二人の母
翌日から、王妃イレーネと王太子妃ルディーシャは本格的にシヴィアとフローレンス姉妹を可愛がり始めた。
「まずは、ドレスを選ばないとね!」
「今日は公務をお休み致しました」
ルディーシャが言えば、イレーネも言う。
フローレンスは無邪気に両手を広げて二人を歓迎した。
「大きいお母様と、小さいお母様!」
「あら、お祖母様よりも良い呼び名だわ!」
頬を染めて喜ぶ王妃を横目に、「わたくしが小さい方というのは少し納得がいきませんわね……」とぼそりとルディーシャは呟く。
「あら、今横に大きいなどと申しまして?」
「うふふ。心の声が聞こえてしまいましたか」
ばちばちと仲良く喧嘩する二人を見て、シヴィアはふふっと笑い声を立てた。
フローレンスは、早速仕立て屋が用意した布を小さな手で触っている。
「このお色、お姉様が着たら綺麗です」
「フローレンスには桃色や水色など、明るいお色がとても似合いそうね」
小さな姉妹がお互いに似合いそうな色を選んでいるのを見て、イレーネもルディーシャもほう、とため息を吐いた。
二代続けて女子の生まれなかった王家である。
それはそれで喜ばしい事なのだが、やはり娘にドレスを選ぶという楽しみがないのは残念で。
男の子はといえば、じっとしていないし、放っておくと走り回って棒状の物で叩き合ったりなどし始める。
勇ましくも微笑ましい姿に和みはするのだが。
「フローレンスにはフリルたっぷりのドレスも似合いそうね」
「シヴィアにはふんだんにレースを使いましょう」
ルディーシャとイレーネも乱入して、午前中いっぱい楽しく仕立てを頼んだ後は、庭に出て四人で昼食を摂る事になった。
姉妹の続き部屋から出られる庭は、回廊と部屋に囲まれたこじんまりとした空間である。
とはいえ、外に広がる本物の森とつながる広大な庭と比べたら、であり、普通の邸宅の前庭くらいには大きい。
楽しく食事を摂った後、お茶を飲み始めると、フローレンスは腹がくちくなったからか、仕立て屋のドレスにはしゃいだからか、背凭れに凭れてうとうとし始めた。
「あの、ドレスを仕立てて頂いた時に思い出したのですが、お願い事が決まりましたの」
もじもじと言い始めるシヴィアに、ルディーシャとイレーネは目を光らせた。
「何かしら?」
「ルディ様のお茶会のお手伝いがしたいのです」
またもや、外れ!
イレーネとルディーシャの心の声は一致した。
それは、シヴィアの今後の為にはなるが、彼女達の求める「願い事」ではない。
「おほん。良い事?シヴィ。教えを請う事も、お手伝いを申し出る事も『お願い事』ではありませんわ。それは母として娘に教える権利を行使いたしましてよ」
「え、で、では……えぇと……」
珍しく言い淀んだシヴィアが困ったように視線を彷徨わせた。
そんなシヴィアの様子を見たことが無かった二人はときめく。
可愛い!
「願い事」などではなくても何でも聞いてあげたくなってしまうと二人は蕩けた。
「公爵邸で、フローレンスの為にお茶会を開きたいのですが……お招きしても宜しいでしょうか……?ご参加頂きたいのですけれど」
またしても外れ!
イレーネとルディーシャの心の声は再び一致した。
招待されなければ逆に寂しいだろう。
今度はイレーネが言った。
「おほん。良い事?シヴィ。招待を頂かなくても、母として貴女の初めてのお茶会を成功させるのは、当然の事ですのよ?招待も嬉しいですが、わたくしは貴女の手助けをしたいの。あの悪魔がお茶会に勝手に出ないように、わたくしが釘を刺してあげますからね?」
あの悪魔とは祖母ディアドラの事だとシヴィアも瞬時に理解して。
そして、目を大きく見開いてぱちぱちと瞬きをした。
周囲の大人で、あの酷い祖母に意見出来る者は今までいなかったのである。
かつて意見しただろう祖父は、毒を盛られて身体を壊し、寿命も縮められたのだ。
「王妃、殿下が………」
「ええ、そうよ。王族とはいえおいそれと他家の事情には口は出せませんけれどね?今、貴女はわたくしの庇護下にいるのよ。保護責任者として、王族として、権利を振り翳すのは吝かではないわ。……直接文句も言えるしね」
最後は悪戯っぽく片目を瞑って見せたイレーネに、シヴィアは花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。
安心しきった、無垢そのものの笑顔に、イレーネとルディーシャは見事に胸を撃ち抜かれたのである。
アルシェンがここにいたら、100回は死ねたわね、とルディーシャは息子の冥福を祈った。
フローレンスの言葉を嘘にしたくない為に、お茶会を企画するシヴィア。
甘やかしたい王妃と王太子妃です。




