀な公爵が何故妻にしたのかというのが、貴族達の間で最大の疑問となっていた。
それは今でもずっと変わらない。
お茶会を開けるほどの知り合いといえば、低位の貴族達くらいだ。
ディアドラが呼ばれるお茶会は数少ない。
王妃が開く、高位貴族達を招くお茶会に義理で呼ばれるくらいなのである。
「良いです。認めましょう。この者は下働きになさい。侍女としてはみっともないわ」
突然掌をくるりと返されて、侍女は泣き崩れた。
たった一つの過ちで、転落したのである。
他の侍女や小間使いも顔色を悪くして、忙しなくお互い目を見交わす。
さっきまで笑っていた女が、地面に伏してみっともなく泣いているのだ。
明日は我が身だと、戦々恐々としながら仕事へと戻って行った。
微ざまぁでした…!